第百三話 喰らう迷宮
突如出現した迷宮の調査。
それを行うため、『金色の騎士団』隊長サイズ・レストは、部下を引き連れて洞窟に潜っていた。
「なんだ、この程度なら危険度も低いな」
そう言いながらサイズは剣を振るう。
先日の魔神による帝国襲撃の報せを受けて、警戒しながら迷宮を訪れた彼らだが、現れる魔物はどれも危険度Cクラスのレベルばかりだ。
「この調子で最奥を目指すぞ」
しかし、万が一のこともある。
サイズは後ろをついてくる部下達にそう言って、さらに奥を目指した。
「・・・」
気になるのが、この迷宮の出現と同時に他の場所にも同じような迷宮が出現したということ。
そっちにも違う騎士団が向かっているのだが、大丈夫だろうか。
「まあいい、とにかく先に────」
その先を言おうとした時、何かを感じてサイズは振り返った。
「隊長、どうかしましたか?」
「今、向こうから何かの気配を感じた気がしたんだが」
「自分は何も感じませんでしたが・・・気のせ───」
そこで言葉を切って、サイズの部下は動かなくなった。
「おい、どうした?」
「あ、あぎゃああああ!!!」
突然部下が叫ぶ。それと同時にサイズは、その部下の背中から大量の血が噴き出していることに気が付いた。
「なっ・・・!?」
やがてその部下はピクピクと痙攣しながら倒れ込んだ。他の兵士達の身には何も起こっていないようで、隊がパニックに陥る。
「っ、まさか・・・」
何かが近付いてくる。禍々しい魔力を纏う何かが。
「迎撃準備!!敵の正体は不明だが、何かが来るぞ!!ここで迎え撃つ!!」
「りょ、了解!!」
サイズの命令を聞き、兵士達はすぐに隊列を整えた。
「くそっ!!」
得体の知れない何かは入口方面からこちらに向かって来ている。このままでは逃げ場などない。
「た、隊長、敵が見えました・・・あ、あれは・・・!?」
「人・・・?」
人の形をした存在が、猛スピードでこちらに迫っている。背中から伸びた四本の巨大な黒い腕のようなものが器用に壁や転がる岩を掴んで、本体は腕を組みながら。
「見ぃぃつけたぁぁぁっ!!!」
「ひぃっ!!」
人のものとは思えないような笑みを浮かべ、それは兵士達に襲いかかった。
黒い腕の先がまるで口のように広がり、先頭にいた兵士達を呑み込む。そして違う腕が中央付近にいる兵士達を叩き潰した。
「な、なんだあれは・・・」
例えるならば、生を喰らう死そのものだ。
恐怖に支配された兵士達は、もうその存在に立ち向かうことなど出来ない。
「ぎゃあああ!!!」
「助けてくれぇぇぇ!!!」
なすすべもなく、次々と消えていく。
「アハハハハハハ!!!この前喰った人間達とは違って美味しいなぁぁ!!!」
「この化け物がッ・・・!!」
先頭の兵士達が魔神と接触してから僅か10秒。もうサイズ以外の兵士達は黒い腕に潰されるか黒い腕に呑まれて全滅している。
自分も助かることは出来ないと分かっているが、サイズは迫る魔神に剣を振り下ろした。
「死ねぇ、魔神・・・!!」
「君が一番美味しそうだなぁっ!!!」
一瞬だった。
凄まじい衝撃を見に受けて吹っ飛んだサイズは、遅れて自身の両腕が無くなっていることに気付く。
「ぐがっ・・・!?」
受身をとることが出来ずに勢いよく地面に叩きつけられ、サイズは血を吐いた。
「あが、ぐ・・・」
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
助からない。腕をやられてしまっては、反撃することも不可能だ。
「この国で一番人間が集まってる場所って何処?」
「っ・・・」
サイズは戦慄した。この魔神は、王都を襲撃しようとしている。
そんなことになったら、おそらくかつての魔神同時襲撃以上の被害が出ることは間違いない。
「だ、れが、教えるものか・・・!!」
「ふぅん・・・」
ギロりと自身を睨みつけけてきたサイズを見て、魔神は奇妙な笑みを浮かべる。
そして、サイズの右足首を踏み潰した。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「ほら、さっさと言いなよ。次は左だよ」
「ア゛ア゛ア゛ッ、カハッ・・・」
あまりの激痛にサイズは意識を失いかける。
「言え」
「ッ・・・!!」
しかし傷口をグリグリと踏みつけられ、サイズは強制的に意識を保ち続けされられた。
「絶対に・・・言うものか・・・」
「・・・」
それでも、彼は王都の場所を口にしなかった。
これまで過ごして来た故郷を、魔神などに踏みにじらさせるわけにはいかない。そんな思いがサイズの脳裏を駆け巡る。
「くそ、ロキさん、すいません・・・」
もう限界だ。
自分は、この魔神の罠にはまってしまったのだ。迷宮を出現させ、そこを訪れた者を襲うという魔神の罠に・・・。
「もういいや、自分で探すから」
「ぐっ────」
「いただきまーす」
最期にサイズが見たのは、怪物に形を変えた魔神の腕が大きく口を開いて、もう動くことが出来ない自分に迫ってくる、そんな光景だった。




