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出会い5

藤堂は自分の背中と橋の欄干の間に少女を挟み込むようにして立っていた。

「いいか、俺が合図したら八坂神社近くの祇園会所まで走るんだ。走り出したら後ろを見るな。とにかく全力で走り抜け」

前を向いたまま少女だけに聞こえるように小声で告げると、背後でうなずく気配がした。


その間も獲物を襲う猛獣のように、男たちはじりじりと迫ってくる。

静かに間合いをはかっていた藤堂が、ドンと派手な音をたてて、相手を威嚇するように左足を踏み出した。


「走れ!」

藤堂の声に抜き打ちで切られた男の絶叫が重なり、少女ははじかれたように駆け出した。

その行く手をはばもうと伸ばされた腕が、返す刀でばっさり切られて橋の上に転がった。

腕を失った男の胃の腑を絞るような悲鳴が、血なまぐさい空気を震わせる。

誰もが恐慌をきたして動きを止めた中、藤堂だけはすばやく体勢を立て直し、残る男たちに向き直った。


「おい、お前」

指差す先に、頬に刀傷のある男が立っていた。

「こいつらの中で一番強いくせに、なんで後ろにいるんだよ」

怒気を含んだ問いかけに、答える言葉は返ってこない。

蒼白になった男と、腕を切られてのた打ち回る男を残し、残る二人は脱兎のように逃げ出した。


(逃げ足の速いことで……)

こいつらが新撰組隊士なら、残らず士道不覚悟で切腹だ。

心の中でひとりごちながら、藤堂は完全に戦意を失った男ののど元に、血に濡れた刀を突きつけた。


ヒっと悲鳴に近い声をあげて、男が上半身をのけぞらす。

その無様な姿に、半ば呆れ半ば腹を立てながら、思い切り腹を蹴飛ばした。

「お前なんぞ斬る気にもならねえ。怪我人を連れてさっさと消えちまえ!」

蹴られて尻餅をついた男は、あわてふためいて起き上がり、仲間を引きずるようにして姿を消した。


大勢いた見物人も、戦闘が始まったと同時に、クモの子を散らしたようにいなくなっていた。

後に残ったのは、半身に返り血を浴びて佇む藤堂の他には、血の海に横たわる死体が一つと腕が一本。


やれやれとため息をつき、刀を納めた藤堂は、そのまま橋を渡り始めた。

死体を放置しておくわけにもいかず、役所に届け出るつもりだったのだが、橋の終わりまで来た所で驚いたように足を止めた。


「そんな所へいたのか、どうして逃げなかったんだ!?」

不安そうに見つめられ、藤堂は思わず息を飲んだ。

年の頃は十一、二といったところか。

あらためて見ると、驚くほどきれいな少女だった。


抜けるように白い肌。

ほっそりとした手足。

頬と小さな唇は咲き初めの紅梅のようにほんのりと色づいて、触れればさぞかし柔らかだろう。

まばたきするも忘れて見つめていると、長いまつげに囲まれた大きな瞳に、ぷっくりと涙が浮かび上がってきた。


「あ!」とわめいた藤堂は、そのまま背後に飛びすさった。

女の子の世話など焼いたことがないものだから、こんな時どうすれば良いかわからない。

右を見て、左を見て、助け舟を出してくれそうな人が周囲にいないことを確認し、しどろもどろになりながらも、恐々となだめにかかった。


「ご、ごめん、責めているわけじゃないんだ。ほ、ほら、危ないだろ、それに人が斬られる所を子供に見せるなんて……あの……えっと……」

話を聞いているのか、いないのか、ぽろぽろと泣きながら、少女はなおもこちらを見上げてくる。

すっかり逃げ腰になった藤堂だが、相手が足から血を流しているのに気がついた時の反応は早かった。


「あいつらにやられたのか!」

一声そう叫ぶなり、すっとその場に膝を付き、着ている着物の袖を引き裂いて傷をしばるまでの手際の鮮やかさは、医者だって目を見張るだろう。


「痛いだろ?痛いよな。だが、心配は無用だぞ。すごい名医がいるんだ。すぐ近くだから連れてってやるよ」

安心させるような笑みを向けると、少女は困惑したように濡れた目を瞬いた。

応急処置を終えた藤堂は、当然のように少女に背を向ける。


「ほら、おぶされ!」

勢いよく言ったまでは良かったが、相手はじっと佇んだまま動こうとしない。

怪訝な面持ちで首を傾げた藤堂は、何気なく自分の着ているものを見てぎょっとした。


怯えるのは当然だ。

手も、着物も、返り血でべっとりと濡れている。


「ごめん……俺……」

俯いたまま小さな声で謝ると、少女は急いで首を横に振り、ためらいがちに近づいてきた。


小さな手がそっと肩にのせられる。

背中に預けられた体重は驚くほどに軽い。

何だか不思議な気分だった。


「俺の名前は藤堂平助」

相手の名を訊ねると、「あやの」という言葉が返ってきた。


「きれいな名前だ」

それに、鈴を振ったようなきれいな声だ。

我知らず微笑みながら、藤堂は少女を背負って今来た道を戻り始めた。

たった今、自分の傷を看てもらった医者の所へ連れて行くつもりだった。


「目を閉じていろ」

それでも鼻につく血の匂い。

橋の上に転がっている死体からは目をそらせても、自分の身体に染み込んだ血の匂いが消えることはないだろう。

それでもはるか頭上には、きれいな一番星が光っていた。

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