05:Episode 24
いつもより遅くなってしまった朝食を摂る。
主にサヤカの所用の所為で遅くなってしまったが、妹分は許してくれた模様だ。
私達はどちらもあまりお喋りが得意な方ではない為、会話が弾んで時があっという間に過ぎて行くと言う展開は無い。
だが、今回は依頼の件も在るので、会話自体が途切れて食器の音だけが鳴り響いてしまう寂しい展開になってしまう事は無かった。
「………サヤカ」
食事の最中、カナデが箸を止めて深刻な顔をする。
―――――突然、どうしたのかな?
懸案事項は先に上がったし、他愛の無い会話に態々改まる必要も無いので少し疑問に感じたが、まあそれは私の感想だ。
だから、取り敢えず――――
「な~に?」
笑顔を作って私は気楽に応じる。
「今回の任務、“サヤカ無双”する?」
「……は?」
思わずガクリ、と椅子から滑り落ちそうになった。
変な命名はさて置き、“無双”―――つまり、私がこのキナ臭い一件に私の力を存分に披露すると言いたいのだろうか。
答えは考える間までも無い。
あの狸の名を、嘗て乱発した私の偽名の一つを使い、態々手を回して入手した随行者の情報――――彼女は前・後の偏りも無く戦歴を重ねた万能型であり、経験値が少ないと判断される学生側の稚拙さを保護するには適任の存在だろう。
そして此方側の配役としては、あまり予想外の展開は起きないと考えられる。
予想し得る限り、ニーナは支援役を訓練で務める事が多い為に後衛側、ソウガとカナデは、攻撃に重点を置く為に前衛を務め、私自身は訓練中に隊長殿から「規格外は自由」と言われて前後どちらでも対応可能な扱いを受けた為に経験者の範囲の縮小版を求められると思う。
「言い方は妙だけど、今回はまず様子見かな。いつもの訓練の様に前衛はカナデとソウガに成るんじゃない?」
立派な調整役も居るし、と付け加えるとカナデは「成程」と納得していた。
食事を済ませた後、本日の最終確認を済ませると刻限近くに成った。
念には念をと随分余裕を持って集合場所へ向かった筈だが、カナデと共に足を運んだ其処では既に全員集合している。
遠足を心待ちにした幼い子供の様に気分が幾分高揚しているソウガの姿には呆気に取られるが、変わりにニーナは酷く落ち着いた素振りで今回の引率者と言葉を交わしている。
気の合う者同士と言う事だが、此処まで対照的な姿を見せられては少しだけ滑稽に思えてくる。
「ふぅん。白馬……縁起が良いのかな?」
思わず視線に収めた先――――馬車に繋がれた馬の体毛を見るなり、思わず私の口から言葉が漏れた。
白馬は見栄えが良いと評価される点や晴れ舞台で好まれる点等は何処のセカイでも不変の項目なのか、比較的此方側でも人気が在る。
狙った訳では無い単なる偶然だろうが、まあ験担ぎにしては上々だろうと感じつつ、彼等の下へと足を運ぶ。
カナデを除いた面々にとって、互いに初の協力体制である為、先ずは其々の装備や戦法に対する得手不得手の確認を行う。
武芸者間では、当然利害関係が生じる。
同一の所属先や友好的な関係を除き、親しくも無い武芸者への対応は互いの手の内は隠すのが通例ではあるが、向こうは騎士団、此方は学生のと言う明確な差が存在する為に柵は少ない。
逆にソウガが自分自身の手の内の細部まで素直にペラペラと話し始めてノーマリィから「話過ぎ」だとやんわりと窘められる始末。
彼が将来、どの選択肢で生計を立てるのかは知らないが―――このまま一本調子で裏表の無さ過ぎる能天気な武芸者になれば先が思いやられる、と感じた。
隊長に収まるのは一番経験を積んでいるノーマリィ。
当然と言えば当然の流れであるが、その彼女が指名した副長役は、本来此方の隊を纏めるべきソウガでなく、私だった。
「何故、私が?」
「貴女が一番場数を踏んだ雰囲気がしているからよ。……覇気の無い面持は、少しだけ気に成る処だけど」
―――――流石、武芸者から叩き上げで成り上がった現役騎士だけある。中々このエルフ、鋭いカンを御持ちで。
さも当然と言わんばかりの口振りで答えるノーマリィに対し、私は素直に彼女の観察力を称賛する。
私としては自分自身のチカラを常時隠しているつもりだが、見る者が見れば纏う雰囲気が素人とは違うと判断出来てしまうのだろう。
勿論、私はイザと言う時に本気を出す事を厭わないが、早々手を見せる訳にもいかない。
任務遂行と言う観点では、嗅覚の鋭さに対する優秀さに関してどうこう言うつもりは無いが――――カンの優れるエルフが、此方の面倒な事柄まで嗅ぎ付ける優秀さとも成れば話は別だ。
「じゃあ、出発するわよ」
―――――面倒な事に成らなければ良いけど。
意気込む面々を余所に、思わず私だけこっそりと溜息を吐いてしまった。
道中、ノーマリィの口から依頼の内情を聞けた。
曰く「近年では珍しく不安要素の濃い依頼」とのこと。
依頼者の素性がはっきりと判らないにも拘らず、既に前金として依頼料の一部が多額に振り込まれている。
組織の審査を潜り抜け、掲示後の難易度は易しくも難しくも無い無難な設定に落ち着いた本件は“問題無し”として判断を下すことは出来るのだが、掲載内容に記述した依頼背景の不審さの所為で態々手に取る者が居ない不人気物件の一つなのだと言う。
この場に居る全ての者の見解も一致して「怪しい」―――その一言に尽きる。
だが、ニーナだけは「やはりソウガ好みの一件」だと呆れた視線を張本人に送っているが、本人に対しては全く効果が無かった。
「ノーマリィ。対象の確認をどうやって行うのですか?」
ほぼ手探り状態の一件に対して浮かんだカナデの疑問の問いに、ノーマリィは徐に自分の腰に備えたポーチから「これよ」と高価そうな深紅の指輪を見せる。
「これが手掛かり。これが“扉の鍵”と記されていたモノだから、丁重に扱ってね」
そう言って質問者に証拠を手渡す。
「指輪が印、ですか。何か古代の神殿みたいですね」
ちなみに神殿は、私の嘗て居た世界に存在する寺院仏閣の様な宗教的な価値は無く、旧文明の名残とも言うべき秘境の史跡であるが、今まで殆ど碌な調査が行われていない為、誰が何の為に造らせたのかも解明出来てはいない。
嘗ての暮らしや失われた高度な技術等の手掛かり等、旧文明解明の為の一歩として学術的な価値は多大に含む場所ではあるが、現状では放置されて単なる自然と同化した秘境内の背景の一角に過ぎない物体だったりする。
「そう。そして、依頼人の指定は何故か神殿の内よ」
「人里近郊なら兎も角、態々離れた場所を指定するのか。……自分も辿り着くのが大変そうだけどな」
ノーマリィの少しだけ困惑が入り混じった言葉にソウガは思わず呆れた声を漏らす。
「……このような前例はあるのですか?」
「私の体験上は“無い”って断言出来るけど、前例が無い訳じゃないのよ?」
相手を人気の無い場所に呼び込む利点――――。
その情報のみから浮かぶ悪い想定として安易に浮上する懸念は、野盗等の破落戸集団の撒き餌と言う結論――――。
「虚偽申告―――つまり、罠」
幾ら今の世が大陸間協定の締結後、各国家群を含めたあらゆる組織が再編した末に手に入れた安定期だとしても、最大の国土を有する王国の南部地域や旧帝国支配地域の中心だった大陸北東部は未だに不安定だ。
私が身を寄せる地域ですら連邦と言う集合体を構成する“クレストア連邦”として構成国の合意を経て正式に発足したのはつい最近のことであり、国防を含めた治安維持組織等の統合は万全だと言い難い。
何より、今回の行き先は国家を形成しているとは思えない程、旧来体制の種族・地域単位の独自性が高い場所も存在している為、治安等の詳細情報が手に入り難いと言った側面も在る。
「そうね。上層部の審査を経たとしても、万一の可能性は排除出来ない。幾ら先の戦乱の影響が薄い行き先でも、各員共に気を引き締めておくように」
あまり深く考えずに思い付く地域的な不安要素だけでもこれだけ上がる。
ノーマリィもそれを知ってか知らずかは定かでは無いが「油断しない様に」と言葉を堅い口調で締め括り、初心者集団の気を引き締めさせた。