第九十七話 魔剣砕再
───死ぬ。
初めてアビスカリバーと対峙した時にも感じたこの感覚。
「あっぶねぇ!!」
咄嗟に伏せなければ確実に死んでいただろう。顔を上げれば壁も天井も消し飛んでいた。
「どちらが上か、思い知るがいい!!」
そんな声とともにアビスカリバーが魔剣を振り下ろした。その一撃は大地を割り、城が崩れ始める。
「くっ・・・!!」
今のあいつは筋力以外のステータスが俺よりも高い。早めに決着をつけないとやばいな。
「人間如きが魔神に勝てると思うな!!」
アビスカリバーが斬りかかってきた。咄嗟に躱したがすぐに方向を変えて再び剣を振り下ろしてくる。
「くそ、ふざけんな!!」
俺は全力で魔剣を殴ろうと踏ん張った。
しかし、このタイミングでアレが効果を発揮する。
「え────」
突如俺が足を置いた箇所だけが崩壊し、俺はバランスを崩した。
「ちょ、固有スキルッ!?」
俺の幸運がマイナス値になっている原因。最近あまり不幸なことが起きないようになっていたから完全に油断した。
「残念だったな、ジークフリード」
「くっそ・・・!!」
アビスカリバーが魔剣を振りかぶった。これはまずい!!
「《バニッシュイレイザー》!!」
そう思った時、突然アビスカリバーが光に呑み込まれた。
「・・・レヴィアタン」
「うわっ、今のを完全に防がれるとは思わなかった」
そう言いながら俺の横に駆け寄ってきたのは、なんだかんだで頼りになるレヴィだ。
「苦戦してるみたいだね」
「ああ、ちょうど今死にかけた」
「あはは、間に合って良かったぁ」
にっこり笑いながらも、レヴィはまったく警戒を緩めていない。相手がそれだけ強いってことか。
「ふん、何人増えようが私の相手では────」
「あらま、よく気付いたわね」
アビスカリバーが勢いよく振り返り、背後から襲いかかっていたアスモデウスを斬り裂いた。しかし、アスモデウスの身体はぐにゃりと歪んで消える。
「残念、それ偽物よ」
本物のアスモデウスは、いつの間にか俺の隣でふわふわ浮かんでいた。
「ふん、無様ねジークフリード。あたし達が居なかったら死んでたじゃない」
「ああ、サンキューな」
「っ、そこは何か言い返してきなさいよ・・・」
普通に礼を言ったら顔を逸らされた。ほんと嫌われてるよな。
「・・・面倒だな」
そんな時、アビスカリバーがそう呟いた。
「私の邪魔をするのなら─────」
「え─────」
突然アビスカリバーの姿が消えた。
「皆殺しだ」
「っ、アスモデウス!!」
速すぎて反応が遅れた。既にアビスカリバーはアスモデウスの背後で剣を構えている。
「くそっ!!」
俺はアスモデウスを突き飛ばし、アビスカリバーが放った斬撃を身体を捻ってなんとか躱した。
「いや、避けきれなかったか・・・」
太股に走る激痛と熱。見れば深々と斬り裂かれて、血が溢れ出していた。
「じ、ジークフリード・・・!」
膝をついた俺のもとに、立ち上がったアスモデウスが駆け寄ってくる。
「ご、ごめん、あたしのせいで・・・」
「気にすんなって」
珍しく涙目で心配してくるのはなんか新鮮だな。意外と可愛いとこもあるっていうか・・・。
「ちょっと、イチャイチャしてる場合じゃないでしょー!」
そんな声が聞こえたので顔を向けたら、レヴィが一人でアビスカリバーと戦っていた。
「わり、今行く!」
この程度で痛がってる場合じゃない。俺は立ち上がり、交戦中の二人のもとに向かった。
「《切り裂く水》!!」
レヴィが放った魔法をアビスカリバーが剣で弾いた。今がチャンスだ。
「折れろ!!」
「ちっ・・・!!」
隙が出来たアビスカリバーの横に移動し、本気で魔剣に蹴りを放つ。しかしそれは躱された。
「やっぱ速いな・・・」
せめて動きを止めることが出来れば・・・。
「その程度の動きで私を攻撃出来ると思────」
一旦俺達から距離をとったアビスカリバーの動きが止まった。
「っ、いつの間に・・・!?」
「あたし、魔力隠すの得意だから」
いつの間にかアビスカリバーの背後に二本の剣を持ったアスモデウスが居た。
「ナイス!!」
多分アスモデウスが状態異常を与える魔剣でアビスカリバーに傷をつけたんだろう。
「終わりだアビスカリバー!!」
「っ─────」
完全に無防備になったアビスカリバーの目の前で腕に魔力を集中させ、そして魔剣を本気で殴った。
その衝撃で魔剣は粉々に砕け散る。
「よしっ!!」
これで、ルシフェルを─────
「・・・ククククク」
「あ?」
「アーーハッハッハッハッハ!!!!」
次の瞬間、アビスカリバーのすぐ近くに居た俺とアスモデウスは、何かに身体を斬られ、吹っ飛んだ。
「ぐっ!?」
「うぁっ・・・!!」
よく見れば、アビスカリバーの手には粉砕した筈の魔剣が握られていた。
一体どういうことだ?
「ジーク、アスモデウス!!」
「俺は大丈夫だ」
「あ、あたしも・・・」
幸いアスモデウスは肩に傷を負っただけで、それ以外は怪我してないようだ。
「・・・どういうことだよ」
「ククク、結局貴様らがやろうとしていた事は無駄な事だったというわけだ」
そう言って魔剣に魔力を集中させるアビスカリバー。
「魔剣は、契約者の魔力が尽きない限り何度でも再生させることが出来る・・・。でも、あんたはルシフェルの身体を強制的に乗っ取ってるだけで、契約なんて出来てない筈よ」
「ああ、契約などしていない。ただ私が自分自身の魔力で刀身を再生させているだけだ」
「ど、どんな魔剣よ・・・」
アスモデウスがこんだけ驚いてるってことは、凄いことなんだろうな。よく分からんけど。
「どれだけ私を砕こうが、あの小娘を私から解放することなど不可能だ・・・いや、この身体を引き裂きでもすれば、〝解放〟できるかもしれんな」
「てめえ・・・」
魔剣さえ何とかすればルシフェルを解放出来ると思ってた。けどそれじゃ駄目ならどうすりゃいい?
考えが浮かばない。それでも俺はアビスカリバーに突進した。
「ククッ、もう打つ手なしか?」
「やるだけやるしかねえか!!」
そして、俺の拳とアビスカリバーの魔剣が衝突して火花が散る。
「くっ・・・」
「《魂射りし黒樹弓》!!」
一旦距離をとった瞬間、アビスカリバーが魔剣を床に突き刺した。
「こんの・・・!!」
飛び出してくる大樹をなんとか躱す。しかし振り回された根が俺の足に絡み付いた。
「うおっと!?」
「逃げ場は無いぞ!!」
空中で体勢を崩した俺にアビスカリバーが魔剣を振り下ろす。何度目か分からんけどこれはまずい・・・!!
「間抜け過ぎよ馬鹿っ!!」
突然アビスカリバーの周囲からアスモデウスが七人現れた。そして一斉にアビスカリバーに斬りかかる。
「ちっ、面倒な」
「ジークフリード、体勢を立て直しなさい!!」
「お、おう、助かった」
あれか、自分の偽物を創り出す魔法か。そんな何体も創り出せるもんだとは思わなかった。
「うぐっ!!」
「アスモデウス・・・!!」
俺が立ち上がった瞬間、アビスカリバーがアスモデウスを吹っ飛ばした。
「ククク、そろそろ終わらせるとしよう」
そして魔剣に魔力を集めていく。
まずいな、これをまともに受けると多分全滅する。
「っ・・・!」
身体が動かない。アビスカリバーの禁忌魔法の効果か。怪我し過ぎて重圧に対抗出来ない・・・。
「くっそ、動け・・・!!」
このままじゃ、俺だけじゃなくてレヴィとアスモデウスもやられちまう。
「動けってぇぇぇぇ!!」
ビビってる場合じゃねえだろうが!シオン達が救ってくれた命を、こんなとこで無駄にするわけにはいかねーんだ!
「すぐそこなんだぞッ・・・!!」
ルシフェルは、すぐそこだ。助けるって約束しただろうが。
「ぬあああああ!!」
足が動く。それに続いて全身が重圧から解放された。
「っ、終わりだぁぁ・・・!!」
「届けぇぇぇぇ!!!」
アビスカリバーが振り下ろした魔剣と俺の拳がぶつかり合う。それと同時に俺の視界は真っ白になった。




