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 階段を上りきると、大きな扉が目の前に現れた。

「……ここよ。この扉の先で、あいつが待ってる。……きっと神様達もこの中に……」

 その言葉から怒りの感情がひしひしと伝わってきた。恐らくは彼女の主たる神も、この部屋の中に囚われているのだろう。

 そっと手を掛けると、音を立てずにゆっくりと扉が開いた。


「ほほう、無事ここまでたどり着くことが出来たか。敵ながらあっぱれ、と言ったところか」

 大きな部屋の中で、低い声が響き渡る。明かりが入り口付近の炎しか無く、赤い絨毯の先までははっきりとは見えない。

 長く、まっすぐ続く絨毯。そして、見える範囲ギリギリの位置に、数段程度の階段がある。そして、そこから更に奥に行ったところに、ぼんやりとしか見えないが、椅子に座っている――大人にしては少し小柄だろうか――人間らしき影。

「全く、大した奴らだ。途中に幻獣を配置したというのに……。貴様らは少々邪魔だな。どうだ。我がしもべ、いや臣下となれば生かしておくことも考えてやろう。ゆくゆくは世界の一つでもくれてやる」

 なんだ? どこかで聞いたことのあるような声だ。……思い出せない。どこだ。どこで聞いたんだ……!

「……無言は拒否と捉えて構わんか、山中。我が世界統合を邪魔するとあらば、貴様らとて容赦はせんぞ」

 俺達の知り合いかのように話してくる。ん、まてよ? 今こいつ――。

「……なんで俺の名前を知っている」

「ふっ、何故か、だと? っはっは。もう忘れてしまったか。まあそれはよい。ともあれ、我が臣下となるか、ならないか! どちらかを答えよ」

 答えろ、だと。そんなの、訊かれる前から決まってる。

「答えは……ノーだ!!」

 なんとなく、格好付けた訳でもないが、咄嗟に言葉に出てしまう。

「本来ならここは『面白い』などと言うところだろうが……生憎あいにく、ただ貴様らが邪魔で仕方がない。失せろ」

 言葉が途切れた瞬間、凄まじい地響きが部屋を呑み込んだ。と同時に、急に部屋が明るくなった。

 絨毯の先を見ようとする。だが、さっきまで確かにそこに無かった物が、視界を遮った。

 身の丈はゆうに三メートルを超えている様な巨人。否。人の形をした、別の物。言うなれば、岩の塊。

「ガーディアン、いや違う。あれは……ゴーレム。術者の魔力で全てが決まる、いにしえの技術」

 ステラが下がりながら、敵の情報を与えてくれる。これはこれで、ありがたい。

 一斉に杖を構え、戦闘に備える。

「いけ」

 その声と同時に、巨人――ゴーレムは身体を回転させて、その長い腕を伸ばしてきた。

「任せろ!」

 喜田川が一歩前に出て攻撃を受け止める。

「うぐっ!」

 あまりに拳が大きいため身体で攻撃を受け、足の踏ん張りを効かせてその場で止める。

 巨人が拳を引き戻そうとするが、それは敵わなかった。喜田川が渾身の力で拳を抱きしめていたからだ。

 だが、それでもじりじりと引き戻されていく。その隙を逃さず、顔面に火炎弾をたたき込んだ。

 のけぞるように体を後退させる。よし、これならいける!

 なおも喜田川が片手を止めているが、ついに、喜田川をもう片方の手で攻撃しようとしてきた。

「危ない!!」

 俺の発した声よりも速く、ゴーレムの左腕が喜田川を捉えた。

「喜田川!」

 腕を放して部屋を飛び、地面に叩き付けられる。床には赤い液体が零れていたが出来ていた。だがそれでも、喜田川は立ち上がる。

 そして、まるで瞑想するように目を閉じると、身体が光り始め。同時に額から流れていた朱い液体も止まった。

「これで終わりだ。スプレッド・アイシクル!!」

 白山が掲げた杖から、無数の氷の粒が出る。氷の粒は大蛇の口から放射状に広がるように吐き出されている。

 しかし、ゴーレムは避けようともせずに突っ込んできた。

「ネギ!!」

 後方から声と共に大量のネギが飛んできた。これは……!

 ネギが刺さると、その勢いでゴーレムは後ろに戻される。それが何発も刺さり、バランスを崩して仰向けに倒れる。そして身体に刺さった複数のネギが一斉に大爆発を上げる。

 石塊は四方に飛び散り、ゴーレムは消えた。

「っは。なんだ、もう終わりか。まさか最初はなっから核ごと破壊されるとは……。俺が自ら手を下さなければならないとはな。今一度問おう。我が臣下となる気は無いか」

 その顔は影になっていてよく見えない。だが、たとえ誰であろうとも、俺は俺のやるべき事をするだけだ。

 俺はその場で杖を構え直す。

「オーバーヒート!!」

 杖の先端から放たれた赤く煌めく炎は、まっすぐに影に向かっていく。そして、その炎が影を照らしていく。

 ――そこには、しばらく学校を休んでいた級友の顔があった。

 一瞬だけしか見えなかったが、それは間違いなく、高槻だった。

 だが、俺の放った炎が高槻を包み、姿は見えない。

「い、今の……高槻じゃ無かったか?」

 心底驚いた様子の喜田川。いや、そこ場にいた誰しもが驚愕を露わにしていた。

「ふー。ようやっと気づいたか。まったく、これだから山中は……。貴様らに手を下すのは結局、この俺ということか……」

 ゆっくりと立ち上がり、一歩ずつこちらに歩み寄ってくる。冷たい空気が押し寄せてくる。

 そして、数段ある段差を降りて、鋭い眼光がこちらを睨みつける。

「神の慈悲をくれてやろう」

 瞬間、とてつもない勢いで風が巻き起こる。足下がすくわれそうだ。あまりの突風に顔を腕で隠す。

 風が止み、腕をどけるがそこに高槻の姿はない。

 辺りを見回すが、どこにも見あたらない。隠れるための障害物も無く、パニックになりかけた。

「やま! 上だ!!」

 頭上を見上げると、そこには足を天井に向けている高槻の姿があった。

「重力制御……気を付けて! 奴はまだなにか……」

「黙れ」

「きゃっ!」

 腕を振りかざすと、ステラの周りに黒い霧が掛かってステラを包み込む。そして、短い悲鳴が聞こえ、霧が晴れると、そこにステラの姿はなかった。

『私は……大丈夫。それ……も、そいつを倒し……』

 頭の中にかすれた声が聞こえたが、徐々に声は生気を失い、やがて聞こえなくなった。

「っは。他愛もない。次は誰だ? そうだな……まずはいっちー、貴様からだ」

 ばっ、と咄嗟に市ノ瀬の方を見る。

 すると、既に市ノ瀬の後ろには高槻が立っていた。

「いっちー、危な……」

 危ない、と言おうとしたが、言い切る前に高槻が行動を起こした。

 どこからか出てきた斧槍ハルバードを片手で軽々と振り、斧槍は市ノ瀬の胴体を捉え、上方へ吹き飛ばした。

 ものすごい勢いで上昇している市ノ瀬のとなりを、同じように上昇していく高槻がいた。

 そして、上昇している市ノ瀬の身体を、持っている斧槍で真下に叩き付けた。

 とてつもない爆音が響き、思わず耳を押さえる。市ノ瀬が叩き付けられた床は表面がぼろぼろに剥がれ、周りには少しながら土煙が舞っている。

「さて、次はどいつだ?」

 市ノ瀬の身体に切り傷のような物は見あたらないが、完全に生気が抜けている。動く気配が全くない。

「……二人とも、市ノ瀬を頼む!」

 白山が思いきり高槻に突進していく。あまりの速度に、白山の身体が歪んで見える。

「うぐっ!」

 ガキンという、杖と戦斧がぶつかり合う音が耳を穿つ。そのまま高槻を押して飛んでいき、奥の壁に激突した。足下が揺れ、バランスを崩して床に倒れそうになる。

 はっとして、バランスを立て直した後に市ノ瀬の元に駆け寄る。

「市ノ瀬……しっかりしろ。おい、喜田川! お前の魔法でどうにかならないか?」

「わかった。やってみる」

 杖を構ると、星形の部分が光り、共鳴するように市ノ瀬の身体も光り始めた。

 徐々に光が強くなっていき、ひときわ強く光ると、ゆっくりと光は消えていった。

「……うっ!」

「いっちー!!」

 一瞬気が付いた様子だったが、気を失ってしまった。

「……身体の痛みは抜けきらなかったか。でも大丈夫なはずだ。……やま、白山と一緒に、高槻を……!」

「……」

 無言のままこくりと頷き、静に立ち上がる。

『くっ! 流石だな。だが、我が力、この程度と思うてくれるなよ!!』

『俺だってまだ五割程度の力しか出してねぇんだよ!』

 二人の戦闘は、あまりに速すぎた。たまに光が生まれていることから、魔法も交えて戦っていると思われるが、武器での攻撃も、また魔法も、ほぼ何も見ることが出来ないほど速かった。

 ――だが、一瞬だけ間が出来た。杖と戦斧の強攻撃がぶつかり合い。お互いに後方へと飛び去った。

 ――いまだ――。

全ての力を振り絞り、最大級の威力の炎を発射する。

その炎は螺旋を描き、やがて不規則な動きへと変化して――。

おかしい。動きだけではなく、見た目まで変化している。――蛇? 違う。あれは……。

横に裂かれた大きな口。そして顔の左右からは尾のような物――髭が進行方向と逆向きに流れている。

 手のような物が出来た瞬間、大きな咆哮と共に高槻に直撃した。瞬間、激しい爆発が生まれた。

 自分でも驚きを隠せなかった。ただの火炎放射のつもりが、あまつさえ火炎龍に変わるとは。

 爆発は横に広がる物ではなく、火柱のように縦に広がる物で、まるで火山の噴火を見ているようだった。

 火柱の中には影が一つあり、中でうごめいている。

「ぐあっ、あぁぁ!! 我が野望、果たすまでは――!!」

 火柱が消えると、中にいたはずの高槻が姿を消していた。

「やった、のか……?」

「…………ああ、そうだよ。お前がやったんだ。この――人殺し!」

 殺した。俺が、高槻を。魔法という武器を使って。人を一人、殺めてしまった。

 そう考えると、手から、身体中から力が抜け、持っていた杖を落とし、膝から床に崩れ落ちる。


『っは! この俺がそう易々と死んでたまるか!』


 遙か上方から声が落ちてきた。上を見上げようとするが、突風が身体を撃ち、地面に押さえつけられる。

「その力、侮れんな。どれ、先に潰してくれよう」

 いつの間にか目の前に高槻が接近していた。杖で防御姿勢を取りつつ、後ろへ飛ぶ。

 だが、高槻は右手に持っている斧槍を振り上げ――。

 そこには斧槍は無かった。

 代わりにそこには小さなハンマーが握られていた。その鎚は目にもとまらぬスピードで俺の腹部を強打した。

「が、はっ!!」

 肺の中の酸素を全て吐き出される。

 大きく後方に吹き飛ばされ、背中から床に着地する。

 あまりの痛さに腹を抱えてしばらく立ち上がることが出来ない。

「俺を止めるんだろう? だったら殺す気で来いよ。少なくとも、俺はお前らを殺す気だ。あと勘違いするな。――俺はもう人じゃないんだよ」

 一歩ずつ、ゆっくりと、話す時間を作りながら寄ってくる。

「人が人を殺すのが殺人だろ? 俺が誰かを殺しても、俺が誰かに殺されても、それも殺人じゃない。ただの事故だ」

 靴が床を叩く音が妙に耳障りだ。

「今まで楽しかったよ。――じゃあな」

 小さなハンマーを高々と掲げ、別の手で十字を切る。

「……な、に?」

 ぽたり、と頬に何か水のような感覚のものが落ちてきた。

 手に取りそれを見ると、その液体は黒ずんだ赤色をしていた。そして、高槻の腹からは、灰色の切っ先が突き出ていた。

そして、その後ろには白山が立っていた。

「……あばよ」

 切っ先が腹の中に吸い込まれるように抜かれる。そして、勢いよく鮮やかな液体が飛び出した。

 口元をほころばせながら、今度こそ本当に、命の花が散った。

「終わった、のか……?」

「ああ、終わったよ。今度こそ……。さっきは人殺しなんていって悪かったな」

「いや、俺も……」

 悪かった、と言おうとしたが、声が出ない。次第に視界もホワイトアウトしていく。


 ――ありがとう。君たちのおかげだよ。

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