球技大会編(3)
「すご……」
思わず感嘆の声が漏れる。けれどその言葉も体育館内にいる人達のざわめきによってかき消された。それくらい、盛り上がっているのだ。主に、バスケのBコートの方が。
大柄な相手選手を前にしても物おじせず、むしろそれを凌ぐような素早さとボール回しでひと際異彩を放つその姿――岩波千歳。
皆の視線はその一人の人にくぎ付けだった。
あ、囲まれた。これはやばいんじゃ、って、えぇええ、そこから3ポイントシュート!?
綺麗な放物線を描くボールはゴールに吸い込まれるように入る。それに学年クラス関係なく歓声を上げる見物人達、ウィズ僕。
岩波は背中の真ん中辺りまで伸ばした襟足を軽くゴムで結び、4と書かれたユニフォームをクラスTシャツの上に身につけていた。その立ち姿はその辺の男子高生より凛としていてかっこいい。現に僕の近くにいる女の子たちは岩波に黄色い声援を送っている。他の選手を差し置いて彼女は目立っていた。
そこでふと違和感に気づく。
――なんで岩波が男子のバスケに混じってるの?
バスケの試合を観戦しているクラスメイトに聞いてみることにした。
「最初はバレーに出てたんだけど岩波様が『こんなお遊戯みたいなバレーごっこやってられるか』って試合放棄しちゃって……校長の許可を得てバスケに出ることになったみたいなの」
「あ、そ、そうなんだ」
クラスメイトに話しかけたらその隣にいた黄色い悲鳴をあげている一団に混じっていた女子がなぜか目をキラキラさせながら嬉々として教えてくれた。
なんというか色々と規格外ですね。
試合は終盤だったらしく、数分ののち終了した。23-4という2年B組の圧倒的な勝利を収めて。
初戦でこれって……!
他の選手に紛れるようにコート外へと出ていく彼女と目が合う。相変わらず精巧な人形のように整っている……え、だんだんとアップになって――ちょ、ちょっと! こっち来てるよー!?
「タオル」
「え」
「んだ、ねーのか」
むすっと不機嫌そうな顔を近づけられ、思わず顎を引く。運動直後にもかかわらずふわりと彼女から甘い匂いが漂ってきたせいだ。やっぱりこういうところが汗臭くてむさくるしい男どもとは違うのだろう。
少し高鳴ってしまった胸を気にしないことにして、くるりと踵を返す。
「使ってないやつあるから、待ってて!」
第二体育館に未使用のタオルと水筒を置いたままにしていたはずだ。彼女の返事もまたずに賑やかな人の波を走り抜ける。
急がなければまた怒られてしまうかもしれない。そんな気持ちが先行してしまったせいか、目の前に飛び出た人影に気づかなかった。走った体は急には止まることができない。
「うわ、あ、あ、危ないっ!」
「っ――!」
ドッと体に鈍い衝撃が加わり、足はそのまま踏ん張ってくれず見事に尻餅をつく。体育館の床は硬い。じかに腹筋をしたら背骨がごりっていうくらいの硬度はあるため、思わず呻き声を出してしまった。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
ぶつかった相手も同じく体勢を崩していたため慌てて立ち上がってその手を引く。俯けていた顔をあげたことでその人と視線が交わった。黒髪を下の方で二つに縛った小柄な女の子。不良とぶつかって「慰謝料出せや」っていう王道パターンにならなくてよかった。まあこの進学校に不良なんて滅多にいないんだけれど。
「はなせ」
「あ、ごめ……!」
その子は僕を睨むように一瞥すると小走りで立ち去っていった。
相当痛かったんだろうか、僕の体当たりは。ぽかん、と呆ける僕が我に返ったのはつま先にこつりと硬いものが当たったためだ。
「これは――」
それを拾ってふと、周囲の注目を集めていることに気づく。しかもだんだんと野次馬の集団は大きくなっている。正直あまりよろしくない状況だ。ただでさえ、学校一有名な不良専属パシリという肩書きゆえにその存在を知られているというのに。
これ以上目立ちたくはない僕はポケットに入れつつ今度はぶつからないようにと目的地へ早歩きした。あれは会ったときに返せばいいだろう。
とりあえず優先するべきは、不良様のご機嫌取りだ。
バスケの救世主こと岩波は僕が想像している以上に活躍をみせた。二年B組のバスケチームは岩波を中心にチームワークを発揮して――岩波自身はチームワークとは無縁のところで点数を稼いでいた――順調に勝ち進み、優勝も夢ではない午後の部の実質的な出場権をもぎ取ったのだ。
卓球とサッカーとバレーとテニスは午前の部で敗退を喫し、B組の応援は例外含めた男子のバスケと死闘を潜り抜けた女子のドッジボールに集中することとなる。午後の部はいわゆる三学年との戦いとなる厳しいものだが、二年B組の教室は二種目の競技が好成績を収めているためか昼休みの一時休憩という目的も忘れいつになく盛り上がっていた。
「お前らぁあああ! 勝ちたいかぁあああ!」
「おーーーーーー!!」
「優勝はあああ目前だぞおおおお!!!」
「いえええええええい!!」
「競技に出ないやつもぉおおはりきって応援――」「うるせぇ」
クラスのムードメーカー役が上靴を履いたまま机に乗って大声を上げ、それに乗ったクラスメイト達も呼応し、B組の士気を高めていた。
そんな折、屋上での昼休憩はなしということで教室で弁当を頬張っていた僕の隣からぽつりとつぶやかれた言葉が波紋を広げるように教室を静まり返らせた。本人は水を差すつもりはなかったのだろう、静まり返った教室から気まずげに窓のほうへと目線を逸らした。だが受け取ったクラスメイトたちは何を勘違いしたのか顔面を真っ青にさせ、宙にあげた拳もそのままに一斉に僕のほうへと目を向けた。
「どうにかしろ!(×40)」と目線で訴えかけている。
ご勘弁願いたい。というか岩波もなんでそこで空気読んじゃうの? いつもは気にしないくせに!
「えーと、その、午後の部も頑張ってね。岩波……サマ」
「……当然だ」
気の利いたことも思い浮かばなかった僕が場を取り繕うようにそう言えば、少ししてから短い返答があった。怒ってはいないことを確認したクラスメイト達からふぅ、とため息がもれる。
今度は士気上げの儀式を声量を小さめにしつつ再開し始めるみんなに懲りないなあと思いながらも緩んだ空気に自然と頬も緩んでしまう。
そういえば岩波に話しかけたとき、心なしかアッシュグレイの髪から覗く形のいい耳が赤いような気がしたのは僕の気のせいなのだろうか。