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目が覚めると、そこには見慣れた空間が広がっていた。小さな部屋にテレビが一台とノートパソコンが一台。そして、今俺が乗っかっているベッドが一つ。
俺の部屋。その平凡な雰囲気を放っている小さな箱の中に、俺はいた。
「いまのは……夢?」
ベッドに座ったままの状態で、さっきの夢をよく思い出してみる。
…………あれは、本当に夢なのか? それとも、夢の中で起こった現実なのか?
深く考えれば考えるほど、訳が分からなくなってくる。そこで俺はひとまず考える事を中断して、結論を出す事にした。 しかし、一つの可能性を考える。
「あの人が、神様が力をくれたのが本当だとしたら……」
何らかの力が使えるはず。それこそ、魔王がどうたら言っていたほどだから、それ相応のすごい力に違いない。
しかし、俺はそこでまた一つ疑問が浮かんだ。
一体、どんな力があるんだろう。
素朴だが、重要な疑問。それが解からなければ、やはり確かめようがない。
「……とりあえず、学校行くか」
学生の身分である俺は、平日である今日は学校へ赴かなければならない。とりあえず着替えを済ませた後、朝食を摂り顔を洗い家を出た。
いつものように電車に乗って学校の最寄り駅で降り、早々と校門へと向かった。
校門の前には校長がいつものように待ちかまえていた。おはようございますと一礼し、俺はその場を後にして自分の教室――二年五組に駆け込んだ。
「よぉ、山中」
教室に入って真っ先に声を掛けてきたのは、一年の時、途中から入った部活で知り合った俺の数少ない友達の白山影太。そして、その隣には……
「ん、山中か。おはよう」
普通の人はおはようの『う』はどちらかというと『よー』と伸ばすだろう所をきちんと発音しているこいつは、市ノ瀬重。俺達が入部しているパソコン部の部長を務めている。
「ああ、おはよ」
ひとまず自分の鞄を自分の机の横に置き、二人の中に入る。この学校の中で、俺の友達といえる連中はこれで三割以上を占めているかもしれない。そこで、俺は気が付く。
「あれ、そういえば……」
教室に入ってみると、いつも俺より早くに登校しているはずのもう一人が見あたらない
「ん? ああ、高槻か。あいつなら……」
そこまで言ったところでチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。
「ほら、主席取るから席着けー」
白山の回答を聞けなかったが、まあこの後でも別にかまわないので、自席――今までいたところの反対側――に着席した。
「え~と、全員居るか……。ん?高槻が居ないか。あのヤロウ、また遅刻か……」
俺の記憶ではあいつはそんなに遅刻をしている方でないと思うが、まあ全体的に遅刻をする奴はあまりいないので、二回も三回もすれば遅刻魔になるのだろう。
しかし、いつもならばチャイムが鳴るとすぐに入ってくるのに、今日に限ってはそれがない。どういう事だろうか。深く考える。――だめだ。全く解らない。
そこで俺はひとまず考えるのを断念した。今、俺には重大な考え事があるのだから。
しかし、どうしたものか。白山達に話すわけにはいかない。そんな事をしたら、俺は重度の厨二病患者だと思われてしまうかもしれない。俗に言う邪気眼だ。
だが前提が、もし何か魔法のようなわかりやすい非現実の力が使えるのであれば、俺が話した事は事実として迎え入れられるだろう。
そして、メガネを掛けた担任は今日の分の出席簿を記入し終えたのか、教室を出ていった。
その後を追うようにして、俺はひとまず教室を出た。
階段の横の通路を通り、図書館に入った俺は、誰もいないのを確認する。朝から一応解放はしているが、教師や生徒はHRで基本的には朝は居ない。委員会にも入っていて図書館の常連でもある俺はそのことを知っていた。
ここに来た理由。――そう、それは人目に付かない場所でどんな力が使えるのかを試すため。
とくん とくん
小さな緊張が俺の中に流れ込んでくる。ちから、と言われれば魔法あたりを想像してしまっているあたりは、もう俺は厨二病かもしれない。
そんな事を考えながら、手を出しながら適当に聞いた事のある呪文を唱えてみる。
「地に巣くう贄を喰らい尽くせ!」
……しかし何も起きない。やはり一人でもこういう事は恥ずかしい物だ。
もしかしたら何も力なんて物は貰っていないんじゃないか? そんな疑問が頭をよぎったが、一度のトライで諦めるのも……と思いながら目を閉じ集中しながら、再び手をかざす。
今度は言葉に出すのではなく、心の中で描いてみる。
――……えーと……。
なにをどうするのか具体的に何も考えていなかったので、とりあえず目を開けてそこから考える事にした。
しばらく考えた結果、オーソドックスな物に決定した。普遍的ではあるが、場所が場所なだけに若干気が進まないが……。
あまり遅くなってしまうと、次の一時限目が始まってしまうので、意を決して両手を出す。
そして、強く念じる。すると、次の瞬間。
ボウッ
手の先、手のひらを向けたそこにあったのは、紅く灯る、炎。
小さな太陽のようなそれは、しかし小さく、弱々しい。
暖かく広がる、小さな光のなか。そのポーズのまましばらくその光景を眺めていた。
しばらくうっとりとしていた。しかし、そこでチャイムが鳴る。ハッとして、俺は教室へと戻った。