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期末テスト対策編(1)

 球技大会が終わってから数日後、のどかな日常が待ち受けているかと思えば期末テストまで二週間を切っていることを周囲の話を耳にして思いだした。

 思い出したくなかった。


 さらに追い打ちをかけるように担任――北嶋がSHRで爆弾発言を落とす。

「今回のテストで成績の悪い奴に夏休みは補習を行う。せいぜいもがき苦しめよ」

 一教育者ならぬ言葉にクラス中は阿鼻叫喚の渦に巻き込まれた(主に成績不振の者が)。



「はぁああ、どうしよう……」

「辛気くさい溜息吐いてんじゃねぇよ。うぜぇな」

 僕がこんなにブルーな時にも溜息吐いちゃいけないって。うざいって。辛辣すぎるよその毒舌。今は特に心にアイスピックのごとく突き刺さる。

「うぅう、テスト嫌だ。赤点取ったら夏休みに補習があるんだよ?」

「あ? テスト? もうそんな時期か」

 まっ、奥さん聞きまして? SHRにいなかったからってテストという単語が初耳でもそんなあっけらかんとしていられるのは貴方くらいですよ! その余裕はどこからくるんだ! なぜ天はこの人に二物以上を与えたもうたんですか!

「……パシリが夏休みで使えねぇのもな」

 信仰心のカケラもない僕が脳内で神様につらつら文句を言っていると岩波がぽつりとつぶやいた。

 なにやら不穏な言葉が聞こえたような気がする。


「おい、お前が苦手な科目はなんだ」

「あ、えと、やばいのは古典と英語。他は赤点取らない程度にはとってる」

 少し面倒くさそうに僕を見て思案げな顔をする。


「仕方ねぇ。――よし、俺が特別に勉強を見てやる。感謝しろ」

「え、えええええええ!? 天変地異の前触れ!?」

 思わずそう叫んでしまったのは仕方がない。突き抜けるような晴天が広がる屋上で、鈍い打撃音がした。




***


 高校の最寄り駅から乗り換えを1回、降りた駅からしばらく歩いて高級住宅街が立ち並ぶ地区で岩波は足を止めた。

「着いた」

「は――?」

 会話らしい会話もほとんどせずに、そんな爆弾発言を投下したものだから思わず訊き返してしまった。

「ここ、俺んち」

 そう言い置いて、岩波が颯爽と中へ入っていく建物の外観といえば。

 周囲に負けず劣らず品のあり、それでいて高級そうなセレブが住みそうな高層マンションだった。

 これが巷でよく聞くシロ●ネーゼというものか。ここは別に白●台ではないけれど。


 岩波の後を慌ててついていくと広々としたフロアとゆったりとした高級そうなソファなどが置かれており、一生のうちにお目にかかれそうにない高級マンションの様相がありありとうかがえた。岩波はちょうど管理人と話をしているらしい。

 僕が入ってきたのに気付いたのかこちらを振り向いた岩波の表情には、いつもの無愛想に加え別の色を浮かべていた。

「もう一人、いるけどいいか」

「あ、うん。別にいいけど!」

 ご家族の方だろうか。そういえば岩波の家族構成って聞いたことないな。


 そのまま周囲の景観を眺めることのできるガラス張りのエレベーターに乗り込む。

「そういえば岩波んちって何階?」

「あー……使ってんのは最上階。一応ここ親父の私有財産だから」

「へー、そうなんだ、って、えぇええええ!!??」

 岩波はどこまで僕を驚かせたら気が済むんだろう。

 小金持ちじゃなくて大金持ち設定とは。ただでさえ岩波のハイスペックなステータスに金持ちという付加価値がついてしまって、いよいよ天の上の存在に思えてくる。

「俺の一人暮らしで家の奴ら誰もいねぇけどな」

 僕がぽかんと口をあけて岩波を見ていると、眉を寄せて吐き捨てた。

 発言内容と、その態度に何か引っかかりを感じて首を傾げる。と、ゆったり上昇していたエレベーターが止まったため僕の思考はそこで途切れた。


「ちーちゃああああああああああん!! おっかえりーん!!!」

 玄関のドアを開いた岩波が素早く後退し、叫びながら飛び込んできた物体をひらりを交わした。


「ヒツジ」

 壁に激突した相手が岩波のその言葉に勢いよく振り向いて、僕は思わず息をのんだ。

 チャラ男。第一印象はまさにそれだ。ただ、残念な雰囲気チャラ男ではなく、整いすぎた顔立ちの美形チャラ男。

 染めたのか少しいたんだ金髪を後ろで縛っていおり、男で長髪は現実ではないな、と思っていた僕の価値観を覆すほどに似合っていた。色男さが増しているその垂れがちの目は今は岩波に向けられており、高い鼻は先ほどの壁との抱擁で赤くなっていた。

「ひっでぇ! 俺のハグを避けるなんてさぁ!」

「避けるに決まってんだろアホか」

 岩波が3割増しの冷ややかな視線を男に注いでいる。僕のときよりこわい。

「んー? あれっ、ちーちゃんが男連れ込むなんて珍しいねぇ」

「人聞きわりぃこと言うなキメェ。いいから部屋入るぞ」

 僕の存在に気付いた男を岩波はそのまま中に押し込んだので何も言わず後に続いた。


「お、おじゃましまーす」

「よーこそぉ」

「テメェんちじゃねーだろうが」

「あでっ」

 容赦のない拳を男に打ち込んだあと、「のみもん入れてくるから適当に座っとけ」と言い残してキッチンへと消える。

 その岩波の後ろ姿を見送って部屋の中を見回す。モダンテイストといえば正しいか。白と黒の色彩でシンプルであるものの品のいい雰囲気だ。


 本革でも使っていそうなソファへ腰を下ろすと、対面側に座る男がじろじろとこちらを観察してきた。

 ……なんだろう、この動物園の猿みたいな気分。


「ねぇねぇ、君ってだぁれ?」

 低く男らしい声でありながらも間延びした語尾がどことなくイマドキ風の若者を感じさせる。それでも僕を射抜いてくるその目は明らかに警戒の色を持っていたけれど。

「えっと僕は、笠原望って言います。岩波とは同じクラスで――」

「へえ、ちーちゃんと同じクラスなんだ? あ、君がもしかしてちーちゃんのお気に入りのパシリくん?」

 根掘り葉掘り聞かれて内心たじたじになりながらも言葉の意味をかみ砕く。

 ――お気に入りなんて言葉が出てくるとは思わなかった。


「お気に入りかはわからないけどパシリ扱いされてるのは僕くらいだよ」

 正直にそう話せば、男はにやりといたずらっぽい笑みを浮かべた。なんというか、幾多の女の子を陥落させてきたようなそんな笑顔だ。


「あっはは、ちーちゃん不器用なんだよー。あんな顔してるけど無類の甘いもの好きでさぁ、女の子らしいとこもあるんだよぉ。頭いい割におばかだったりさー、かわいいよねぇ」

「ヒツジ、お前つまみ出すぞ」

「えー、そんなこと言わないでよー」

 間近で急に第三者の声が聞こえて心臓が跳ね上がる。

 声のした方を見ると、岩波がコップを器用に三つ持って立っていた。


 ソファを陣取っていた男を足で退けながら隣に座って、持っていたコップを三つそれぞれの目の前に置いた。

 あまりに自然な一連の行動にしばし目を瞬かせてから、あることに気づく。


「えと、そういえば名前聞いてない、です」

「あ、そーだったね。俺ぇ、日辻周っていうんだー。お日様の日にぃ辻斬りの辻ね。しくよろー」

 辻斬りとはまたなぜそんな物騒な言葉を選んだ。

 岩波とはどういう関係なのだろうか。まさか恋人……なわけは、ないだろう。岩波の様子を見るに一目瞭然だ。


「お前俺と初対面の時もそう言ってたな」

「あるぇー? そうだっけ?」

「というか辻斬りって他に言い方はないの……ですか」

「えー、だって覚えやすいじゃん。あ、君とタメだから敬語は要らないよぉ」

 それは少し無理な相談だ。日辻に慣れるにはその身に纏うキラキラオーラがあまりにも眩しい。

 そしてこんな美男美女に囲まれた僕は確実に場違いである。


「見た目はチャラ男で中身はこんなナヨナヨした奴だ。とりあえず殴らせろ」

「ん? 最後のおかしくない?」

「お前の喋り方がムカつくんだ」

「あはは、いつものことじゃーん」

「……仲良いですね」

「はぁ!? どこが!」

「そうそう、俺達ちょー仲良し! って敬語要らないってばぁ」


 しばらく岩波の口からは聞けそうにない。

 僕の周囲にはいなかったタイプの知り合いがまた一人、増えました。



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