13:Episode 11
―――――今日も又来ない。
サヤカは帰って来なかったこと。
ソレだけでカナデは深刻だった。
今日の訓練は失態の連続だったこと。
訓練中に思わず非殺傷設定を確認せずにうっかりソウガを思いっ切りブチ飛ばした。
その後のニーナからの御小言も上の空で、何を言っても効果が無い。
「……バカ?」
普段寡黙なラヴィーネの放つ辛辣な言葉も勿論例外なく聞き漏らす始末。
何をやっても失敗続きの1日だった。
―――――何をやってるんだろ、私。
自室に戻ったカナデは思わず溜息を吐き、自己嫌悪をする。
数々の失態は、自分自身が注意すれば済んだ話であり、これではまるでシスコンではないか。
「そんな自覚、なかったけどなぁ……」
思わず目を閉じ、今回の一件を考える。
一向に帰る兆しの無いサヤカ。それに対し、明らかな焦燥を覚えるのは、何故か。
―――――元の私がそうさせるのか?
そうとしか考えられない。
と言うか、“湊”がそんな性格の筈がないと信じたい。
ミルティアと湊――――――。
今では遠い存在にも思えている。
この“私”と称するカナデ=フュルギアと言う自分自身は、最初から存在していたような錯覚さえ感じてしまう。
だが、時折、これで良いのかと言う想いも有る。
元の私が致死寸前の傷を負った理由―――――これを放置して私が謳歌して良いのか。
封印した記憶。
ミルティアの故郷、家族、大切な友人――――何一つ、覚えていない。
「ミルティア………どうして、私なのに私を教えてくれなかったの?」
きっと深い事情が在った事は理解出来る。
だが、カナデにとって今と言う安息を得たからこそ、余計に知りたくなってきた。
―――――私自身じゃない私の闇。
いつか晴れる日が来るのだろうか。
そんな事を考えつつ、襲いくる睡魔に身を委ねた。
翌日―――――。
学院が休日と言う事も有り、カナデは1人で街に出る事にした。
サヤカが不在の中、“初めての御使い”ならぬ“初めての外出”―――――其処には色々と感慨深いものが在る。
だが。其処は、やはり私が嫌った喧噪溢れる市場だった。
左右に並んだ屋台や店舗には興味深そうなモノも無い訳では無いが、こうゴチャゴチャしていたら、入る気も失せてしまう。
「やっぱり、カナデもこう言うのはダメなんだ」
ふぅ、と諦めに似た溜息を吐きつつ、嫌気を感じながら人波を掻き分けて行く。
雑多な種族犇めく大通りを進むと赤い煉瓦風の建物に辿り着いた。
「此処がギルドかぁ……」
看板に表示された“ギルド”。
確か、カナデの記憶違いが無ければ、学院生でも依頼は遂行できる筈―――――それを思い出した彼女は、そのままギルドへと入る。
「武芸者の集うギルドへようこそ。その制服……ペレグリン学院の方ですね。学院証の提示をお願いします」
受付の女性に従い、カードを差し出すと「お預かりします」とソレにサッと目を通す。
「確認しました。カナデ=フュルギアさん、私達は改めて貴女を歓迎致します」
ニコリ、と暖かい笑みを受けた後、改めて周りを見渡した。
このご時世、フリーの武芸者と言うのは珍しい。
大抵は何処かの騎士団や商団、傭兵団等に所属してフリーは稀だ。
此処に居る者達も衣装の何処かに大抵何処かの紋章が刻まれている。
流石と言うべきか。このギルドに居る人々も世相をよく表しているモノだ。
カナデは、取り敢えず大量の紙がビン止めされているボードを眺める事にする。
其処には、農作業の手伝い等の一般生活の手伝いから魔物退治まで多種多様な依頼が貼り付けて在った。
―――――ふむふむ。魔物退治、か。
面白そうだ、と呟きつつ、詳細を確認すれば畑を荒らす魔物の駆除と言う事でレベルも高くは無い。
カナデ自身にとっても丁度良い。ならば、これにしようと紙を引き抜き、受付まで持って行く。
「はい。受理は可能ですが、学院生の場合はどんな特待生でも一度は随伴が必要ですね」
此処が唯一の問題点だ。
将来の有望株かどうかは定かではないが、学院生は自分自身の実践スキルが把握出来るまでは随伴者が必要と成る。
その為、受付の女性が声を大にして事情を説明して誰か居ませんか、と訊いてはいる事に対して殆どは無視を決め込んでいたのだが―――――……
「私が行くわ」
と1人のエルフの女性が席を立った。
「では、後の事はノーマリィさんに御任せしますので、何かあれば、彼女に質問して下さい」
そう言うと受付の女性は引っ込み、代わりに席を立った女性――――ノーマリィが此方に向かってくる。
―――――どんな人だろう。
緊張のあまりカナデの心臓がバクバク言っているが、成るべく顔に出さないように平静な態度を務めた。
互いに普通のボリュームで会話出来る位置まで来るとノーマリィは相手が緊張している事を察したのか、柔らかな笑みを浮かべる。
「“お節介”のノーマリィ=デイナンよ。宜しくね、初心者さん」
「カナデ=フュルギアです。此方こそ宜しくお願い致します」
お陰で、今回は噛めずにチャンと挨拶が返せた。