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出会い4

「原田さんは、俺が江戸に行きたがっていることを、なぜ局長に話してくれたのだろう」

藤堂は四条大橋の欄干にもたれて呟いた。


伊東大蔵について説明すれば説明するほど原田は複雑な顔をした。

「そりゅあ、俺だって、殿様気分に浸っている最近の局長や、その裏で糸を引いている副長のやり方には、いささか辟易しちゃいるが……」

声を潜め、そう前置きした上で、ずばりと核心に触れてきた。


「その伊東って男は新撰組に波風を立てるぜ。北辰一刀流の道場主なんざ、考えてみりゃあ、反対勢力みたいなもんだ。お前と山南さんまであっちに付いたら、一体どんなことになるか……」


原田の言うことにも一理ある。

だが、このまま引き下がるわけにはいかなかった。


山南と土方の関係が、この頃、目に見えて悪化してきている。

山南には人望があり、口にするのは常に正論だ。

それが土方は気に食わない。


仙台藩を脱藩したという山南は、北辰一刀流免許皆伝の持ち主であるにも関わらず、物静かな学者肌の男である。

肉親のいない藤堂にとって、強く、優しく、面倒見の良い兄弟子は、父のような存在だった。


「原田さん、お願いです、山南さんのためにも力を貸して下さい!」

原田の眉間にシワが寄る。

重い沈黙の後、ようやく搾り出された声は、原田らしくない陰鬱なものだった。


「伊東大蔵が入隊することで、本当に状況が良くなると思っているのか」

明らかに否定的な意味合いを含んだその言葉に、藤堂は強くうなずいた。


「伊東さんと山南さんは盟友だから、伊東さんが新選組に入ってくれたら、力関係も変わってくるはずです。このままじゃあ山南さんは排除されてしまう。俺は山南さんを助けたい。どんなことになっても、あの人を……」

ぽんぽんと軽く肩を叩かれて、思わず言葉を飲み込んだ。


「お前は本当に苦労人だなあ」

俯いたまま、ぎゅっとこぶしを握り締めていると、原田はしみじみと呟いて、そのまま部屋を出て行ってしまった。


翌日、局長が部屋に現れた。

「原田君から聞いたよ。伊東大蔵という御仁を口説きに行きたいそうだね」

上機嫌で伊東のことを聞いてくる近藤を前にして、藤堂は複雑な気持ちだった。


隊士募集のための帰東についても、原田の骨折りのおかげで、あっさりと許可がおりていた。

それなのに、なぜか素直に喜ぶことができない。

頭の中では、部屋を出る直前に見せた少し悲しげな原田の微笑が、いつまでもぐるぐると回っていた。


「江戸か……」

嵐山の稜線が鮮やかな夕映えの中にくっきりと浮かび上がっている。

藤堂の心に呼応するように、欄干に止まっていた赤とんぼが東の空へと吸い込まれていった。


「この景色ともしばらくお別れだな」

上洛する将軍を警護するために、急きょ募集された浪士隊の一員として、京都に足を踏み入れたのは昨年二月のことだから、実に一年半ぶりだ。

久々の帰郷が嬉しくないわけではないが、素直に喜んでいられる状況ではなかった。


黒船来航以来、世の中は揺れに揺れている。

おおかたの意向を裏切って幕府が国を開いてしまってから、幕府を倒して天皇中心の国家を作り、異人をことごとく討ち払ってしまえと主張する連中が、雨後の竹の子のように出始めた。

中でも天皇のお膝元である京都には「勤王の志士」を名乗る激派が終結し、「天誅」の名のもとに、幕府方の人間を一人また一人と血祭りにあげている。


浪士組結成の立役者である清河八郎も、蓋を開ければ勤王の志士の一人だった。

幕府を動かして浪士組を結成させておきながら、上洛した途端、朝廷のために働きたいと言い出して、幕臣たちを愕然とさせた。


朝廷は清河と浪士組を追い払うために帰東命令を出したが、近藤勇ら一部の者たちはそのまま京都に留まった。

幕府からもらった支度金も尽き、食うや食わずになっていたところに手を差し伸べてくれたのが、幕府から京都守護職を任されていた会津藩主の松平容保だ。


池田屋の一件で新選組の名は洛中に轟いたが、内部的な引き締めは日に日に厳しくなっていく。

局中法度きょうちゅうはっとが作られ、それに違反する者はことごとく切腹。

もちろん幹部とて例外ではなく、初代局長の新見錦までもが、隊規違反で腹を切らされてしまった。


新選組は、近藤、土方の意のままに動く殺人集団として整えられつつあり、二人のやり方にたてつく者は、確実に粛正されていく。


(俺は一体、何をやっているのだろう?)

藤堂は心の中で自らに問いかけた。


武士に憧れた。

理想に燃えていた。

金も欲しかった。


藤堂和泉守の御落胤ごらくいんなどと言われて育っても、それを証明するものは何もない。

母一人、子一人でさんざん苦労をした挙句、火事で焼け出され孤児となり、近所の道場に預けられた。


自分が何者であるかを、自分自身で証明するために、ひたすら稽古を重ね学問に取り組む日々だった。

今は晴れて武士となり、金にも困ることはない。

だが、しかし……。

京都へ来た目的は、幕府の犬などと蔑まれながら、近藤、土方の命令に従い、死ぬまで人を斬り続けることなんかじゃ、なかったはずだ。


斬られて死ぬか、隊規違反で死ぬか、目の前に二つしか道がないのなら、自分で第三の道を作るしかない。


(俺自身のためにも、そして、山南さんのためにも……)


良かれと思ってした意見は何一つ受け入れられず、気がつけば、名ばかりの閑職に追いやられ、土方に対する怒りを静かに燃やし続けている山南を思い、藤堂は唇をかみ締めた。

その時である。


「おい、誰かそいつをつかまえてくれ!」

いきなり現実に引き戻された藤堂は、声のする方にすばやく視線を走らせた。


追われているのは、懸命にこちらに駆けてくる女の子。

追っているのは、腰に大小を差した、大柄で人相の悪い五人の男たち。

状況を一瞬で把握し、前に足を踏み出した時には、少女の腕をつかんでいた。


「こっちへ!」

よろめいた身体を軽々と引き寄せ、恐怖にはりつめた瞳に優しく微笑みかけてから、くるりと背後にかばい込む。

再び顔を上げた時、藤堂のまとう気ががらりと変化した。


「大の男が寄り集まって、子供相手に何をやってる?恥ずかしくないのか?腰の大小が泣いてるぜ!」

美しい目が剣呑に細められ、容赦なく相手を睨みすえる。

胸のすく啖呵に野次馬たちから拍手があがり、浪士たちの顔色はどす黒く変化した。


「何だと、てめえ!」

「若造のくせに生意気な!」

口では色々なことを言うくせに、互いの顔がはっきり見える位置につったったまま、男たちは動こうとしない。

それを見つめる藤堂のきれいなおもてには、相手を威圧するような不敵な笑みが浮かんでいた。


「女みたいな顔をした優男じゃないか、こいつも一緒に売り飛ばそうぜ!」

自らを鼓舞するつもりだったのか、考えなしの一言に、藤堂の片眉がぴくりと持ち上がる。

「へえ」という感心したような声を吐き出した時には、右手の親指が刀の鯉口を切っていた。


「ま、待て、ちょっと待て!」

首領格と思われる頬に傷のある男が、あわてて前に進み出た。


「その子は祇園島村屋の芸妓だった芳野という女の妹だ。芳野が死んじまったんで、これからはそいつに働いてもらう。逃げたところで身寄りなどないし、金だって一文も持っちゃあいない。さあ、わかっただろ。これは人助けなんだ。とにかくそいつを……」


「ふざけるな!」

ちらりと背後の少女を見て、藤堂は声を張り上げた。


「この子を見ろよ、まだ子供じゃないか、姉の代りに遊郭で働けなんて、よく言えたものだ。食い詰め浪人が廓の用心棒になるのはよくあることだ。だが、性根まで腐っちまったらおしまいだ」


頑として少女のそば離れようとしない相手を前にして、男の顔が複雑に歪む。

遊郭で雇われているだけに、そこそこ腕は立つのだろう。

にわかに訪れた静寂の中、相手が彼我ひがの力量の差を見抜こうとしているのが、手に取るように伝わってきた。


一対一なら、どちらが勝つかは明白だ。

だが、多勢に無勢の上、少女の存在は足手まといと映るはず。


自分が私服であることを、ほんの少しだけ後悔した。

思った通り、こちらの腕を過小評価したらしい男たちは、一斉に刀を抜きつれた。

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