球技大会編(2)
あれから岩波は何事もなかったように僕をパシリ、また僕は相変わらずパシられ、周囲は僕を腫れもののように扱うこと一週間。
ここのところぐずついていた天気も、その日は球技大会を心待ちにしていたかのように綺麗な晴天だった。
いつものように朝ギリギリに教室に滑り込むと、みんなは既に戦闘服――クラスTシャツに着替えており、おのおの仲の良い友人と談笑に耽っていた。本当に賞品狙いでいくつもりなんだろう。こういうところで結託の良さを発揮しなくてもいいのに。
ひと際目立つ輪の中心にいるルーム長がドア付近にいる僕に気づいて更衣室へと顎で促す。それに素直に従って着替えの入った袋を手に教室を出た。賑わっていた教室に岩波の姿は見えなかった。
僕の通う学校では、球技大会は一日を通して行われる。体育祭は基本的には学年別で競い合うけれど、球技大会は学年関係なくクラス別対抗で競う。今年はAからFまで計18クラスある上にトーナメント式でおこなわれるため、おおざっぱに分けて午前の部と午後の部があり、午前の部は地区大会の初戦のようなもので実力の差がはっきり分かれる試合が多い。一方で午後の部はいくらか勝ち抜いたクラスが試合をするためにそれなりに見物であり、生徒の熱気が最高潮に達するのもその時間帯だ。
(去年は「野郎ども、よく聞け! いいか、午前の部は前座だ。午前の部の勝敗で満足しているなど笑止! 我々が目指すのは優勝、ただそれだけだ!」と机の上に立ちながら高笑いをしている人を囲んでうおおおおと雄たけびをあげていた三年生をたまたま目にした僕はその雰囲気に完全に飲まれた。)
第一体育館を半面ずつ分けて男子のバスケと女子のバレー、第二体育館で男子の卓球、グラウンド近くのテニスコートで女子のテニス、グラウンドを半面ずつ分けてドッジボールとサッカーといったように分けられている。自分の出番が無い時は、クラスの応援をしに行くため人の行き交いはいつもより多いのだが、無難に卓球にした僕がいる第二体育館は立地条件的に見てどの場所からも一番遠く、また狭いためにあまり応援目的の人は来ないだろう(それに見ている分には地味だ、なんて言ったら卓球部の人に怒られそうだ)。気楽にできるから僕としては嬉しいんだけど。
着替えた後、そのまま体育館に直行した。開会式はどの競技に出るのにもかかわらず全員でなければならない。ぽつぽつと並んでいる男女別の出席番号順の列に僕も加わる。みんな極彩色にオリジナルのデザインが入ったTシャツを身に纏っていてなんだか滑稽だ。
だいぶ人が揃ったところで、岩波が現れた。周りがどよめいて雰囲気が一変する。圧倒的な存在感を見せつけながらも本人はその周囲を気にすることなく一番後ろに並んだ。
緑色の生地に変なキャラが描かれたクラスTシャツも、彼女が着れば原宿に売っているようなオシャレな古着のようにしか見えない。いつも隣にいる彼女が、今日はやけに遠く感じる。遠目で見ているせいだろうと僕は結論づけた。
開会式の言葉、球技大会においての諸注意、生徒会の話、校長の話、校歌斉唱エトセトラ。
こんなだらだらとした式はこびでは生徒のモチベーションも下がるだろう。周囲を見渡せば舟を漕いだり、友人と話したりしている人が大半だ。
それでも司会が『続きましては校長の話です』と言った時、突如として私語は止み、皆ぴんと背筋を伸ばした。
壮年の男が舞台に上がっておもむろにマイクのスイッチを入れる。しわが刻まれたその顔は温和さと聡明さを湛えていて、初めてみた時に好感をもったのを覚えている。
「生徒諸君、ごきげんよう」
耳になじむような深いバリトンの声は、その端倪すべからざる容貌に拍車をかけている。皆も少なからずそれを感じ取っているようで、800人近くが収容されていると思えないほどに体育館は静まり返っていた。
「今年は総合優勝じゃなくても賞品を出すことにした。もちろんわしの給料の範囲内でじゃが。自分の欲に素直になって頑張るがよい」
そう言っていたずらっぽくウインクする。口が裂けても本人には言えないけれど、妙に似合っていてなかなか食えないおじさんだと思う。
「今日という日は勉学を忘れ、純粋に楽しんだものが勝ちじゃ。皆、存分に今日を楽しみなさい。――以上」
わっと歓声があがり、拍手が沸き起こる。これは校長の人徳だろう。僕も、それに便乗することにした。
さあ、球技大会の始まりだ。
卓球はダブルスで各クラスから2組出る。その2組を交互に出しながら試合をするため、実質団体戦といってもいい(運動部ではないからよくわからないけれど)。バスケやサッカーと違うかと思いきや、意外と気が抜けないのである。
僕のペアは眼鏡をかけた大人しそうな子だった。最初の数日で話したほぼ全員のうちに入っていない子で、普段はぽっちゃりした子と二人で教室の隅でひっそりといたような記憶がある。よろしく、と声を掛けるとその子は怯えの表情を滲ませながら――ちょっと心外だ――軽く会釈を返してくれた。
頑張ろう、と気合いを入れたのは良いのだけれど。結局、平々凡々を地で行く僕と(俺様不良のパシリになったのは計算外だったが)、お世辞にも運動が得意そうとは思えないその子のペアは、二回戦目の初試合で僅差で負けてしまった。
僕としては中々良い試合をしたつもりだったのだが、その子は自分が足を引っ張ったのだと思ったのか――確かに凡ミスしまくって相手に点を取られたのが目立ったけれど――僕に向かって土下座をしそうな勢いで謝るので、自分のミスを引っ張り出して相手をなだめすかせる羽目になった。
もうひとつのペアの方に謝りにいくと、相手も強かったし仕方ないと腰を引き気味に言ってくれた。なぜこんな弱そうな自分に皆身構えているんだろう、なんてことは思ったりしない。パシリという不名誉な称号を貰ってからというもの、こういった反応は少なくないのだ。岩波の舎弟かなんかだと勘違いしているんだろう。一介のパシリ相手に腰を引き気味って当事者じゃなければちょっと面白いのだけれど。
そんなわけで、午前の早いうちに敗退してしまった僕たちは暇を持て余していた。ここにいても仕方がないので、一番近い第一体育館を覗くことにしよう。今の時間帯ならB組が試合をしているかもしれない。
推敲は後々します。
勢いで書いているので文章がおかしな箇所があるかもしれません。
そのときは教えていただければ幸いです。