07:Episode 5
以前の隊での喧嘩別れから数日―――――遂に私は本格的に動き出せる。
マヌケな隊長サマの所為で小隊名は後日決定と言う締りの無さは少々問題だったが、取り敢えず編入生を確保する事に成功した為、漸く正式な活動が出来ると言う訳だ。
サヤカ=フュルギアとカナデ=フュルギアの姉妹。
何か事情が有るのだろう。姉妹と言っても、姉のサヤカは髪の色こそ珍しい白であっても人間で、妹のカナデは別種族の珍しい組み合わせだ。
カナデは、容姿こそ耳が尖っている等、エルフに近いが決定的に違う所が有った。
瞳孔が縦に長い特徴から見て―――獣人か何かの種族の血が混じっていると言う点。
純粋な翼人に生を受け、その社会で育った私にとって思い浮かべる事の出来ない唾棄すべき様々な事が有ったのだろうか。
妹のカナデは何をするにも姉のサヤカにベッタリして視線を右往左往させている。その依存し切った行動が他者や社会に何らかの障害を抱えた為に接点が極度に欠けたのだろうと容易に判断が付く。
噂では、学院長やかの有名な賢者の縁者とも言われている。
噂通りならその伝手を頼った単なる七光りなのだが、姉のサヤカの持つ実力は縁故だけで此処に居る訳ではない事だけはハッキリと思い知らされた。
教室にて編入生の紹介をしたあの時が正にその通りと断言出来る。
恥ずべき事に学友は彼女の妹を見て「混血」と笑い、蔑んでいた。
幸いにも緊張で固まっていた本人の耳には届いていなかったが、彼女には聞こえていた。自己紹介中にも拘らず、その方角を射抜いて視線で黙らせたあの圧倒的な存在感は、授業が終わった今でも忘れる事が出来ない。
きっと、戦力としても申し分ない力を秘めている筈だ。
性格的にも、少々過保護気味に妹の世話を焼く所から見る限り、根は優しい筈だ。
「……今度こそ、上手くいくと良いのですが」
だからこそ、ポロリと私――――ニーナ=メリウェルの口から漏れた言葉の調子は心配ではなく、希望に満ち溢れていた。
ペレグリン学院は、例外を除いて基本的には全寮制だ。
男子寮と女子寮に別れており、学生1人に対して個室又は相部屋と自由な選択肢が与えられている。
私の場合はサヤカが配慮してくれたのだろうか、彼女と相部屋になっていた。
部屋自体は比較的手広で、私とサヤカの私物は少ない。
サヤカ曰く「イザと言う時は魔法で圧縮して仕舞い込む」らしいのだが、今の所は欲しい物も無い為、全くの杞憂だった。
「う…ぅ…疲れた……」
取り敢えず、私はベッドに転がって一息付く。
今日は色々な事が有った。
新しい学院生活、新しい仲間のソウガとニーナ。
緊張で私の思考停止寸前の脳細胞が正常可動しなかった事は少々恥ずかしいが――――概ね、今日は良い日だったと総括出来る。
サヤカも最初は不機嫌だったが、ソウガやニーナと話し込む内に段々と機嫌が直っていったが、結局その原因は今も話さず仕舞い。
唯、私だけ除け者と言う事は私絡みと想像が付く。そもそも、サヤカが無闇に喧嘩を売ったりするヒトだとは思えないから。
―――――でも、私にも教えて欲しいよ。
少しだけ恨めしそうな視線を彼女に向ければ、当の本人は丁度目を通していた書面を握り潰して面倒事だと言わんばかりに溜息を吐いていた。
「ねぇ、カナデ。私、ちょっと野暮用が有るから出掛けてくるね」
心底嫌そうな口調の割には、何処にも警戒感は無い。
つまり、詳細な感傷は別にして、相手はサヤカの『身内』と言う事になる。
「“シェラザード”ってヒトのところに?」
試しに学院受付にて聞こえた名を口にするとサヤカ自身も隠すつもりも無いらしく、あっさりと頷いて肯定する。
「覚えておかなくても良いけど、彼は私とカナデの保護責任者。………言うなれば、父親かな」
義父――――。
サヤカは別にして、シェラザードと言う人物がどう言う経緯で私の立場を庇護する役を買って出たのかは定かではない。
唯一解る事と言えば、サヤカが頻繁に気兼ね無く面会出来る間柄から悪い人物ではないだろうと言う推測しか立てる事が出来ない。
だが、一つ疑問が残る。
そんな大役を引き受けたと言うのに、私には今まで会った事が無いと言う点だ。
「でも、私は会った事が無いけど……」
率直に疑問を問えば、サヤカは「必要無い」と頭を振った。
「君も私同様に不便な思いをしないようって訳で偶々彼にそう言う形を取らせだけに過ぎないから。……保護者と言った所で何の意味も無い、唯の手続き上の関係」
「………それに、私の“父さん”はセカイでたった1人だけ」
締め括りを飾ったサヤカの言葉は、とても寂しそうな声だった。
その渦巻く気持ちは、『湊』を受け継ぐ私には何と無く解る気がする。
だからこそ、軽はずみな言葉を掛けられる事も出来ないと理解しているなのに、私自身が肉親と言う繊細な話題で察せず、敢えて話題を掘り下げてしまった。
幾ら思考や言動が『カナデ』に染まってきたとは言え、構成する半身は同郷の私であれば絶対に気付かなければいけない事柄なのに―――――。
「……ゴメン」
そんな陳腐な台詞で許されない事は解っていても、私には適切な言葉は思い付かなかった。
罪悪感で苛まれる私は、思わず顔が自然と俯いてしまう。
―――――二度と逢えない事を知っているのに。
「大丈夫」
サヤカはそう言ってポンっと私の頭に手を置いて、優しく撫でる。
「今の私は“最悪”じゃないから……そんなに気にしなくて良いよ」
案に『貴女が居るから』と解釈してしまう思考は自惚れなのだろうか。
恐る恐る見上げたサヤカの表情にはソレを示すように微笑みが浮かんでいる。
「今回は少し遅くなるかな。……丁度良い機会だから、こっちも言いたい事は山ほど有るし」
そう言い残して踵を返したサヤカは一転、今度は何故か怒気を孕ませている。
余程癇に障る事があったのだろう。その様は触らぬ神に祟りなしと言った有様で、私の喉元まで出掛かった「いってらっしゃい」と見送る言葉を口にする事すら憚られる始末だった。
バタン、と心なしか少しだけ荒っぽく扉が閉まる様を見送りつつ、私は思う。
これも私―――――カナデ=フュルギア絡みの事なのだろうか、と。
彼女は気にする事ではないと言ったが、私と言う異端の所為でどれだけ彼女に要らぬ迷惑を掛けているのだろうか――――――それを考えるだけで、胸の内はとても苦しかった。
前小隊での仲間との喧嘩別れから、数週間。同じ様な経緯のニーナと意気投合し、無謀無茶と陰口を叩かれながら意気揚々と立ち上げた俺とニーナが夢見た待望の小隊―――――…それが、いよいよ本格稼働する。
同時に、授業後には俺の不手際に呆れ果てた御同輩のニーナから大量の御小言を頂戴する羽目に成ってしまったが、フュルギア姉妹の快諾は嬉しい誤算。しかも、久々に“面白い”連中と来る。
「……ったく、ニーナも一々愚痴愚痴とシツコイっての」
故に語調とは裏腹にソウガの気持ちはあまり不満の色は無い。
圧倒的な存在感を放つサヤカ=フュルギアにシビれた。
控えめなカナデ=フュルギアから不安定に醸し出される強弱激しい“ワカラナイ”気配にゾクゾクとした。
加えて、冷静さがウリのニーナは止むを得ない事情が在ったとは言え、当時の仲間を“血祭り”に上げた猛者――――……これだけのメンツ相手に期待しない方が可笑しい。
―――――状態は、まさに混沌と化したフラスコの様だ。
口元から漏れる笑いが止まらない。
空中分解する危険性は孕んでいるが、兎に角コレは面白いのだ。
幸いにも、宮廷魔導師や騎士団の騎士、ギルドやフリーのハンター等の武芸者を育成する本科は座学を除き、科目の殆どは小隊単位で動く。
見込み違いが無ければ、剣を交えるまでも無くサヤカは及第点以上。しかし、カナデの方は本当に判らない。一度確かめる必要が有るのだが――――
「ん?」
噂をすれば何とやら。
月明かりの下、何やら先を急いでいる様子のサヤカを見付けた。
「サヤカじゃねぇか。何やってんだ、こんな時間に?」
何気無く問えば、何故か機嫌が悪い様な声で「諸々の事情による外泊」言われてしまう。
取り敢えず、その理由は放置だ。妹のカナデは丁度暇をしている―――――ソウガに一つの考えが頭を過った。
「なら、オマエの妹――――……カナデを少し借りて良いか?」
「良いけど……加減だけは、絶対に間違えないで欲しいかな。あの子は戦いを解っていても、判らないから」
言っている意味が上手く噛み砕けなかった。
姉として妹を心配する台詞と言う点は、判る。だが、それ以上に何か“ある”言葉に聞こえなくも無い。
「…………?」
返す言葉も思い浮かずに呆然と立ち尽くすソウガに対し、「言った通りの意味」だとサヤカは補足する。
勿論、サヤカはカナデがカナデたる所以を余所様に話すつもりも無い。伝えたのは、掻い摘んだ事実――――“実感”が追い付かないと言う事実のみ。
「あの子は、多分引き出せてないから………ね」
意味深な台詞が何を意味しているか。
紡がれた独白の様な回答に対する両者の間に隔てられた差は大きく、ソウガは唯呆然とサヤカを見送るしか無かった。
―――――ソレは兎も角として。
「取り敢えず、過保護な姉貴の許可は取れたって事で………まぁ、良いか」