第百十五話 星空の下で
ジークがラブコメるのはだいたい夜空を眺めてる時です。
「ご主人様・・・」
「ん、おお、シルフィか」
無事・・・ではないが、なんとか劇を終え、既に時刻は午後十一時。先程まで家で打ち上げをしていたのだが、騒ぎ疲れたのか皆は寝てしまい、俺は一人外に出て星空を眺めていた。
「どうしたのですか?」
「ちょっと外の空気を浴びたくてな」
相変わらずこの世界の夜空は感動してしまうほど綺麗だ。日本にいた頃は街の光であまり星が見えなかったから、余計にそう感じるのかもしれない。
「綺麗ですね・・・」
「ああ、綺麗だ」
二人並んで空を見上げる。騒がしかった街も、この時間になるととても静かだ。たまに遠くの酒場から微かに笑い声が聞こえるぐらいか。
「ふふ、今日の劇は大変でしたね」
しばらく無言で空を見上げていた時、シルフィがそう言った。
「まさか服を燃やされるとは思ってなかった」
「不幸が重なっていましたね・・・」
「シルフィはどうだった?蜘蛛女役」
「もうやりたくありません」
うーん、糸でぐるぐる巻きにするところを見てみたかったんだけどなぁ。今となっちゃあ最初にリリスさんが言ってたドS蜘蛛女も見てみた───何でもない。
「・・・」
「どうした?」
「あ、いえ、母にも見てもらいたかったなと・・・」
「シルフィのお母さんか」
どんな人だったんだろうか。
シルフィに似て優しく、可愛らしい人だとは思うけど。
「って、今思ったんだけどさ」
「はい?」
「シルフィのお父さんは?」
「父ですか?父は私が生まれて間もない頃に亡くなっています」
「あ・・・悪い」
「いえ・・・」
余計なことを聞いてしまった。
「今は父も母も居ませんが、私は幸せてす」
「え・・・」
「私は一人じゃありませんから」
そう言って微笑むシルフィは、月明かりのせいかとても美しく見えた。まるで妖精のように・・・。
「・・・俺もだ」
俺も家族とはもう会えないけど、シルフィやみんなが居てくれるから悲しくない。
「これからもよろしくな、シルフィ」
「はい・・・」
もうこんな時間だ。
明日からの復旧作業に備えてそろそろ寝るか。
そう思って家の中に戻ろうとしたのだが、突然手を引っ張られて俺は立ち止まった。
「・・・シルフィ?」
「・・・」
振り返れば、俺の手を握るシルフィは無言で俯いていた。一体どうしたのだろうか。
「どうした?」
「っ・・・」
そして顔を上げた彼女は、何かを決意したような瞳で俺を見つめてきた。
「ご主人様、お話があります」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・話?」
不思議そうな表情で主人に見つめられ、シルフィは少し後悔した。本当にこんなことを言ってもいいのだろうかと。
しかし、こみ上げてくる想いを抑えることは出来ない。
「奴隷市場でご主人様と出会ってから、私は沢山ご迷惑をおかけしてきました」
「え・・・」
「それでもご主人様は、私のことを〝奴隷〟ではなく〝家族〟と言ってくれた・・・それが嬉しくて、私は・・・」
小さな身体が僅かに震える。
もしかしたら、もう前のような関係には戻れなくなってしまうのではないかと。
「ずっと、このままご主人様にお仕え出来るだけで幸せなのだと自分に言い聞かせてきました。でも、ご主人様が他の女性とお付き合いになられたら、私は邪魔者でしかありません」
「シルフィ、何を言って・・・」
「だから私も生涯を共にするお相手を、いつか見つけなければなりません。でも、そんな人はご主人様以外には考えられないのです」
ジークは必死に考える。シルフィが一体自分に何を伝えようとしているのかを。
「これからもずっとそうでしょう。私はご主人様とずっと一緒に居たい・・・」
シルフィの瞳から涙が溢れ、頬を流れる。
「ご主人様を、誰にも渡したくありません・・・シオンさんにも、エステリーナさんにも、レヴィさんにもルシフェルさんにも」
「し、シルフィ・・・」
そして、どうしたのかと慌てるジークを、シルフィは涙を流しながらも真っ直ぐな瞳で見つめ────
「私は、ご主人様を愛しています。主人として・・・家族としてだけではなく、異性として貴方のことが・・・」
「・・・・・・え」
シルフィの言葉を聞き、ジークは硬直した。
「え、ちょっとまって・・・え!?」
そして混乱する。今シルフィが言ったこと、それは。
「つまり、俺のことが好き・・・てこと?」
「・・・はい」
「恋愛対象ってこと?」
「・・・はい」
「っ!!??」
これまでジークは、当然シルフィから好意を寄せられていることなど全く知らなかった。
懐かれているとは思っていたが、まさか好きなどと言われるとは。
「そ、その、ごめんなさい、こんなこと・・・」
「えっ、いや、泣かないで!?」
ようやく想いを伝えることが出来たシルフィは、安堵したからか更に涙を流している。
「まじか・・・」
既に二人から告白されていたジーク。
まだ誰にも好意を抱いていない彼は、二人への返事をどうしようかと悩んでいた。しかし更に一人増えた。
「・・・そうだったのか」
「ぐす、はい・・・」
ジークの顔が真っ赤に染まった。これほどの美少女から告白されると普通はこうなる。
「ごめんなさい、また困らせてしまって・・・」
「いや、超嬉しいんだが」
「いつか、返事をくださいね・・・」
「シルフィ・・・」
つまり、今すぐに返事をしなくてもいいとシルフィは言っているのだ。
「・・・分かった」
いつかはきっと返事を返さなくてはならない。
そうしなくては失礼だからだ。
「そ、そろそろ寝ましょう。明日から忙しくなりますし」
「え、あ、そうだな」
互いにあたふたしながらも、やがて二人は家の中へと戻っていった。
何も変わっていないように見えて、確実に何かが変わった夜。
しかし、これで二人の距離が少し近付いたのは確実だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふふふ、とても素晴らしい夜だ」
黒いマントに身を包んだその人物は、夜空を眺めながらそう呟く。
「しかし、これで大罪を司る魔神が六人も倒されたのか」
今頃魔界は荒れているだろう。
主人を失った領土は一体いくつあるのか。
「・・・ジークフリード、魔神ベルゼブブを葬った時に見せたあの力。感じた属性は一つでは無かった」
そう言いながら、近くに見える民家に顔を向ける。
「全属性の魔力を同時に解き放つことで、あの破壊力か」
それは、絶対にありえないことだ。通常魔導士は最大二属性までしか魔法を扱うことが出来ない。
しかしジークは一人で全属性の魔力をコントロールすることが出来るのだ。
「向こうの世界から来た男・・・か。ククッ、面白い」
一瞬だけ見えた表情は、いつものような笑顔ではなくて。
やがて、その人物はその場から姿を消した。
「終わりは近いぞ、ジークフリード」
その言葉は誰にも聞かれることはなく。
─────to be continued




