06:Episode 25
必要事項を確認の後、私達は目的地へと歩みを黙々と進める。
隊全体は程良い警戒態勢を保っているが、内外共にこれと言った問題が起きる事も無く、「道程は極めて順調」と評すことが出来る。
しかし、それは同時に人気も無ければ人里も遠く、申し訳程度に整備された街道に広がる長閑な風景を視界に収める以外にすべきことも無い為、些か呆気無くも感じる時間だった。
行程がほぼ折り返しに差し掛かり、丁度空が闇に染まる前には歩みを止めて、私達は野宿の準備に取り掛かることとなった。
夜間の行動は、視力の強化による暗視能力の獲得や周囲を照らす灯火を創り出す等の魔法行使により、ある程度は昼と変わらない程度の補助を可能とするが、日程的な余裕を考慮すれば無理をして強行する必要も無い為に今回は不要だ。
手順は至って簡単。
先ずは、御世辞にも整備が行き届いているとは言い難い街道から少し外れた空き地を見付け、其処に防壁と警報装置を兼ねた二重結界をノーマリィが展開することで不躾な訪問に対する備えを施す。
後は、寝泊りする為のテントの設営と手持ちの不足分を補うのであれば近隣から泉や川からの水の調達、植物や木の実、魚介類や獣肉の調達を行う程度。結界と言う魔的な存在の有無以外は、地球のサバイバル生活と何ら変わりは無い支度風景だ。
設営と食事に係を分担し其々仕事を終えた後、皆で火を囲んで夕食を摂りながら会話を楽しむ。
この場には異物を含んでいる為、妙に余所余所しい場面や会話自体が円滑に進まない場面に遭遇してしまうと思ったが、それはサヤカの杞憂に終わっていた。
「――――隊長の体験をお聞きになっていますと、私も此処の騎士に、と言う願望が生まれてきそうです」
「あれ?ニーナ、オマエって是が非でも『故郷に戻って貢献したい』って言ってなかったか?」
「……ソウガ、煩いです」
話の内容としては、ノーマリィが現在籍を置く騎士団や嘗ての無所属を貫いた武芸者時代の身の上話が主だが、少しだけ珍しい光景を見た。
小隊内に限った会話であれば、会話の主役は殆どソウガが切り込み隊長を努めているのが常だったが、今回に限ってはニーナがその代わりを務めており、一番饒舌だ。
ちなみに、私はソウガの茶々を入れた内容の断片――――彼女が何を目指しているのか等の大まかな身辺情報を事前に入手している為に多少は理解出来ている。
あの時―――私やカナデがソウガの誘いに答えを出す前、面倒事ではあったが、シェラザードから推挙を受けた彼等の経歴に目を通して事前の判断材料にしていた。
ニーナ=メリウェル。
この普段は物静かな翼人の女は、クレストアを構成する国家群の出自では無く、今回の依頼主の待ち受ける地であるエーリヴァーガルに属するとある閉鎖的な集落の出自だった。
家柄は集落内部でそれなり名声や信頼を得た名家であり、所謂「箱入り娘」と評される程の世間知らずな幼少期を過ごした後、本人の入学時の志望動機が曰く「未熟な視野を広げる」為に態々肉親を説き伏せ、単身で遠路遥々この学院を選んだと記されている。
当初の進路希望は「故郷への貢献。今の所は再編の後に新設された治安維持組織への入隊」。
人物評は粗暴とは縁遠い温厚な性格だが、入学後僅か1ヶ月程で同種族の生徒と口論の末に暴力沙汰まで発展させた前科を持つ一面も存在する。
ソウガ=デルコード。
この一見単純そうで思慮の欠ける様な印象を受けかねない竜人の男は、学院では珍しくも無い自国出身者であり、高位でも無ければ低位でも無い平凡な武官の子息だ。
家柄は学院内に於いて上でも下でも無い凡庸、志望動機は「興味を惹かれた」等と要領を得ない不明瞭さ、人物評は「思慮に欠け、粗暴さが目立つ」とそれだけ見れば単なるいい加減な人物として落第点のみで終わるのだが、彼の特筆すべき点は、このセカイで希少な偏見差別等が希薄な所だ。
時に翼人と双璧を成す気難しさと評され、傲慢な矜持を保つ者の比率が多い竜人と言う種族の中、彼はその純血でありながら、力や立場に溺れた選民意識の言動から縁遠い好人物と言うあまり学術と関連の無い調査項目はサヤカ=フュルギア個人として気に入っている。
ニーナとほぼ同時期に起こした暴力沙汰の一件も、曰く「気に障った」と通り掛かった苛め側を過剰なまでに鎮圧した結果を除き、それ以外の意味――――特に嗜虐嗜好や過剰な正義感を抱かせない行動自体は、彼に対する好印象を抱く小話の一つだったりする。
真相はどう在れ、暴力行為という結果を得た彼等は学友から敬遠された挙句、いつの間にか“厄介者”とレッテルを貼られていたが、彼等の想い自体はあの狸の抱く理想「種族による偏見や先入観に囚われない柔軟な思考」を有していた。
だからこそ、種族問題を含む“エルフと獣人の混血児”と複雑な家庭の事情を連想する“異種族間の姉妹”の2点の懸念材料を持つ私達を受け入れる為の受け皿としてシェラザードが態々推挙したのだと認識している。
―――――結局、彼の眼力には間違いは無かった。
超常的な加護を受けた我が身とは言え、所詮平時の私では唯の役立たずだ。
普段はいけ好かない狸だが、あの時ばかりは素直に心から感謝したものである。
「―――――目標は幾ら有っても良いモノよ。ヒトによっては沢山の望みを掲げ、分不相応に手を伸ばす行為を否定的に捉えるけど、私はそれを肯定する。理想って言うのはね、現実との調整具合で大体は当初の目標よりも小振りに成ってしまう者が多いの。だから、初志に身の程を弁え過ぎた望みしか抱けない者は、それ相応以下の成果となってしまう。……今はこれだ、と決めきれなくても良い。己が内に高き目標を掲げ、その想いを確固たる信念として貫けば、時を刻み研鑽を積む中で自ずと指針が定まるから、其処は何の心配もしなくて良いわ」
念には念をと、さり気無い周辺監視を行う片手間に私がそんな事を思い返す中、ノーマリィはニーナの感想に対して賛同するかの様に頷き、柔和な笑みを零す。
「成程………そんな肯定的に考えた事は無かったです」
「色々な経験を積み重ねた結果が、即座に効力として現れない事実を単なる時間の浪費として捉えてしまう他者も居るけど、貴女が“あの時に止めなければ”と後悔するよりはずっと良い。―――――私も、今だからそう言える。騎士に落ち着く前の武芸者時代に磨いた経験が意外と役に立っているモノよ」
何でも無いことの様に笑顔で話を続けるノーマリィだが、実際は色々苦労も有ったのではないかと思う。
彼女が身を置く騎士団は志願制であり、幅広い門戸の下に人材を登用する条件であるが、現実は世襲制の様に親から継承した場合が殆どを占めている。
縁者以外から推薦を受けた者ですら稀だと言うのに、態々騎士団からの要請だ。幾ら騎士団が連邦樹立に伴う組織再編の最中でゴタゴタしている環境だと言っても、彼女自身が悪目立ちしてしまうのは想像に難くない。
「昔から御年輩の方が言うじゃない――――『無茶と無謀は若者の特権』って。慎重を期すのも手だけど、色々試すのも愉しいわよ……きっと」
面倒見も良く実力も有り、武芸者時代も引く手数多だったと言うが一貫して無所属を貫いた。
“お節介”―――その名称が示す様に彼方此方と顔を出すその様子は“根無し草”と揶揄されたが、きっと色々と得るモノが有ったのだろう。
その張本人が今浮かべる蔭りの無い晴れやかな笑顔が証拠と、はっきり示しているような気がした。