09:Episode 7
やられた、と言うべきか。
私やカナデが通う学院は、全寮制。基本的には私からの報告が無ければ彼に仔細が漏れる事が無いと踏んでいたがソレは甘かった。
好意的解釈をするのであれば、過保護と称する事は出来る。
だが、素知らぬ顔で握手を交わしたあの教師――――辛うじて記憶の片隅に残っていた男の素性。その糸を手繰れば、あの似非教師は確実に古狸の手先の筈だ。
―――――全く。頼んでいない事を次から次へと………
私としては口撃の糸口でも、彼には糠に釘と同義。何の効果も無い。
だからこそ、私は機会に目を瞑り、悪態で応える事にする。
「それで、シェラザード。今度の要件は何?」
あからさまに嫌悪感を宿らせた口調で本題を切り込めば、シェラザードは「やれやれ」なんて溜息を吐く。
「まあ、そう急くな。少しは落ち着いて話でもどうだ?」
「貴方が『気になる情報』を掴んだと言うから態々学院から出向いたんだけど。本当に相応の内容でしょうね?」
「“ラヴィーネ=ヴィントシュトース”」
私の仕掛けた重圧など微風と言わんばかりに、シェラザードは淡々と言葉を紡ぐ。
「今度の転入生の名前だ。入国審査、入学審査共に一応は問題無い」
そう言って審査書類一式を手渡された。
ラヴィーネ=ヴィントシュトース。
ミズガルズ大陸で最も歴史と伝統が在ると自負するビフレスト王国出身。萌黄色の髪の女。混血――――強いて言うなら書類上の分類は竜人か。
記載事項に親類縁者の記載が無いと言う事は、戦災前後の混乱期の名残と言う訳か。
「……珍しいね、混血続きなんて」
但し、特異点としてはソレ位しか存在しない。
「問題は其処ではない。出自こそ地方だが、彼女は王国出身だ。唯、手に職を付けるのならば、体制の整った王都が誇る国立学院に行けば事は足りる。態々片田舎のクレストア――――滅多に無い転入と言うリスクを冒してまでペレグリンに来る必要性が感じられない」
あの忌々しい王国の出身者。
短絡的に考えるのであれば―――――
「私への刺客とでも?」
適当な答えを言葉に乗せれば、シェラザードは否、と首を振る。
「そうとは断定しない。だが、この所ミルティア=エルメントの一件と言い、変わり種続きだ。若しかしたら、彼女関連と言う線を考えている所だ」
確かに可能性は有る。
推察では、ミルティアはかなりの重傷状態で召喚の儀を執り行った。
即ち、彼女も『何か』から狙われていたと言う可能性も否定出来ない。偶然、強大な魔物や野盗に襲われたと言う線も考えられるが、本人が忘却している以上、前者の可能性も否めないのも事実。
だが―――――。
「カナデ」
私は不機嫌そうにシェラザードを睨む。
「あの子はカナデ=フュルギア―――――私の妹。シェラザード、何度言わせたら解るのかな?」
但し、結論としてはシェラザードと同意見だ。
新生したカナデと言う人格が何故一部の記憶に封印を施した理由が判らない。
彼女に残された『何か』が一定の枷となり、本人に自覚させない様にしているのだろうが―――――仮に本題が彼女の刺客であれば、身を守る事すら敵わない本末転倒ではないのか。
―――――否。あれ程の術者が防衛機能とも言うべき区画を設けない筈が無い。
「分かった分かった。そう睨むな」
降参、と言った表情でシェラザードは溜息を吐く。
「兎に角、だ。何事にもならなければそれで良しだが、万一の時は………」
「―――――解ってる。邪を断つのは元々“御子”の役目だからね」
御子は星霊と共に時を歩む。
民衆から忘却されようとも、為政者に疎まれようとも―――――私達の交わした誓約は不変不滅。
チカラは万事の特効薬ではない。だが、処方箋には成る。
私達が万事全ての解決は叶わずとも、たった1人の妹位は必ず守ってみせる。
サヤカが漸く帰って来た。
私は、「ただいま」「おかえり」の挨拶のやり取りを済ませると早速ソウガとの一件を彼女に報告した。
ミルティアの残滓のこと。
教えて貰った戦闘経験のこと。
但し、一通り話し終わっても私の口下手では全てを上手く伝えきれていないと思った。
様は『百聞は一見に如かず』。私が実際にサヤカへ見せた方が理解が更に深まると考え、サヤカに簡易結界を部屋一体に張って貰った。
―――――意識を集中する。
“カナデ”と言う名の混色に“ミルティア”と言う名の原色を流し込む。
既にもう1つの原色である“湊”は溶け合い、“カナデ”を形成している為、阻害するモノは何も無い。
よりイメージを上手く纏める為に、戦闘態勢を――――右手に魔力刃を具現する。
一見ド素人と目された少女が簡単に魔力刃を生成する。
ソウガ曰く「滅多に見る事のない」事だが―――…………サヤカの表情には関心こそ持っていても、驚きは浮かべてくれなかった。
「………サヤカはあまり驚かぬな。ソウガはモノの見事に間の抜けた顔を見せたと言うのに」
「うん。ミルティアがちょっとした仕掛けを施した位は、私にとって想定内だからね」
成程、と納得出来る。
私の診察はサヤカが行った。なら、私の再統一化なんて、予測可能な範囲内と言う訳か。
サヤカの驚く表情を期待していた私にとって、少しだけ残念だった。
「でも、また―――……ミルティアは、随分と古風な言葉遣いだったんだね」
確かに言われてみれば、カナデっぽくないかもしれないが、私はサヤカに指摘されるまで私自身に違和感を抱かなかった。
大した問題ではないが、他人に指摘されると気になるのはサガと言うもの。右手の魔力刃を破棄し、カナデとしての意識を元に戻しつつある思考に一抹の恥ずかしさが浮かんできた。
―――――もし、このままずっとミルティアベースの口調だったら………
「やっぱり、変かな?」
恐る恐る尋ねてみると、意外にもサヤカは「全然」と首を振り、肯定的な態度を示した。
「私としては味わい深くて良いと思う。どっちだって、お姉ちゃん愛しのカナデちゃんだもの」
ボンッ、と言う擬音が似合う程、私の顔が爆発した様に紅潮していく。
何でそんな恥ずかしい台詞を平然と言えるのか。私をからかって何が楽しいのか。
「うぅ……サヤカが意地悪だ」
その言葉と共に恨めしい視線を贈ったが、当の本人には「褒め言葉」と捉えられたらしく、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。