第八十八話 天使ルシフェル
速い。
レヴィや俺に匹敵する速度で様々な角度からルシフェルは竜を切り刻む。
「グオオオオアアアア!!!」
「遅い─────」
竜が反撃しようと息を吸い込むが、その首をルシフェルは軽々と切断した。
「ふう、お待たせ」
「なんつー強さだよ・・・」
ヒュンっと剣を振り、血を落としたルシフェルが俺のもとに駆け寄ってきた。
「・・・」
あの時は暗くてはっきりとは見えてなかったけど、めっちゃ可愛いなこいつ・・・いやいや、何を思ってんだ。
「んで、話ってなんだよ」
「今から話すよ。まずは私の正体からかな」
そして、ルシフェルは語り出した。
「貴方と戦ったのは、私の身体を乗っ取っている《魔剣》なの」
「・・・ん?」
「知ってるかもしれないけど、私は元天使なんだ」
とても優しい口調でそう言うルシフェル。しかしその表情は少しだけ暗い。
「でも、ある時堕天させられたの」
「させられた?」
「うん、無実の罪を着せられてね」
「無実の罪・・・」
「大天使暗殺の罪だよ」
ルシフェルが口にしたのは、とんでもないことだった。天界の事情を知らない俺でもそれがどんなにやばいことなのか分かる。
「突然こいつが犯人だって言われて、私は天界中を逃げ回った。でも、ある日天使達の大軍に包囲されて・・・捕らえられたの」
「・・・」
「それで、堕天の烙印を腕に押されて、翼は黒く染まった。天界じゃ死刑より堕天させる方が重い罰だから」
「なんつーか、その、色々あったんだな」
「うん、大変だったよ。そして私は天使達の聖技を一斉に受けて、地上に落ちたんだ」
そう言うルシフェルはとても苦しそうだ。確かに彼女の右腕には黒い紋章が描かれている。
「落ちた先は魔界。聖技を受けて瀕死状態だった私は死を覚悟したの。けど、そこにアレは現れた」
「アレ?」
「《魔剣アビスカリバー》・・・。私の身体を乗っ取って貴方と戦った存在よ」
「っ・・・」
「動けない私のもとにアビスカリバーは現れて、〝生きたければ自分を手に取れ〟って言われて・・・私は魔剣を手に取ってしまった」
「なるほどな」
てことは、魔神ルシフェルの正体は、堕天使ルシフェルの身体を乗っ取った魔剣ってことか。
でも・・・。
「なら、なんで俺はお前と会話出来てるんだ?」
「ごめんね、それは私にも分からないの。ここは私の精神世界のような場所なんだけど、そんな場所に貴方が現れたから私も驚いてるんだ」
「ふむ・・・」
なんでルシフェルの精神世界に俺がいるんだろうか。
「あ、そういやさっきの魔物達はなんだ?」
「アビスカリバーが私を完全に乗っ取ろうとして、この精神世界の奥底まで悪意で創られた魔物を送り込んでくるの。幸いまだ抵抗出来てるけど、このままじゃいつ限界が来るか・・・」
なるほどな。じゃああの時ルシフェル・・・いや、アビスカリバーが急に苦しみだして、小娘だの抵抗だの言ってたのはルシフェルが精神世界で抵抗してるってことだったのか。
・・・なんで苦しんだんだ?
「多分上位種を倒したからかなぁ。それで直接アビスカリバーにダメージを与えたのかも」
俺が考えていたことが分かっているかのように、ルシフェルがそう言う。なら、あの時ルシフェルがその上位種相手に苦戦したり、負けてたら俺は死んでたってことだな。
「・・・」
目の前にいる堕天使の少女を見つめる。
こいつがどんだけ苦しんでるか、苦労してるかも知らずに、俺は殺しにかかったってわけか。
「・・・?」
見つめてくる俺が不思議なのか、ルシフェルが少し首をかしげた。中身はこんなにいい子だったとは。全然ククッとかそんな悪い笑い方しないし。
「・・・なんつーか、ごめん」
「え?」
「事情も知らずに勝手に悪いヤツって決めつけちまって」
「ううん、気にしてないよ」
・・・なんだろうか、すっごい落ち着く。彼女の話し方が優しい感じだからか?
「とにかく、私は絶対に魔剣なんかに負けない。このまま乗っ取られたら、取り返しのつかないことになるから」
「取り返しのつかないこと?」
そういや、魔剣のやつが俺のことを『計画の邪魔になるから殺す』って言ってたな。
「あいつ、ルシフェルの身体でなんかするつもりなのか?」
「うん。アビスカリバーは、魔族を率いて天界に攻め込もうとしてるの」
「なっ!?」
まじかよ。そんな事が起これば、戦争みたいになるだろ。
「もしかしたら・・・ううん、絶対に人間界も巻き込まれちゃう」
「なら、ルシフェルが魔剣を何とかしなきゃならねーのか」
「ごめんなさい。魔剣に精神を乗っ取られた時、私が瀕死状態で抵抗出来なかったから・・・」
「ルシフェルは悪くねーよ」
瀕死状態の女の子の身体を乗っ取って、天界に攻め込もうとしてる魔剣が悪い。
「そういえば、貴方の名前、聞いてなかったね」
「わり、言い忘れてた。俺はジークフリード、ジークって呼ばれてる。よろしくな」
「ジークさん・・・うん、よろしく」
俺が差し出した手を握り、にっこり笑うルシフェル。
確かに天使だわこれは。
「それで、ジークさん」
「ん?」
「どうやってここから帰るの?」
「・・・さあ?」
そんなこと考えてもなかったわ。




