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翌朝目覚めると、休日にも関わらず彼女の姿はなかった。
机の上に並べられた朝食はだいぶ冷えていて、端にメモがそえられている。
――イベントいってきます
昨日の今日でこれだよ。
ああ、リサは俺の本気のプロポーズを流したんだっけ?
というか、プロポーズしたって思われてないんじゃ……。
大きなため息が静かな部屋に響いた。
そういえば、婚約指輪……どうなったんだ?
……やばい。覚えてない。
記憶の引き出しを探ると、俺はプロポーズの時にリサにそれを渡していた。
確かに渡した。
それからだ。
それからリサがそれをどうしたのかは知らない。
車の中に放置されてたら悲しいなー。
あり得なくない。
彼女ならそれくらいやってのけそうだ。
……心配なので見てきた。
結果、指輪らしきものは見つからなかった。
どこだろう?
家の中を片っ端から探してみるが、見つからない。
まさか、店においてきたのか?
不安になった俺は昨日の店に電話をかけてみた。
しかし、それらしいものは無いという。
本当に、どこ行ったんだ?
まさか、捨てられてたりとか……。
………さすがにそれはなかったので、ひっくり返したチリ箱を片す。
ヤカンの中から冷蔵庫の中まで徹底的に調べてみたが、どこにもない。
彼女のゲームソフトの入れ物一つ一つ開けて回ったが、見つからない。
そうだ。リサのカバンに入ってないのか?
そう思い立ち、カバン置き場を見ると、彼女は昨日と同じもので出かけたようだった。
その中にあってくれ……と切に願う。
まあ、ここまで探して見つからないのなら十中八九そこだろう。
指輪の在り処に目星がついたので、麦茶で一服。
時計はすでに四時を指していた。
目の前にあるのは朝のメモ。
リサの考えている事は全く分からん。
高級料理店に誘って、告って、指輪送るって普通プロポーズ以外考えられないだろ!?
それを、まるで何事も無かったかのように扱われては……リサの中での俺ってなんだろう?と考えてしまうのも仕方ないと思う。
実は、付き合い始めた時からこの疑問はあった。
その答えを出してしまうのを怖がって、ずっと心の奥にしまい込んでいた問題。
その答えは今でも分からない。
俺の事が本当に嫌いなら同居なんてしてくれないだろう。
でも、触れる事は拒まれる。口付けさえもした事のない二人を恋人と位置づけてしまっていいのか?
もしかすると彼女にとっては、光熱費と家賃の分割目当てだけの同居なのだろうか。
俺は、遊ばれている?
付き合っていると思っているのは、俺だけ?
そんな風に思いたくなんかないのに、思わざるをえない状況がそろいすぎていた。
今まで、彼女は甲斐甲斐しく俺の身の回りの世話をしてくれていた。
自分の趣味の時間を削ってまで。
それに、今まで彼女からもらったプレゼントは俺が欲しがっていたものばかりで、よくここまでドストライクな品を選べるなと感心さえしていた。
だから、今まではこんな不安が生まれてくる事なんて無かった。
彼女はなんだかんだ言って俺の事を想ってくれていると、信じて疑わなかった。
だけど、それが半分の家賃や光熱費の代価だったとしたら?
彼女の中での俺が、それだけの存在価値しかなかったら?
これ以上は、考えるのが辛かった。
リサなら俺の事をそんなふうに見ていてもおかしくは、ない。
静かに涙が頬を伝う。
彼女が留守で、本当に良かったと思う。
結局、彼女のなかでの俺って何なんだろう。
分からない。
知りたい。
だけど、それを聞いてしまったらこの関係はきっと終わってしまう。
そんな気がしてならない。
それだけは嫌だった。
それほど彼女を愛してたから。