第九十話 少女達の死闘
シオン達がSSSクラス迷宮天獄山を登り始めてから、既に2時間が経過していた。
「はぁ、はぁ」
「これは、ちょっと・・・」
もうシオンとシルフィは限界を迎えている。エステリーナもフラフラで、まだ元気なのはレヴィだけだ。
「多分これで半分ぐらいじゃないかな」
「は、半分・・・!?」
ここまで来れたのはレヴィのおかげだ。彼女がいなければ既に人間女子組は魔物達に喰われているだろう。
「それにしてもSSSクラス迷宮かぁ。こんなレベルの迷宮があるの、魔界でも珍しいよ」
「魔界にはこれ以上に危険な場所があったりするのか?」
「あるよ。ボク達が住んでる場所とか」
そう言ってレヴィが指を立てた。
「ボクが住んでる《嫉妬の水魔殿》は、外にいるのはレベル100の魔物とかだけど、中にいるのは皆レベル120以上だしね」
「こ、この迷宮のフロアボス級が大量にいるということか」
「確か一番やばいって言われてたのは《傲慢の大魔城》だったと思うよ」
「傲慢・・・」
つまり、傲慢の魔神ルシフェルが根城にしている場所というわけだ。
「そういえば、ご主人様があれ程の怪我をする相手とは、一体どんな魔神なのですか?」
そんなシルフィの問いに、レヴィが答える。
「ルシフェルは、多分魔神の中で最強だと思う。禁忌魔法の効果はあんまり分からないけど、一つは相手の耐久を無視してダメージを与えるってやつだったはず」
「なるほど、だからこれまでどんな攻撃を受けてもほぼ無傷だったジークがやられたのか・・・」
「でも、ご主人様はあんなに速く動けるのに、どうして・・・」
「それだけルシフェルが強いってことだよ」
そう言うレヴィの表情は、少し怒っているようにも見える。
「敏捷はジークと同じぐらいか、それ以上だね」
一般人から見たらほぼ瞬間移動に等しいジークのスピード。それと同格というわけだ。
「とにかく、ジークのために頑張ろっ!」
「そうですね─────」
と、次の瞬間。
「─────」
レヴィがものすごい速度で吹っ飛ばされ、向こうの壁にめり込んだ。
「なっ!?」
そして現れたのは、巨大なゴリラのような魔物。
「い、イステルコング・・・」
エステリーナの身体が震える。おそらくフロアボスであろうこの魔物は、かつて王都を襲った怪物だった。
その時エステリーナはまだ幼かったのだが、この魔物を倒すのにかなりの死者が出たのは未だに忘れられない。
しかし、それでもまだフロアボスなのだ。
「いったいなぁ・・・」
エステリーナ達が動けない中、いつの間にかレヴィがイステルコングの隣まで歩いてきていた。
「すごいパワーだね。ボク、そんな力強くないから嫉妬しちゃうよ」
レヴィの身体から尋常ではない魔力が溢れ出す。それを感じてエステリーナ達は後退した。
「ウオオオオオオウ!!!」
「あはは、元気だね────」
そして、かつて王都を戦慄させた最強のゴリラが肉塊になるまでにそう時間はかからなかった。
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「つ、着いた・・・」
その後、死にものぐるいで戦い続けたシオン達は、とうとう山頂にたどり着いた。まるで闘技場のフィールドのように広い山頂の端には、なにやら光るものがふわふわと浮かんでいる。
「あれが、どんな傷でも癒すという・・・」
「実在したのか・・・」
本当にあれが求めていたものなのかは分からないが、とにかく彼女達はそれを持って帰ろうとした。
その時、空から何かが舞い降りる。
「っ!?」
「ドラゴン・・・!!」
真っ白な鱗に全身を覆われた、巨大なドラゴン。それの正体をエステリーナは知っていた。
「天獄山の秘宝を守護すると言われている、聖竜アルティーネか!!」
「グオアアアアアアア!!!」
ドラゴンの咆哮が大気を揺らす。魔神に迫る力を秘めるであろうアルティーネは、小さな少女達を睨んだ。
「さーて、申し訳ないけど邪魔するんなら容赦しないよ」
そんなアルティーネにレヴィが近付いていく。
「グオオオオ!!!」
「タイダルウェイブ!!」
戦いが始まった。アルティーネのブレスを躱したレヴィが水魔法を放つ。しかしアルティーネは翼を羽ばたかせ、迫る水を押し返す。
「そこだ、《炎をもたらす魔剣》!!」
「《破壊嵐》!!」
「グオアアアアアアア!!!」
違う場所からエステリーナとシオンが魔法を放つも、アルティーネが起こす風に阻まれて本体に当たらない。
「《幻糸展開・奈落縛り》!!」
そんな中、シルフィが固有スキルを発動させた。そしてアルティーネに真下から大量の糸が絡みつく。
「やるな、シルフィ!」
「攻撃はお任せします!!」
自由に翼を羽ばたかせられなくなったアルティーネが光属性のブレスを何発も放つ。しかしその全てがレヴィの魔法によってかき消された。
「《焔王裂翔斬》!!」
「《山崩しの暴風》!!」
「ガアアアアア!!!」
エステリーナの炎とシオンの魔法が合わさり、爆炎の竜巻となってアルティーネを襲う。
「─────あ」
「くっ、まずい・・・!」
しかし、ここまで順調に戦えていたのだが、ここでシオンとシルフィの魔力が尽きてしまった。
それによって竜巻が消え、アルティーネを縛っていた糸も消滅する。
「私もそろそろ限界だぞ・・・!」
エステリーナが剣に纏わせている炎の火力も衰えてきている。このままではアルティーネに勝つことなど不可能だ。
「んじゃ、ここはボクに任せて」
そんな時、現パーティーの中で最強のレヴィがそう言って魔力を放出した。
「悪いけど、手加減はしないからね!!」
「グオオオオオオオ!!」
危機を感じたのか、アルティーネが特大のブレスをレヴィ目掛けて放った。それに対してレヴィも魔力を集中させ、そして。
「《バニッシュイレイザー》!!!」
放たれた光線のような大魔法はブレスをかき消し、アルティーネを呑み込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あら、帰ってきたわね」
「転移魔法陣が無ければ多分帰ってこられませんでした・・・」
その後、無事聖竜アルティーネを倒した一同は、小さな丸い玉を持って帰還した。
「ふふ、世界初。SSSクラス迷宮を突破したのがこんな少女達だなんて」
そう言ってリリスがケラケラと笑う。
「んで、転移魔法陣って?」
「山頂で戦ったドラゴンを倒したら突然地面に浮かび上がったんです」
「へぇ、ちゃんと帰らせてくれるなんて、SSSクラスも優しいとこあるのね」
「ってそれよりも、ジークさんにこれを・・・」
シオンは光る小さな丸い玉を取り出し、リリスに手渡した。
「これが噂の?」
「それがあれば、多分ジークさんは・・・」
「よし、じゃあ飲ませてみるわ」
そしてリリスは未だ目を覚まさないジークの口の中に、小さな丸い玉を放り込んだ。




