番外:素朴な疑問
僕は前々から気になっていたことがある。
ちらり、と彼女を横目で見る。パンをすっかりお腹に収め終わったためか、いつもの定位置でフェンスにもたれかかりあぐらをかいて空を見つめていた。ちなみに今日の天気は雲量4といったところか。
「あの」
基本的に僕から話すときは大抵こんな腰の低い一言から始まる。
「なんだ」
間をおかずに返事が返ってくる。今日は割と機嫌がいいみたいだ。あまり表情が多彩ではなくとも、出会ってから結構な時間を彼女と過ごしていれば、自然と間の取り方や微妙な声調の変化で分かるようになっていた。
「ずっと前から気になってたんだけど」
「……」
「屋上って、立ち入り禁止だったよね」
「そうだったな」
……え、会話終了?
「そ、それで思ったんだけど」
慌てて言葉を紡ぐ。空を見上げていた彼女の眉が少しだけ動いた。
「……」
「いつもどうやって入ってるの?」
昼休みが終わった後は購買に真っ先に向かうので、僕がここに来る時はいつも開いているのだ。確か、新入生オリエンテーションの時は立ち入り禁止だと先生が説明していたはずだが。
岩波は無言でスカートのポケットをまさぐると、チャリといわせて数個の鍵がついているキーホルダーを取りだした。
「えと、屋上の鍵を、岩波が持ってるってこと?」
「そうだ」
え、それって――。
「教師を脅して奪い取った」
「えぇえええええええええ!!」
「うるせぇ」
心の声が思わず出てしまい、思いのほか大きかったのか彼女が顔をしかめながら僕の頭に拳骨を落とした。手加減してはいるんだろうけど痛いです。
「そもそも立ち入り禁止なのは、転落・自殺の防止のためじゃなかったっけ」
自分たちの背の二倍近くはあろうフェンスは、それだけでもその機能を果たしているように見えるけど。なぜ、彼女はわざわざ屋上の鍵を奪取したのだろうか。不良といえば屋上だから? え、そんな単純な理由? まさか。小説や漫画での不良の溜まり場といえば屋上である。でもそのセオリーが彼女に通用するかどうかまでは分からない。頭を振ってその安直な思考を払拭する。
「んなバカげたことはしねぇよ」
そう言うと彼女は再び空に目線を移す。ゆっくりと流れる雲を追いかけるように、けれど意識はまた別のところにあるようだった。
「俺はただ」
「……」
緊張感を持って次なる言葉を待っていると、こちらを見る彼女と目が合った。彼女は逡巡するように視線を逸らす。困ったような、気まずいような、そんな――。
「っ、もうどうでもいいだろ!」
「いたっ」
今度は何もしていないのに先ほどよりも強い力で殴られた。あまりに理不尽ではないか、と生理的な涙で輪郭がぼやける中思った。
それでも反抗する気にはなれなかった。報復が怖いからだけではない。
痛む頭を抑えながら僕の目が捉えたものは、わずかに紅潮した彼女の横顔だった。
――意外に彼女も、単純な性格なのかもしれない。
知らずのうちに口元が緩む。落ち着いた頃、彼女にそれを目撃されて酷い目に遭うのに、そう時間はかからなかった。