第百六話 家族
「レヴィ様、無事ですか!?ジークフリード、貴様は死ね!!」
「はは、お前が死ねよ」
魔神ベルゼブブが去ってから一時間後、崩れた部屋の片付けをしていた時に、レヴィ大好きな変態のキュラーがやって来た。
「魔神ベルゼブブと交戦したと聞きましたが、ご無事で何よりです・・・!」
「うん、分かったからあっちいってて」
しかし、かなり機嫌が悪いレヴィに冷たくあしらわれ、項垂れながらキュラーは部屋の隅に向かった。
「っ〜〜〜〜」
レヴィが握る木材がミシミシと音を立てる。ベルゼブブに魔法が通じなかったことがよっぽど気に食わないのだろう。
今はそっとしておいてやった方が良さそうだ。
「シルフィちゃん、大丈夫かな」
「ん、心配だな」
そんな時、箒を持ってきたルシフェルが声をかけてきた。
あれからシルフィは気を失ってしまい、なかなか目を覚まさない。やっぱりベルゼブブと何らかの関係があるんだろうな。
「イマイチ目的が分かんねーんだよなぁ」
「ベルゼブブの?」
「そう」
去り際に言っていたことから考えると、近いうちにまたあいつは現れるだろう。
「まあ、考えても分からんな。とりあえず散らばった木材を片付けて家を修理するぞ」
「そうだね」
それと、シルフィが目を覚ましたらあの時何を話してたのか聞くとしよう。
「しっかし、一部とはいえまさか家をぶっ壊されるとは」
「下が空き部屋で助かりましたね」
「お、シオン」
部屋に入ってきたシオンは、数箇所に包帯を巻いている。外に投げ出された時に痛めたようだ。
「怪我、大丈夫か?」
「ご心配なく」
そう言ってシオンは床に散らばった木材を拾い始めた。俺も手伝うとしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「迷宮の調査に向かっていたサイズが死んだ」
会議の場で、王国騎士団団長であるロキは、集まった隊長達にそう伝えた。
「他の迷宮に向かっていた騎士団も全滅だ」
それを聞いた隊長達は動揺する。サイズといえば、かつてSクラス迷宮を一人で突破したこともある実力者だ。
「暴食の魔神ベルゼブブ・・・、そいつにサイズは殺された」
拳を握り締めながらロキはそう言う。
彼とサイズは仲が良かった。しかしもう二度と会うことは出来ない。
「幸いなことに、王都では死者が出ることは無かった。しかし再び魔神が来る可能性は高い」
今回はジーク達のおかげでなんとかベルゼブブを追い払うことが出来たが、次にジーク達が迷宮などに向かっている時にベルゼブブが王都を襲撃してきたら終わりだ。
「とにかく、各自いつでも戦闘が出来る状態でいてくれ。いつまでも一人の少年に全てを任せるわけにはいかない」
そう言うロキの瞳には、怒りと哀しみが浮かんでいた。
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「団長」
「む・・・ライラか」
会議が終わり、隊長達が去った広い会議室に一人残っていたロキのもとに、ライラが歩み寄る。
「先程の会議、お疲れ様でした」
「ああ、ライラもな」
明らかに元気が無いロキを見て、ライラの表情が僅かに曇る。
「急いで対策を練らなければならんな。悪いが後で────」
「・・・団長、辛い時は泣いてもいいんですよ」
ライラの言葉を聞き、ロキはふっと笑った。
「・・・確かに辛いな。サイズは俺の部下である以前に、一人の友だった」
「・・・」
「大切な友の命を奪った魔神が憎いし、今すぐに殺しに行きたい。だが、俺は騎士団団長だ。ここで冷静さを失っている場合ではない」
そう言うと、ロキは立ち上がった。
「涙は魔神を倒す時までとっておこう」
「・・・ふふ、そうですか」
強いお方だとライラは思う。
こんな男だからこそ部下達はついてくるのだと・・・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぅ・・・」
あれから何時間経ったのかは知らないが、座ったまま寝る寸前に小さな声が聞こえ、俺は顔を上げた。
「シルフィ、目が覚めたか!」
隣にあるベッドで寝かせていたシルフィが起きたようだ。
「ここは・・・」
「俺の家」
「魔神は・・・?」
「倒せなかったけど追い払った」
「そう・・・ですか」
ほっとしたようにそう言うシルフィだが、まだ顔色は悪い。
「・・・」
そんな彼女に聞くべきなのだろうか。
「・・・ご主人様、大丈夫です」
「え・・・」
「私と、あの魔神がどういった関係なのか、気になるのでしょう?」
俺の考えていることが分かっているようだ。微笑みながら、シルフィは俺に顔を向ける。
「・・・いいのか?」
きっと、辛い思いをすることになるだろう。ここまで弱っているのもそれが原因のはずだ。
「はい、私の過去・・・聞いてもらってもいいですか?」
それでも、彼女は真っ直ぐに俺の瞳を見てそう言った。
「そうか、頼む」
なら、最後までちゃんと聞いてあげないとな。
「・・・5年前、私はローレリア王国にある森の奥で、同じエルフ族の仲間達と一緒にひっそりと暮らしていました」
シルフィが、自身の過去について語り始めた。
「とても綺麗な場所で、決して人間では訪れることが出来ないように結界も張られていました」
「・・・」
「私の母は仲間達の中で最も魔法を扱うのが上手くて慕われていて、いつかそんな母のようになれたらって、思ってて・・・」
少し彼女の表情が暗くなる。多分ここからがシルフィとベルゼブブに関わる部分だ。
「しかしある日、平和だった私の故郷にあの男は現れたんです」
よく見れば彼女の身体は少し震えていた。
「突然爆発音が響いて家の外を見ると、森が燃えていて、魔神ベルゼブブが仲間達を・・・」
「っ・・・」
ある程度予想はしていたが、まだ幼い彼女にとってその光景は想像を絶するものだったのだろう。
「私はその場から動く事が出来ませんでした。そしてベルゼブブが私に狙いを定めた時、母がベルゼブブの前に立ち塞がりました」
シルフィのお母さん。どんな女性だったのかは分からないけど、娘を守ることしか考えていなかったに違いない。
「〝逃げなさい、後で必ず追いつくから〟・・・そう言われて、私はその場から全力で逃げ出しました。母なら、必ずあの男を倒してくれると信じて・・・」
「・・・」
「それからしばらく走り続けて振り返った時、そこには・・・母の遺体を引き摺りながら私を追ってきた魔神ベルゼブブが立っていたんです」
「・・・」
「私も殺される、そう思いましたが、何故か魔神は私を見逃した。その理由は先程ご主人様が駆け付けてくださる前にあの男から聞きました・・・」
そんなことを言いながら、シルフィは涙を流していた。
「あの男は、成長した私を食べるつもりなんです・・・。だからあの魔神は王都に来たんです・・・」
「シルフィ・・・」
とんでもない話だった。
いつも俺達を元気づけてくれていた彼女に、そんな過去があったなんて。
「なんで私はこんな事を忘れていたんでしょうか・・・」
「それは・・・」
まだ幼かった彼女には耐え切ることが出来なかったんだろう。だからその出来事を記憶から消していた。
そして、その後宛もなく彷徨っていた所を人間に捕らえられて奴隷にされたってことか・・・。
「ごめん、こんな事を話させて」
「ぐす、いえ・・・」
彼女の頭を撫でてやりながら、俺は決意した。
「なあ、シルフィ」
「はい・・・」
「何があっても俺が守ってやるから。俺達はもう家族だ」
「っ・・・」
母を、仲間を、故郷を失ったシルフィ。
けど、ここには俺達やシオン達がいる。
「もう二度と、何も無くさせないから」
決着をつけてやる、魔神ベルゼブブ・・・。




