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03:Episode 1

柔らかな太陽の日差しが差し込んでくる。

春の微風だろうか――――肌には空気の流れを感じる。



―――――決死の思いも結局無駄だったのか。


あまりにも情けない顛末に溜息が出る。

だが、意識がある以上、いつまでも眠っている訳にはいかない。



「ぁ……」


瞼を開ければ、飛び込んでくる日差しに思わず手を翳してしまう。

おかしい。あんな事があれば、身体なんてロクに動かせる筈が無いのに―――――。



否、そもそも此処は何処だ。

映り込んだ景色は、無駄に静謐感の在る病棟と言うよりは、寧ろ何処かの私邸の様な気がする。





「あ……気付いた?」



声の主を探して、其方を振り向けば薄い緑色のローブを身に纏った見知らぬ女が居た。

容姿は白髪に黒い眼、スタイルは悪くない―――――が、今は彼女の外見などどうでも良かった。



恐らく此処は病院ではないし、彼女は見る限り医者ではない。

だが、自分自身を助けた所を見る限り悪人でも無い。



―――――何が何なのか、全く解らない。



「此処は私の家。3日前位かな………向こうの森で召喚の反応が有ったの。興味本位で覗いたら、君が倒れているのを見付けてね。見殺しにするのも寝覚めが悪いから、勝手に拾ってきたって訳」

思考が追い付かず、呆然とする此方を余所に、女は「そう言えば」と呟く。




「自己紹介が遅れたね。私は、サヤカ。現在勇者廃業中の無職よ」



勇者――――。

此方を和ませる為の何か冗談のつもりなのだろうか。

途端に目の前のサヤカとか言う女が胡散臭く感じるが、まあ自己紹介をされて以上、自己紹介を返すのが礼儀と言うものだ。



「え…とわたしは……」


唯自己紹介をしようとしただけなのに、頭の中がグチャグチャする。

そもそも、わたしに存在しないする筈の記憶――――……嗚呼、頭がグルグルと回って気持ち悪い。



「名前は――――……湊――――………ミルティア――――――……?」


何故か2つ思い浮かぶが、どちらもわたしに馴染む。

訳が解らない。一体、自分は何者なのか――――――。



「どうしたの?」



「俺には、“仲邑 湊”って名前が確かに有るんだ。でも、“ミルティア=エルメント”って言う名前も落ち着く気がする………」



「君、男の子なの?」

心底驚いたと言わんばかりにサヤカは、わたしをソッと鏡台の前まで連れて行く。



「鏡で自分の姿、見てみなさい」



促されるまま見たソレは、何処からどう見ても俺じゃないわたしだった

サラサラと風に靡く金砂の髪。驚きに染まった双眸には、碧色の宝玉に走った獣の様な縦に長い瞳孔。オマケに耳が尖っている。



「これ……おれ………混血……エルフ……」


―――――何故、自分の状態を正確に把握出来る?


「まあ、この辺りじゃ別に珍しくない種族名ね」


言葉とは裏腹に、自分と言う存在があまり驚いていない事実に驚く。

ならば今強烈に意識する『湊』と言う存在は何なのか――――


「そんな筈あるか!確かにこれが自分自身だって気持ちは在っても、俺じゃないッ!」

思わず込み上げてきた存在否定に対する否定の叫び声を上げて反論をするが、サヤカは至って冷静だった。


「それじゃ、器の半身は異世界人って訳か」


やけにサヤカの理解が早い。

こんな下手な理屈、唯の頭のおかしい奴の戯言としか取らないのに――――。



「じゃあ、君、ニホンのトウキョウって知ってる?」



「俺の出身地だけど……それがどうかしたのか?」


「嘘ッ!?」

サヤカは驚きと共に目を輝かせている。

つまり、答えは解った。


「若しかして、お前もか?」



「うん。君の場合と一寸違うけど―――――私の場合はね、ある日突然このセカイに呼び出された。闇を討ち払う星霊に見初められし御子――――言うなれば“勇者”としてね」

しみじみと何処か懐かしそうにサヤカは語る。


もう何年前だったかも判らない夢の様な現実。

あの日も普段と変わらない朝を目覚め、普段と変わらない学校生活を過ごし、気の合う友達と笑い合う何気ない日常になる筈だった。

いつもの様に帰りの電車の中で音楽を聴いていると突然辺りは眩しい光に包まれ――――――それが収まれば、其処は荘厳な神殿の様な場所だったと言う。


「……右も左も判らないか弱い女子高生相手に行き成り『魔王を討て』だよ?」


呆れた話と笑いながら語るサヤカの胸中、それがどれだけ理不尽なモノかは俺には想像出来ない。

勝手な都合で呼び出し、勝手な言い分で救国の使者に仕立て上げられる。星霊の加護とやらを受け、当事者はたった1人の部外者を渦中へと引き込まれてしまう。


―――――適性が在った。唯それだけの理由で。



「ホント、苦労した。此処に来るまでは、血なんて転んだとか切ったとかの怪我でしか見た事無いのに――――――……もう血飛沫の嵐が日常になるし」


何度吐いたかな、なんて笑って語っている。

幾ら強力な加護を得たとは言っても、つい先日まで唯の一般人だった少女。今まで非日常だった命のやり取りに直ぐ慣れろと言う方が無理な話だ。



―――――ふざけた話だ。


「まあ、色々有ったけど人々が“魔王”と畏怖する者はチャンと倒したよ。でも、私は結局元の世界に戻れず仕舞い。挙句に自分の支配下に収まらない私を危険人物だからって、王都から追い出すし」


其処には御伽噺でよくある『めでたしめでたし』ではなかった。

全てを救った正義の味方は、自分自身を救って貰えなかった。勝手に押し付けた大役に対する当然の対価すら、貰っていない―――――そう考えると顔も知らない彼女を勇者に仕立て上げた連中を今すぐ八つ裂きにしたい衝動に駆られる。



「憤りを感じてくれるのは、嬉しいかな。――――――でも、今はそんな昔話より大事な事がある」



「君の事よ。どうせ、君、行く当てないんでしょ?」


確かにサヤカの言う通り、混濁する記憶を幾ら探ってもわたしはこの世界に身寄りは無かった。

少なくとも私と呼称するミルティアの記憶は此処の筈なのに―――――少し、可笑しな話だが、取り敢えず当面の生活には困ってしまう。


「―――――どう?一緒に住まない?」


正に渡りに船の申し出なのだが、問題が有る。

身体は兎も角、俺は男。そしてサヤカは女。古風な考えかもしれないが、ようは『男女七歳にして席を同じゅうせず』とか言う諺みたいなモノだ。

そもそも、何処をどう見繕ってもこの俺であり私と呼ぶべき少女は不審者以外の何物でも無い。今は自分自身が混乱しているとは言え、何れ正常に戻った時にこの存在が彼女にとって害悪と成り得る可能性はゼロではない。


「良いのか?だって、俺は―――――……」



「これからはこのセカイに生きる普通の女の子だから良いのよ。今はミナトとミルティアふたつのカケラが離れているけど、多分それは一時的なモノだから」


これから――……それを考えると少しだけ怖かった。

変わりつつある自分自身が何なのか。自らを断とうとした人間が何故自己の喪失如きに恐れるのか。滑稽だが、やはり怖いものは怖かった。


ガタガタと華奢な身体が勝手に震える。

いい歳したヤツが~云々だが、やはり精神が段々溶け合っているのだろうか――――そんな事を考えると尚更震えに拍車が掛かってしまう。



「落ち着いて」

サヤカは此方の気持ちを察する様に頭にポンッと手を乗せる。

幼子をあやす様な仕草で抱き寄せ、わたしにソッと耳元で囁いた。


「消える訳じゃない。そもそも今の君、互いに欠損した部分を補完している最中みたいだから。ミナト+ミルティア=君になるんだよ?―――――だから、どっちも君自身。今は辛いだろうけど、否定だけはしないで」


ミナトは唯気恥ずかしいだけなのに、ミルティアの心に深く浸透する。

初めて出会った温もりの様な気持ちの良さ――――…その安堵感は段々とミナトを浸食し、わたしを深い眠りへと誘っていった。




再度、ルビを見直しました。

一応は問題ないはずです。

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