08:Episode 6
結局、サヤカは帰って来なかった。
予想以上に『何か』の対応に手間を取られているのか、一晩帰って来なかった。
代わりに訪ねてきたのは、私達を快く迎え入れてくれたソウガだった。
彼曰く「姉貴は許可済みだから簡単な模擬訓練で力を見せて欲しい」とのこと。
サヤカが同意の判断を下したと言う事は、多分サヤカ自身が私のリハビリの一環として有益だと思ったのだろう。
それを抜きにしても、私自身も私を知りたいので、特に断る理由も無い。
だからこそ、私は承諾の意味を込めて頷いた。
案内された先の訓練場では、既に準備は整えられていた。
ソウガ曰く「難易度は軽め」と言う事で相手役を務める人形はたったの1体だが――――……私にとってはたかが1体、されど1体。
大体、知識から拾い出すにしても、『湊』から引き出せる武道や喧嘩の経験は皆無で、『ミルティア』から引き出せる戦闘手段も無い。
「私自身をよく知る為」と勇み足で来たものの、何も無い状態で戦闘訓練に挑もうなんて無茶が過ぎた。
―――――正直言って怖い。
何とも言えない悪寒が身体を駆け巡る。
【安心せい】
その瞬間、まるで私の気持ちが引き金となった様にフワリとした心地良い風が私を駆け巡る。
何処か懐かしい意識。
何故か判らないが、ソレが私の為となる事だけは判った。
【心配は無用だ。コレは私に残された切り札、主の言葉を借りるのならば、『教育ぷろぐらむ』の一環……つまりは、残りカスじゃ。故に、この訓練の指南は私が受け持とう。“私”には一刻も早く身体に武芸を慣らして貰わんとな】
私が最期に明確に知覚した言葉は何処か懐かしい私の声。
知らない筈の知っている声音に心は完全に安堵し、その懐かしさに身を委ねた。
唐突に目の前に居るカナデの意識が変わった。
先ず、目付きが違う。先程までは戸惑いばかり浮かべていた瞳の色が、今や異常なまで落ち着き払った色を宿している。
―――――何なんだ、アイツは?
与えた模擬刀を投げ捨て、徒手空拳で構えを取る。
傍から見れば自殺行為にしか見えない。
何て無謀で無策な行動を取るんだ、とソウガはカナデに厳しい視線を投げかけるが―――――当の本人は余裕綽々と言った様子で口元に微笑を浮かべる。
「――――――」
何やら聞き取れない声で口元をボソボソと動かせば、両手には魔力だけで構成された双剣が具象化する。
通常であれば、己が用いる武器に魔力を通す事でその性能を増幅させる使用方法が普通であり、ソウガもその例外ではない。
だが、目の前で「これが普通」と言わんばかりに光刃を見せつけるその姿は、この学院内では全く見慣れない構えだった。
目標の準備が整った事を察知した人形の双眸に光が灯る。
難易度はオドオドしていたカナデを考慮して初心者としているが、その行動自体ははそれなりのメリハリが取れた動きを織り成す筈だが―――――。
「………ふむ。その程度か?」
酷く落ち付き過ぎた声音を纏った呟きを乗せて、カナデが動く。
迫る斬撃を難なくかわし、一撃、また一撃と演舞の如く人形を切り伏せる様は、とても素人芸とは思えない。
―――――カナデ・フュルギア。アイツは一体……?
意識の切り替えの落差で済まされる領域を超えた存在。
別人格と言っても良い。アレはカナデであってカナデではないと言える。
「ヌルいな。これで指南役とは大袈裟なものだ」
つまらない――――。
普段の彼女からは想像も付かない台詞と共に突き立てた光刃は、人形の核を持つ胸部を抉った。
「これが…私の……?」
カナデの口から洩れた呟きには何処か興奮している様な語調だが、何処か夢を見る様なボンヤリとした表情で周囲を見渡している。
戦闘に対する意識の切り替えだろうかと思ったが、それは違うと即座にソウガ自信の思考は否定に動いた。
大体、カナデの行動全てが意識的なモノだと推測するのであれば、ソウガが模擬刀を渡した時点、若しくは人形を出した時点で意識は切り替わっている筈。少なくとも、訓練開始前の表情とは正反対の表情を終了後に浮かべる筈も無い。
誰も主戦法としない領域を易々と扱う少女。
「凄ぇな……コレ………」
思わず、感嘆の溜息に言葉を乗せればカナデは恥ずかしそうに頬を掻く。
「私も……こんな事が出来るなんて、初めて判った。有難う、ソウガ」
身体に実感が馴染みつつある。
そんな機会を与えてくれたソウガに有りっ丈の謝意を贈るが、ソウガはカナデ自身がこんな高度な戦い方を『自分自身が知らなかった』と言う意味不明な発言で締め括る不可解さに「はぁ?」と呆れた様な声を出す。
「何か頼りねぇけどよ……まあ、良いか。でも、オマエ、そんな戦い方で非殺傷設定出来んのか?必修だぞ?」
ソウガの懸念は全くの杞憂だ。
先程、カナデは魔力刃の扱いを己にエスコートして貰った。ソレ位、造作も無い。
「非殺傷設定なら、これで問題ないと思う」
そう言うとカナデの右手には殺傷力が低い木刀の様な刃の無い光刃を具現化する。
「これでも心許無いと言うなら威力調整も出来るから………多分、私自身がコントロールを間違えなければ大丈夫だよ」
「何かもう…何でもアリだな……」
次々と『普通』に見せられる規格外に突っ込む気力も失せたのか、ソウガは何処か疲れ切った様子で呟いた。