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出会い3

「おっ、さきがけ先生、気がついたか」

目を開けると、にやりと片頬で笑う原田左之助の上に見慣れた天井が広がっていた。


「魁先生って?」

痛みに顔をしかめながら訊ねると、「知らないのか?」とわざとらしく驚いてみせてから、ついさっき小耳に挟んだという隊士たちの話を披露してくれた。


不貞浪士の潜伏先を急襲する時など、危険な場所に最初に乗り込む者を、新撰組では「死に番」と呼んでいる。

死に番は、平隊士間での当番制となっているが、そこに藤堂がいる時は、隊長である藤堂自身が真っ先に敵地へ踏み込んでいくものだから、「死に番」は意味をなさなくなる。


「だからお前は魁先生なんだそうだ。心意気は結構だが、隊長がまっさきに死んじまったら他の隊士はどうなる?これを機会にもっと自重しろ。死にたいわけじゃないんだろ?」

いつになく真面目な顔で諭されて、藤堂は逃げるように目を逸らした。

別に死にたいわけじゃない。

だが、自分より弱い者を盾にして進むのは絶対にいやだ。


「ま、俺はお前のそんな所が気に入っちゃあ、いるんだけどよ」

藤堂の心の声が届いたかのように呟いて、原田はすっと立ち上がる。

そのまま出て行くのかと思いきや、襖を後ろ手で閉める直前で振り返り、意味深な笑みを向けてきた。


「きれいな顔に傷がついちまったな、武田観柳斉が嘆いてたぜ」

「武田だって!?」


局中でも有名な男色家の名を持ち出され、がばっと上半身を起こしかけた藤堂は、額に走る激痛にうめき声をあげた。

ようやく体勢を立て直した時には、原田の姿は視界から消えていた。

廊下を去っていく上機嫌の笑い声を聞きながら、藤堂はがっくりと脱力した。


伊予松山藩脱藩の原田は、きりっとした眉の下の、鋭い切れ長の目が印象的な美丈夫だ。

背が高く、すらりと引きしまった体躯を持つこの男が得意の長槍を自在に操る姿は、男の藤堂が見てもほれぼれするほどなのに、なぜか男に懸想されるのは自分ばかりだ。


「男色なんて虫唾むしずが走る」

これまでも男から恋文を受け取るたびに、その場で相手を殴り倒してきたが、男だらけの新撰組で藤堂に恋情を抱いている者は少なくない。


(動けるようになったら、武田をぶちのめしてやる)

顔に似合わぬ物騒なことを心に誓い、天井をにらみつけたまでは良かったが、原田に無理やり飲まされた石田散薬の効き目ゆえか、それとも耐え難い激痛ゆえか、再び意識を手放してしまった。


藤堂が屯所で傷養生をしている間、試衛館以来の仲間たちが、入れ替わり立ち代り様子を見にやってきたが、局長の近藤も例外ではなかった。


それは、意識を取り戻して間もない頃のこと。

廊下を踏み抜きそうな勢いで誰かの足音が近づいてきたと思うと、頬を紅潮させた近藤が部屋に飛び込んできた。


「藤堂君、喜べ!」

理由を聞き返す間もなく、いきなり手を握られた。

竹刀だこのあるごつごつした手が、心なしか震えている。

わけがわからず相手の顔を見返すと、細く吊りあがった目から、巨大な涙がぼろりと落ちた。


事情を聞いて藤堂も驚いた。

池田屋での新撰組の働きが認められ、朝廷からはお褒め言葉を、将軍家からは報奨金をたまわったというではないか。


「ついに我々も尽忠報国の士として世に認められたのだ」

近藤の手を無言でぎゅっと握り返した時、戦闘に参加していない山南敬助の顔が目に浮かんだ。


体調を崩していたという正当な理由はあるにせよ、華々しい活躍の場にいなかったことで、山南の今後の立場は、さらに微妙なものになるに違いない。

だが、近藤自身はそんなことなど思いもよらないようで、無口な男には珍しく、藤堂の働きを褒めちぎり、二十両もの大金を置いていった。


「へえ、局長がそんなことをねえ」

いつものように部屋に現れた原田は、藤堂の話を聞きながら、興味深そうに相槌を打った。

短気で癇癪持ちで、言葉より先に刀にものを言わせる剃刀のような男だが、医者が往診に来るとふらりと現れ、包帯を巻きなおす様子を神妙な面持ちで眺めている。


「向こう傷のおかげで、強そうに見えるぞ」

「強そうに見えようと、見えなかろうと、俺は実際に強いんですから、この傷に恐れをなして、敵が逃げ出したりしないことを祈りますよ」

慰めとも、からかいともつかない言葉に、強気の冗談で応じると、原田は楽しそうに破顔した。


藤堂より四つ上、永倉より一つ下の二十五歳。

年上なのに妙に気が合い、気の置けない仲間の一人だ。

襖を開けっ放しにして、試衛館時代の話をしていると、たまたま庭を通りがかった隊士が、なぜか頬を赤らめて行き過ぎる。


「そういやあ、俺とお前が念友だって噂が流れているそうだぜ」

その一言で、藤堂の顔から笑みが消える。

噂を流している不届き者の名を訊ねると、原田はだめだという代わりに、右掌てのひらを、ひらひらと目の前で振ってみせた。


「隊士の数が全然足りないんだ。お前に教えると、動ける者も動けなくなっちまう。まあ、もう少し待つんだな」

「もう少しって、どういう意味です」

ますます不機嫌になった藤堂だが、秋になったら江戸で隊士募集をするのだと聞かされて、思わず身を乗り出した。


「池田屋の一件で、武士はやっぱり東国に限るということに……お、おい、落ち着け、どこへ行く?」

東国人ではない原田はおもしろくなさそうに口を開いたが、布団から跳ね起きた藤堂を見て、目をむいた。


江戸へ行くのだと聞かされて、原田は思わず苦笑した。

「冗談だろ?」

「本気です」

痛みに顔をしかめながらも、藤堂は決然と言い放つ。


「隊士募集なら心当たりがあります。深川佐賀町に北辰一刀流道場を開いている伊東大蔵がいい。あの人なら、剣術も学問もできるし、人望もある。俺、一足先に江戸へ入って、伊東さんと話をつけて来ます」


「ちょ、ちょっと待った!」

今にも駆け出しそうな相手を、原田は全身で引き止めた。

「ものには順序ってもんがあるんだぜ、行くのはいい、行くのはいいが、せめて傷が治ってからに……」


「もちろん、そのつもりですよ」

けろりと応えた藤堂に、局長の許可を取りに行くから手を離して欲しいと頼まれ、原田は藤堂を押さえ込んだまま、へなへなとその場にしゃがみこんだ。

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