拝み屋の怠惰な日々
短編書いてみたかったので書いてみました。
今日は晴れている。
だから彼女は外に出ない。
今日は雨が降っている。
だから彼女は外にでない。
今日は曇りだ。
何日ぶりだろうか、彼女はやっと家から外に出ることにした。
愛用の黒を基調とした着物、その裾には彼女が作成したなんだかよくわからないものが付いている。
曇りであっても日傘は欠かさない。
日焼けはこの世で5番目に入るぐらい嫌いだ。
食料品が底をついて3日、天気が合わないからといって断食までする彼女はよほどの変人なのだろう。
道を歩いていても近所のスーパーに入っても彼女は浮いている。
スーパーに入って何を買うのかと思えば卵だけ大量に買う。
店員ですら不審に思う彼女の行動。
まずどこから見ても普段の生活を想像できない。
仕事をしているようにも学生であるようにも見えない。
かと言って専業主婦に見えるか、と問われれば勿論見えない。
蓮見 千波矢は変人なのである。
大量の卵を持って自宅アパートに帰るまでの距離を300mとしても彼女にとっては遠い。
少し進んでは休み、進むと見せかけては休む。
つまりさっぱり動かない。
そんな浮世離れした彼女だが一応携帯電話というものを持っている。
卵袋を地面に置きやっぱり休んでいた彼女の携帯が鳴る。
かなり古いと思われる邦楽のロックが鳴り響く。
携帯が鳴ったからといって少しも焦ることなくゆったりとした動作で電話に出る。
『蓮見様、予知をお願いしたいという政治家の方がいらっしゃるんですが』
予知は彼女の能力にして仕事でもある。
ですが、では彼女は何も答えない。
『どうか依頼を引き受けて頂けませんでしょうか?』
ここまで言わせてやっと会話しようという気になるのだ。
「困ったわね」
心底困ったように言う。
『何か問題でもありましたか?』
電話相手は勿論しらない。
ただ卵を買いすぎて動くのが面倒になっただけだということを。
「今現在心の底から困った事態になっているのよ」
彼女にとってはどこぞの政治家よりも目の前の卵である。
元から外出したかったわけでもないので不機嫌極まりない。
『それで依頼の方は……?』
電話相手の彼に何の落ち度もない。
敢えて言うなら運が悪かったのだ。
「そんな小さいことやってる場合じゃないわ」
それだけ言って電話を切る。
さらに動くのが面倒になって地面に座ろうか考え始める。
「お姉ちゃんなにかこまってるの?」
小学校低学年ぐらいの男児だ。
途方に暮れている彼女を見かねて話しかけてきたのだろう。
「そうね、そこの卵が重すぎて帰れなくて困ってるわ」
子供は嫌いではないようだ。
少し穏やかに笑いながら答える。
「オレが持ってあげるよ!」
男児は卵袋をどうにか持ち上げた。
彼女はそんなこと頼んでいないのに。
「あら、まぁ優しいはね。お姉さん嬉しいわ。うふふ」
あっという間に上機嫌になった男児と共に帰路に着く。
見た目はどう見ても誘拐犯だがだれも咎めない。
関わり合いになりたくないのが本音だろう。
道すがら彼女は男児に問いかける。
「貴方は今何か困っていることがあるわね」
当然の話だが卵が重くて困っている。
だがそういうことを言いたいわけじゃないようだ。
「友達と喧嘩しちゃってさ。オレは悪くないんだぜ!」
微笑ましそうに男児を見る彼女。
「ちょっとおでこ触らせなさい」
強引におでこを触る。
何事かと慌てる男児。
今彼女が予知をしているとは誰にも予想がつかないだろう。
仕事としてやれば何百万単位で謝礼が出るのだ。
「そうねぇ。貴方は悪くない、私が保証してあげるわ。でも貴方から謝らなければその友達とはもうお仕舞いね」
端的に視たものを告げる。
「そんなのやだよ!オレちゃんと謝るよ!」
泣き出しそうになる男児。
「悪くなくても謝れば丸く収まることもある、だなんて貴方の年齢で勉強できるのはある意味幸運ね。うふふ」
男児の仕草が気に入ったのかご機嫌は上がりっぱなしである。
やがてアパートに辿り着く。
「ここまででいいわ、ご苦労さま」
「すごい重かったんだぜその袋!」
褒めてほしいのか胸を張る男児。
「ちょっと待ちなさい。いいものをあげるから」
部屋に入りごそごそと物を探る。
出てきたのは1本のペン。
「これを貴方にあげる。とっても運がよくなるわ。大切にしなきゃダメよ?」
「ありがとう!またね姉ちゃん!」
ペンを受け取るなり駆け出していく男児。
今受け取ったペンがどれほどの価値を持つかも知らずに。
「いいことをした後は気分がいいわね。うふふ」
彼女の機嫌は山の天気どころではない。
何かを頼むのならその前に祈ることをお勧めしておく。
政治家の頼みを断って、男児には予知と呪具を授けて。
拝み屋の1日はこうして過ぎ去っていくのである。