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「俺とボス戦どっちが大事なんだよ!!?」
「ボス戦っしょ」
彼女の答えは速答だった。
間髪いれずの回答だった。
彼女は何事もなかったかのように再び画面と向き合う。
俺はこの醜いモンスターに負けた。
丸々と太った、緑色の、ゴブリンみたいなモンスターに負けた。
しかも今彼女がやっているゲームの噛ませ犬的役のザコボスだ。
……ラスボスならまだ許せた。
彼女にあしらわれたあと、俺は日本酒を取り出した。
呑んでいないとやっていられない気がしたからだ。
涙で……酒の味が変わったきがする。
思えばいろいろな事があった。
大学のゲーム同好会で、俺は一人の女性と知り合った。柔らかな黒髪に、ふっくらとした唇。パッチリとした目に華奢な体。
それが俺の彼女。
リサだ。
男性比率の高いゲーマー達の中に単体混じりこんできた美しい彼女は、まあ当然の事ながらモテた。
だが彼女はゲーム以外の事にはめっきり興味がなく、そんな彼女を前に多くの恋敵――いや、同士達が散った。
同士、井上の場合。
『古川……俺はおりるよ』
突然電話をかけてきた井上は開口一番そういった。
『井上っ……お前、なんでっ!』
わからない。
リサに最も熱心だったのは彼だったはずだ。
『わかんないんだ!!』
そう叫んだ彼の声は、震えていた。
電話ごしでわからないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。
『彼女が欲しがってるゲームがどんなゲームなのか……にわかの俺には……わかんないんだよっ!!』
『井上……!』
『お前なら大丈夫だよ古川……リサとPCのマイナーゲームから海外産のフリーソフトの事まで話せるの……お前、くらいだからな』
自信もてよ。
彼はそう言って電話を切った。
――そうして井上は前線から離れた。
同士、陣内の場合。
『古川……俺、リサの事……諦めるよ』
突然俺を珈琲ショップに呼び出した彼は開口一番そう言った。
『陣内っ……』
わからない。
一番よくリサと話してる姿を見たのは彼だったはずだ。
『俺、お前みたいにカッコ良くないしさ……』
彼は伏せ目がちにつぶやいた。
『だけど……!』
『お前なら大丈夫だよ古川! リサとスマ○ラで張り合えるの……お前くらいだろ?』
あの動き、もはや人間じゃねえよ。
彼はそう言って、珈琲ショップをあとにした。
――そうして陣内は前線を去った。
同士、笹嶋の場合。
『古川……くやしいが、リサはお前に譲る』
キャンパスで突然俺を呼び止めた彼は、開口一番そう言った。
『笹嶋っ……! お前までっ!』
わからない。
リサが一番笑顔を向けていたのは彼だったはずだ。
『よく考えた末に決めたことだ。俺には……お前のようなことは……できない……』
彼の拳はきつく握られていた。
『だけど……だけど!!』
『古川。リサとの話題を増やすためだけに乙女ゲームに手を染める事のできるお前なら……安心して彼女を任せられる!』
普通そこまでやんねーよ。
彼はそう言って俺の肩を叩くと、去って行った。
決して振り返ることはせずに。
――そうして、笹嶋は前線から離れた。