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部屋の中は、曲がりくねった道ばかりになっていた。まるで迷路だ。壁は熱を強調するかのごとく、真っ赤な色をしている。
部屋の中に迷路があるのか、それとも廊下が迷路のようになっているのかは解らないが、角から何が出てきてもおかしくはない。それに道の幅が二人並んで歩くには狭すぎる為、一列になって進む。必然的に戦闘も一人になるだろう。
だから、真ん中に攻撃魔法の使えない喜田川を置き、市ノ瀬は爆破で道が塞がると進めなくなると言う理由で、後方に配置。ただ、この原理だと逃げ道もなくなるわけだが、「逃げてどうすんのよ!」とステラに怒られてしまった。
俺は先頭を歩いているわけだが、一番危険な場所なので、緊張で額に汗が浮かぶ。
「!? この気配……! みんな、気を付けて。次の角を曲がると獅子炎龍……いや、もしかしたら幻獣クラスの奴がいる!」
だが、それを聞いた時には俺は既に角を曲がってしまっていた。
そこは大きく拓けた空間があった。
そして、その部屋の中央にある光景に目を奪われた。
大きな橙色の羽根を生やし、全身が真っ黒な馬。通常の馬の二倍から三倍はあるだろう黒い身体には、紅い炎のような模様が入っている。
そして、頭にはまっすぐに伸びた一本の角が備え付けられている。眩しいほど金色に輝くその角は、神々しくもあり同時に禍々しくもあった。
尻尾はきれいな茶色をしていた。
その馬の姿に見とれ、呼吸さえも忘れてしまう。
「あれが幻獣の一匹。黒炎龍、通称ドーグ。……時には同属性の精霊すら敵わない」
横から天使の声が聞こえて、俺は意識を取り戻す。
だが、俺が驚いたのはそれだけではない。
一つ。黒い影が宙をものすごい早さで飛び回っている。ドーグはその影に向かっていくつもの攻撃をしているが、ただの一つも掠りすらしない。
そして攻撃を避けた後に、影からきらきらと光る何かが飛んできた。それはドーグを貫き、地面に刺さる。
何発か地面に刺さり、ちょうど俺の足物付近に一発来て、それが氷の槍だということを理解した。
「氷……」
次の瞬間、ドーグから吐き出された漆黒の炎が影を捉えた。そのまま空中を駆け上がり、炎の中に突進する。
だが、頭が入る直前に何かに弾かれたように地面に叩き付けられた。
さっきまで炎があった方を見ると、そこには鏡――いや、氷の壁が出来ていた。
「そんな! まさか、白山君!? あり得ない! 人間が幻獣と互角……いや、それ以上なんて……!!」
飛んでいた影は――白山!? まさかとは思っていたが、現実に白山だと言われると実感が湧かない。
そんなことを考えている内に、戦いは決した。
白山の放った吹雪が、ドーグを足下から凍り付かせて、そこに槍を打ち込んだ。すると氷は内側から、ガラスが割れるような音を立てて砕け散った。
その光景に、身体は崩れ落ち、地に手をついた。
俺は白山を呼ぼうとしたが、呼べなかった。声は喉で消えて、口から出ることはなかった。
やがて白山が地面に降りてきてこちらを見ると、ゆっくりと近寄ってきた。
「ああ、やっと会えた」
杖を仕舞って近くまで来てそういうと、一礼した。
「すまん。心配を掛けた」
「いや、無事だったんだし……。それよりも、一体何があったんだ?」
白山の頭を上げさせ、説明を求める。
「それが……。落とし穴に引っかかって、何とか着地は出来たんだけど、周りを見ると迷路になってて。それに凄く暑かったから、適当な魔法で熱を逃がして、色々散策してたんだ。でも、いきなり拓けた場所に出たと思った瞬間、さっきのユニコーンみたいなのが出てきて……。それで、襲いかかってきたから応戦して、何とか勝ったってところかな」
簡単にいっているが、今さっきの戦闘を見ると、かなり命がけに見えた。少なくとも、さらっと流して言えるようなことではない。
ステラの言うことが事実なら、白山は人間を超えているらしい。喜田川もそうらしいが。
これなら、神が倒せなかった魔王を倒すことができるかもしれない。
一瞬だけだが、本当にそんな気分になってしまった。
「あなたたちならあの魔王を本当に倒せるかもしれないわね」
まるで心の中を読まれたかのように、ステラが答える。
「で、この迷路みたいなところは、どうやって抜けるんだ?」
今来た道の途中にも、いくつもの分かれ道があった。もしかしたら、進む道はその中にあったかもしれない。
「ああ、それなら大丈夫。たぶんここから下に降りれるから」
そういって部屋中を何かを探すように飛び回る。
そして部屋の端、入ってきたところから向かって左側の壁の真ん中あたりで俺たちを呼んだ。
「あったあった。こっちよ」
ステラの場所へ向かう。そこは何の変哲もないただの床だった。
「あ、気を付けて。そこの床は見せかけだから」
見せかけ? ためしに手探りで床を触ってみる。すると、一か所だけ手が地面の中に入ってしまう場所があった。
「おわっ!?」
バランスを崩して落ちそうになったが、何とかこらえた。あ、危なかった……。
「だから気を付けてって言ったでしょう。気を付けないと死ぬからねっ!」
今度は気を付けてそっと頭から突っ込んでみる。
すると、そこには階段があった。斜めに続いているが、そこまで深くはないようだった。
「なんか階段になってるから、気を付けて降りよう」
「……俺は後ろからついてくよ。ちょっと今ので疲れたし」
階段を下り、さらに下に進んでいった。
おおよそ一階分だけ降りると、再び通路に出た。今度の廊下は短く、すぐそこに突き当たりが見える。突き当たりには扉がついているようだった。
通路の周りは、塗装のされていない鉄筋コンクリートで出来ているように見えた。
五十メートルあるか怪しい距離を歩いて、扉に手を掛ける。すると、扉は滑るように開いた。
扉をくぐると、果てしない上り階段が目の前に広がった。階段の先が暗くなっていて全く見ることが出来ない。
「感じる……この先、間違いない。奴がいる……」
奴、というのは魔王のことだろう。短いようで長かったこの冒険も、ついに終わりを告げる時が……。
「いよいよか……」
無意識のうちに微かな声が漏れる。
「みんな、気を付けていきましょう」
そして、延々と続く階段に足をかけた。