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隊を脱するを2

「冗談ですよ。金の使い道といっても俺が思い付くのはその程度ですから、気にしないで下さい。残るようならその分は貯めておいて、いつの日か先生からだと言って渡してやればいい」


「自分で渡せばいいじゃないか」

再び自分の目の前に戻って来た金子を、玄斎は不満げに見下ろした。


「この金のことだって、君は内緒にしておいてくれと言うが、どうして綾野に知らせてはいけないのかね?第一君は、綾野のことを……」

続く言葉を手で制し、藤堂は静かに目を伏せた。


湿っぽいのは性に合わない。

だから笑って話せないことは、できれば口にしたくなかったのだが……。


「これまでに何人もの新撰組隊士が死にました」

その一言だけで玄斎が小さく息を飲む気配がする。

藤堂はぎゅっとこぶしを握り込み、動揺する心を抑えつけた。


「俺だっていつ死ぬかわからない。妙な恩を着せて綾野をしばるのは可哀相だ。だから先生にお願いしたのです。金が目当ての連中じゃだめだ。あなたは人を身分や貧富の差で区別したりはしない。俺が死んでもあの子を放り出したりはしないでしょう?」

脳裏には隊規違反で切腹させられた山南敬助の顔と、山南の墓に取りすがって泣いていた明里あけさとの姿が浮かんでいた。


頂点までくれば、あとは下るだけなのだ。

新選組は傍目から見れば日の出の勢いだが、実際はそうではないことに藤堂はとっくに気付いている。


ずっと幕府寄りの姿勢をみせていた孝明こうめい天皇が、昨年末に崩御ほうぎょされた。

今年の正月には、ずっと犬猿の中だった薩摩と長州が手を結んだ。

長州征伐の失敗は、はからずも徳川幕府の弱体化を露呈する結果となり、討幕の気運はヒタヒタ全国に広まっている。

薩長が手を携えて討幕に立ち上がった時、それに呼応する藩はかなりの数にのぼるだろう。

幕府の犬と目されている新選組に明るい未来が開けるとはどうしても思えない。


「こんな話はもうやめましょう」

玄斎の目が赤く潤んでいるのに気がついて、藤堂は話を打ち切った。

「隊務があるのでそろそろ失礼します」

これ以上ここにいれば、とんでもないことを口にしてしまいそうだ。

そう思ったから、相手の顔を見ないまま立ち上がり、逃げるように背を向けた。


「藤堂君!」

我に返った玄斎が、すがるように声をかけてくる。

背を向けたままでいると、強く腕をつかまれた。


「使いに出ている綾野も間もなく戻ってくるから、もう少し居てくれないか。こんなに早く君を帰してしまったら、私が綾野に怒られてしまう」

「綾野に?」

苦し紛れの言葉に、藤堂は一瞬目を見張り、それからぷっと吹き出した。

自分がいない間に藤堂が帰ってしまったことを知れば、綾野は確かに大騒ぎするだろう。

見かけはすっかり娘らしくなっても、中身はまだまだ子供なのだ。


「月が変わったらまた来ますよ」

明るい声を残して遠ざかっていく背筋の伸びた後姿から目を離せずに、玄斎は複雑な思いでため息をついた。


初めて会ったのは、「池田屋の変」の夜だった。

蘭法医の看板を掲げる玄斎の元に顔面を朱に染めて担ぎ込まれた藤堂の姿は、京の町人たちが恐れる「壬生の狼」そのもので、さすがに慄然としたものだ。

だからこそ、血を拭い取った後に現れた貴公子のような美しい顔は、玄斎を少なからず驚かせた。

そして今は、裏表のない素直で爽やかな青年のことが、実の息子のように可愛く思えてならない。


本当にこれで良いのだろうか。

本人は気付いていないのだろうが、凛とした背中が寂しげに見える。


「武士とは悲しいものだな」

ぽつりと漏らした言葉は、藤堂の耳には届かない。

返ってきたのは、いつの間にかすっかり秋めいてきた風の音だけだった。

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