06:Episode 4
また今日も私は会いたくもない者と会わなければならない。
幾ら目の上の瘤とは言っても、彼、シェラザードは戦後に長となるべき要職に就いた。そして、事務手続き上の保護者。私には専用の情報網が無い。
其処から弾かれる最善の情報収集策は――――――哀しいかな、私は彼に頼らざるを得ないのが実情だ。
見せて貰った資料はこのセカイに点在する諸国の色々な事情が物語る決して吟遊詩人達が謳う事の無い『その後』について。
ホントに毎度の事ながら気が滅入る。
目に飛び込む内容は、厄災の禍根を断とうとあらゆる国や部族が団結していた事実がまるで虚構に見える様な証拠ばかり―――――。
「成程。セカイの心と言うのは相変わらず見事なものね。ホント、いっそ清々しいくらいに」
その禍根を直接断ち切った1人としては、皮肉でも言わないと本当に遣り切れない気持ちが有る反面、やっぱりと冷めた自分自身が居る。
そもそも、私が居た元の世界だって、私の周りが幸運にも安定していただけ。
覇権を握るべき大国が有り、為政者が有り――――そして数多くの地域には燻る火種が有った。それが、このセカイも例外ではなかったと言う訳だ。
「それはお前に見えていなかっただけに過ぎない。元から、あの辺りはそう言う連中だ」
あくまでもシェラザードは事務的で淡々としている。
私が召喚される前からセカイを知る彼が言うのだから間違いはないのだろうが――――私の見た人達の殆どは種族や出身の関係なく皆助け合っていた。だから、尚更彼の言葉を真として受け取る事が出来なかった。
唯、それは水掛け論の様なモノと言う事も互いに理解はしている。
だからこそ、これで情報収集は終わりにして私は今日の本題に入る事にした。
「―――――例のモノは?」
私が日々積み重ねた生活態度の賜物故か。
シェラザードはあからさまに今までのツケを払う様な皮肉と判る様に鼻で笑い、肯定する。
「今まで引き籠っていた不良娘が、どう言う心変わりだ?」
取り敢えず右から左へとソレを聞き流しつつ、私は差し出された2枚のカードを確認する。
其々に刻まれている名はサヤカ=フュルギアとカナデ=フュルギア。
身分はペレグリン学院の学生と記されている。
「別に」
勿論、理由は語る気も無かった。
カナデには一応の知識は在るとは言え、知識が実感に追い付いていないのが実態だ。
身を守る術を磨かせると言って行き成り私が実戦に連れて行く訳にもいかず、我流独学で磨いた私が文武の師匠気取りする訳にもいかない。
しかも、近頃は何でも免許、資格、身分証明が必要な時代となった。
魔物退治や盗賊狩りを行うにしても、ギルドや騎士団に登録を済ませた上での承認が居る。
ペレグリン学院の専攻にそう言う類の武芸者育成が有る為、学生兼任の形で早期に仮免許と言う形の資格は得られる。私達の容姿から判断される年齢を考えればコレが最善の策なのだろう。
第一、カナデ自身がカナデとして確立してくれた際、選択肢は多い方が良い。世知辛い話にはなるが、嗜んだ武芸がそれなりのウデとなれば、就職先も多くなる筈だ。
唯、最も大切な理由は『学院に通えば、友人が出来る』と言うことに尽きる。
カナデには、何も知らずに戦い抜いたその果てに堕ちた私自身の様に孤立して欲しくないと言う私のささやかな願いを込めて。
当初はカナデだけを通学させようと思っていたのだが、頭の固いシェラザードの事だから許可しない事は目に見えている。何より、今の所はカナデ自身が心細いだろう。
まあ、若干の不満はカナデの為と思って私の隠匿生活諸々も含めて諦めるつもりだ。
「既に制服も手配済みだ」
流石は賢者サマ。
突然の我儘の許容範囲――――それとも、予想の範疇と言う訳か。
「手早い事で」
私の口からは呆れと感嘆が半々に混じった溜息が零れた。
行き成りサヤカから学校案内を渡され、制服を渡された。
サヤカ曰く、今は都合良いとのこと。私がカナデとして馴染む為の社会勉強の一環として入学させると言う算段らしい。
だが、其処で私が大きな問題と考えられるのは、サヤカも私に同伴して通学すると言う事実だ。
それは流石に不味いのではないのか。
前後の経緯はどう在れ、サヤカは世界を救った者。
英雄が在校となれば、学院生活どころの騒ぎではなくなる可能性が否めない気がする。
「でも、サヤカって有名人じゃないの?普通に通えるの?」
思い切って疑問をぶつけてみれば、当の本人であるサヤカは「何で」と怪訝そうな顔をする。
「その点は全く心配ない。殆どの連中はセカイが救われた事実は知ってても、何処の誰が救ったかまでは知らないから」
「知ら…な…い……?」
冷や水を浴びせられた様な衝撃を受ける私を余所に、サヤカは滑稽だと言わんばかりに笑った。
「………直接会ったヒトなら兎も角、詩人が謳う空想話は尾鰭背鰭が付き過ぎて、私が謳われた張本人なんて気付く筈がないよ」
流石はサヤカと言うべきか。一通りの手続きに抜かりは無い。
私はサヤカに言われるがまま、馬車に乗り込んで森林を駆け抜けた先、ペレグリン学院へと向かった。
事前に連絡もしていたらしい。
受付で「シェラザード」と言う人の名と私達の名を告げ、1つの封筒を受け取る。
「俺は君達の担任になるディアンドだ。宜しくな」
―――――これが私の新生活。
屈強そうな教官との対面に私のドキドキと高鳴る鼓動が止まらない。
「カ、カナデ=フュルギアです。此方こそ、よ、宜しくお願いします」
噛みそうな舌を何とか呂律を回しつつ、カチコチに固まった腰を何とか折ってお辞儀をする。
「…………サヤカ=フュルギア」
対照的にサヤカは何処までも冷静だった。
否、寧ろ何かが面白くないのか声音には不機嫌さを纏っている。
どうしたんだろう。
私と話している時、サヤカはあんな表情なんてしないのに――――――。
ディアンドの導きで案内された教室で待望の学生と対面を果たした。
私は例によって緊張で固まった月並みの台詞、サヤカは担任との挨拶と同様の態度で場の雰囲気が凍り付かせる。
しかし、興味自体は失っていないらしく、室内はザワザワと静かに湧き立つ。
姉妹なのに種族が違う。好奇の目が少し位集まるのは仕方がない事実なのだが、やっぱり少しだけその視線が恥ずかしい。
だが、幸か不幸か、サヤカの無愛想のお陰で話題を攫った転校生に対する質問攻めの洗礼を浴びる事は無かった。
記念すべき初授業となる座学も粛々と進んでしまい、誰とも大した会話をする訳でも無い。
私とっても拍子抜けの時間が過ぎていく。
そして、何の進展も無いままに昼休みに突入してしまった。
今は友人が居ない。なら、必然的にサヤカを昼食に誘った上で序でにその真意を問う事にする。
「サヤカ、何でそんなに機嫌悪いの?」
取り敢えず私としては回りくどい小細工抜きの直球勝負を仕掛けてみた。
いつものサヤカの切り替えしなら怪訝そうな顔か笑みを浮かべて冗談で応じてくれる筈なのに――――。
今日のサヤカは、深刻そうな表情で眉を顰めだけだった。
「そっか。カナデには聞こえてなかったんだ」
ポツリ、とそう呟いたきりで他は何も答えてくれなかった。
午後の時間は、小隊単位での訓練だった。
私とサヤカは初めてなので当然チームが無かったが、担当教官のディアンドが気を遣って既に編入候補を決めてくれていた。
構成人員はたったの2名。
竜人の男子学生、ソウガ=デルコードと翼人の女子学生、ニーナ=メリウェル。
何でも、彼等は最近小隊を結成したらしい。
猫の手でも欲しい人材を打診され、快く引き受けたのだと言うが―――――本当に大丈夫なのだろうか。
「珍しいペアね」
「種族なんて関係ねぇよ。一々気にしてたら、キリがねぇし」
「同感です。些末事を大事として拘る狭量な者等、例え同族だろうと此方から願い下げです」
サヤカは「ご最も」なんて感心して頷いているが、これは私の知識と調べた書物から引っ張り出した記録上、かなり凄い事だ。
竜人はその名の通り地上で最強と謳われる竜種の血が色濃い種族。
翼人は姿こそ人間に近いが、背中に鳥の様な双翼を持ち、その身には精霊に酷似した聖なる力を宿すと謳われる種族。
比類なき力が約束された両者だからこそ、プライドが高い者が多い。いがみ合う事は在れど、まず両雄が並び立つ事は有り得ないとさえ言われる事も有る両種族が普通に談笑している。
―――――何か凄過ぎて言葉が見付からない。
オマケにサヤカはコレが当たり前だと言わんばかりの態度で驚く気配は欠片も無い。
現実に非現実を見せられた様な夢心地に、私は呆然として会話に付いていけなかった。
それを見止めたニーナが、私を凝視する。
「サヤカさん。貴女の妹のカナデさんって………」
「あぁ…うん。多分、君の想像通りで間違いない」
語るべきキーワードに辿り着くよりも先にサヤカが問いを遮る。
それを受け、ニーナの私を見る表情に少しだけ翳りが見えた。
「そうですか……。カナデさん、大丈夫でしたか?」
ニーナの言っている意味がよく解らないので、私は取り敢えず首を傾げてみる。
何か心配事なのだろうか。サヤカも意図を察している様だし、ソウガも「成程」なんて得心が行っているようだ。
「それじゃ、アンタが四六時中機嫌悪かったのもその所為か。カナデ……って言ったか。オマエの姉貴、本当に良いヤツだな」
全く話が見えてこないが、『良い姉』と言う一点のみは大いに同意出来る。
私が自信を持って頷くと、ソウガは気持ちの良い笑みで応える。
「改めて自己紹介だ。俺が隊長のソウガ=デルコード。肩肘張らず、唯“ソウガ”とだけ呼んで欲しい」
「私はニーナ=メリウェルです。ニーナ、と呼んで下さると助かります」
ソウガは笑みを携え、右手を差し出す。
「ようこそ、我が小隊――――――………小隊……」
何故か、肝心な締めの部分で口籠ってトーンダウンする。
ニーナは「まさか」と呟き、呆れた表情をしている。心なしか、ソウガを見詰める目が辛辣だ。
「スマン。まさかこんなにスンナリ行くとは思って無かったんで、まだ名前決めてねぇ」
やはり、本当に大丈夫なのだろうか。
先行きが不安だ。