第九十八話 破壊拳
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「っ────」
一瞬で気色が変わる。
周囲を見渡せば、灰色の空間に俺は一人立っていた。
「ここは・・・」
どこか見覚えがあるこの場所。まさかルシフェルの精神世界か・・・?
また死亡寸前状態なんじゃないだろうかと思いながら周囲を見渡していた時、彼女は居た。
「っ、ルシフェル!!」
黒い球体の中で目を閉じる彼女は、苦しそうに表情を歪めている。
「おい、聞こえるか!?」
そう言ってみるも返事は無い。
とにかく、彼女をあそこから出してやらないと。
「待ってろ、今助けて───」
次の瞬間、黒い球体から荊棘のようなものが何本も飛び出し、俺の身体を貫いた。
「ぐっ・・・!?」
激痛がはしる。けど、血が出ないってことは精神にダメージを与えられているのかもしれない。
「くそったれ・・・」
それでもここで引き下がるわけにはいかない。俺は痛みを堪えてさらに一歩踏み出した。しかし、再び球体から荊棘が放たれ、俺の身体を貫く。
「っ〜〜〜〜〜!!」
ルシフェルにザックザック斬られてた時もかなり痛かったが、これはそれよりもやばい。
「こんなもんで、動き止められると思うなよ・・・!」
少しずつ球体が近付いてくる。
その時、
「ジーク・・・さん?」
少しだけ目を開いたルシフェルが声を発した。アビスカリバーは完全に精神を乗っ取ったって言ってたけど、どうやらまだ意識はあるようだ。
「なんで、またここに・・・」
「助けに来るって言っただろ」
「っ・・・」
あと、少しだ・・・。
「ごめんなさい・・・。私、アビスカリバーに負けちゃって・・・そのせいでジークさんに迷惑かけて・・・」
距離が近くなったからか、ルシフェルの声がよく聞こえる。
彼女の目からはポロポロと涙が零れ落ちていた。
「バカ、迷惑じゃねっつの」
「でも、私が───」
「はぁー、シオンと同じこと言ってんなぁ。いいか、ルシフェル」
「・・・」
「一度一緒に戦っただけかもしれないけど、俺はもうルシフェルを友であり仲間だと思ってる」
「え・・・」
「大切な仲間を助けに来ることが、迷惑なことな筈ないだろ?」
「じ、ジークさん・・・」
よく見ればルシフェルの頬は赤く染まっている。
「あー・・・、ちょっとカッコつけすぎたかな」
いつの間にか、俺は球体の目の前にたどり着いていた。
「・・・ルシフェルは、ローレリア王国って知ってるか?」
「王国・・・?」
「もし良かったらだけど、この戦いが終わったら案内するよ。長いこと外に出てなかったろ?」
「それは・・・」
「俺の仲間もいるからさ。ほんとにいい所なんだ。だから、一緒に行こう」
俺は魔力を腕に集めた。
「────はいっ!」
初めて会ったときにも見せてくれた、満面の笑顔。
これからも、ずっとこんな笑顔を見せてくれるように。
そんなことを思いながら、俺は球体を破壊した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『馬鹿な・・・』
聞いたことのない声が響いた。ああ、アビスカリバーの声か。
いつの間にか、俺は大魔城に戻ってきていた。
『貴様、我が呪縛を解いたというのか・・・!?』
そう言うってことは、俺は無事ルシフェルを助け出せたってことか。そう思いながら俺はお姫様抱っこしているルシフェルに顔を向けた・・・お姫様抱っこ?
「ぅ・・・ジーク、さん?」
「よう、ルシフェル」
なんでお姫様抱っこしてんのかは分からんけど、俺を見るアスモデウスの顔が怖い。
『何故だ、何故人間如きに・・・ッ!!』
・・・なんか剣が喋るってすごいな。さすが異世界。
「・・・さぁて、確かお前は自分の魔力で刀身を再生させれるって言ってたよな?」
とりあえずこいつをぶっ潰さないと。
俺はゆっくりルシフェルを床に立たせてやった。
『ジークフリードォォォ!!!』
「だったら、お前の魔力が尽きるまで砕き続けてやるよ」
魔剣に精神が戻ったアビスカリバーが俺に切っ先を向けて突っ込んできた。けど、もうこいつは魔神じゃない。
『ぐ─────』
俺の拳が直撃した瞬間、アビスカリバーはあっさりと砕け散った。しかし、すぐに魔力が集まり形を取り戻す。
『貴様ぁ、よくも────』
うるさい。再び俺はアビスカリバーを殴って砕いた。
『ぬあああ!!ふざけ───』
再生する度にアビスカリバーを破壊する。先程までとは違って、もうこの魔剣に俺と戦う力は残っていなかった。
『ぐ、が・・・』
あれから砕いては再生され、砕いては再生されを繰り返し続け、ついにアビスカリバーはまともに再生することも出来なくなった。
「これで終わりだな」
『よ、くも・・・私は、天界を・・・』
「お前がなんで天界と戦おうとしてたのかは知らん。けど、お前がルシフェルを苦しめ続けたことを俺は絶対許さねえ」
『や、やめろぉ!!人間がぁぁぁぁぁ!!!!』
「消えろ、アビスカリバー」
最後は呆気ないものだった。
俺の拳に砕かれた刀身は塵になり、キラキラと輝きながらアビスカリバーは消滅した。
「ふぃー、終わったぜい」
「もうっ、ジークったらカッコつけすぎ!!」
「ぐえっ!!」
疲れてため息をついたところにレヴィの突進を食らい、俺は顔面から転けた。
「無茶し過ぎなのよ、馬鹿」
「はは、レヴィにアスモデウス、サンキューな」
「えへへー」
レヴィが嬉しそうに声を漏らす。アスモデウスも今回は微笑んでいた。
「あ、あの・・・」
「っと、そうだ」
俺はレヴィを抱えて立ち上がり、困ったような顔で俺を見つめてくるルシフェルに顔を向けた。
「っ・・・!」
「え─────」
次の瞬間、ものすごいスピードでルシフェルに抱きつかれ、俺は思いっきり倒れた。
ああ、レヴィが飛んでいく。ごめんよ。
「ジークさぁぁん・・・!」
「ちょ、ルシフェル・・・」
そして、ルシフェルが俺の胸に顔をうずめたまま泣き始める。今まで我慢していたんだろう。
「・・・はは、良かった」
頑張ったかいがあったってもんだ。
そう思いながら、俺はルシフェルが満足するまで胸を貸し続けたのだった。




