番外:天然って怖い
岩波千歳は、外見だけで言えば絶世の美人だ。筋の通った鼻に小ぶりの桜色の唇。何より目を惹くのは長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳で、灰色がかった綺麗な色を湛えており、前髪と襟足が長めの艶やかな髪も瞳に合ったアッシュブラウンで、その色彩とパーツがどこか異国の雰囲気を醸している。本人には聞いたことがないので分からないが実際に外国の血が混じっているのかもしれない。
その中性的な顔立ちは、彼女を性別不詳にしていた。それでも女性だとはっきり分かるのは、喉仏のない細い首や女物の制服、そしてその短いスカートから覗く白磁のような綺麗な足。
変態といわれたらそれまでだが、僕は微妙に足フェチであったりする。バネのありそうなしなやかな脚線美にニーソックスときて、ここで男だと言われたらそれこそ信じられない。
「なんだ」
僕の視線に気づいたのか、彼女の柳眉がひそめられる。ただそれは変態に対して向けた目ではなくて、彼女なりのコミュニケーションの取り方だ。最近気づいたことだが、彼女の表情は大体不機嫌そうにしているか真顔か、そのどちらかしかない。多分、不器用なのではないかと思う。
とにかくそんな下心のある気持ちで見ていたら、有無を言わさず彼女にボコボコにされていただろう。
「あ、いや……綺麗な足だな、と思って」
そんなことを考えていたら無意識にそんな言葉が出てしまった。まずい、と思った時にはもう遅かった。鋭い痛みが左頬を駆け廻ったと同時に、視界がブレるほどの衝撃。じんわりと熱を持ち始めたそれを左手で抑え、生理的な涙に目を瞬かせる。けれどそんな痛みさえ、彼女の様子を視界に入れたとたん吹き飛んでしまった。
「な、な……っ! 何言ってんだっ!」
いつもは吊り気味の眦と細い眉が、今は頼りなさげに下がっている。さらに拍車をかけるように白い肌を紅色に染める彼女は、それはそれは可愛らしかった。
心臓がどくりと跳ね上がった。呼吸の仕方を忘れる。頬の痛みさえ、些細なものに感じられるような。
え、え、え。可愛いって思ったなんて、そんなバカな。
意識してしまえば、左頬だけではなく、顔全体にぶわりと熱がまわる。僕は左頬を抑え、彼女は拳を握りながらも立ったまま。永遠と思えるくらいの時間を――実際は数秒にも満たなかっただろうが――二人とも顔を真っ赤にしたまま無言でその場に佇んでいた。
「へ、へんたいだな、お前……」
やっと口を開いた彼女が言った言葉が、早鐘のように鳴っている心の臓に違う方向からとどめをさした。同性にからかわれるのと異性に引き気味に言われるのとではダメージの差異が大きい。
変態なんて、初めて言われたよ……。
翌日から彼女がスカートの下にジャージを着用した理由は、僕だけしか知らない。