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恋人召喚~あなたに都合のいい男、錬成します~

作者: 電線の雀
掲載日:2026/07/13

 フィオナは亭主が止めるのも聞かず、宿の廊下を突き進んで目当ての部屋の前に立った。

 壁が薄くて中の声が聞こえる。


「……フィオナとは……なんだ……愛して……ジュリア」


 聞き覚えのある声である。女の声であんっとか、いい、とかクスクス、とか聞こえる。


「……フィオナが……かわいそ……ヒューゴ」


――耳が腐るわ。


 そこでフィオナは思い切り、ドアを蹴破った。


 中にいたのは、ベッドの上で全裸で抱き合っている、フィオナの婚約者ヒューゴとフィオナの親友ジュリアだった。


 この言い逃れできない状況に、慌てて体を離し、二人共言い訳を始めるが、正直フィオナはこいつらが何を言っていたのか覚えていない。


 結論としてヒューゴ有責での婚約破棄が認められ、フィオナは晴れて浮気性の婚約者とも、親友の婚約者を寝取る女とも別れられたのである。両家からもがっぽり慰謝料をぶんどった。社交界でも話題なので、当分あの二人に縁談は来ないだろう。フィオナにも。


 そう、瑕疵のないはずのフィオナにも縁談は来ない。もう二十歳を越えていて、年の近い者はおろか年下も結婚している。

 残っているのは訳ありばかりである。フィオナのような。後は金満家のご老人の後妻か修道院か……。


 フィオナとヒューゴ伯爵令息が婚約したのはフィオナがまだ十歳の頃だ。顔合わせの時にもヒューゴは不満そうな顔をしていた。大方、王族の血縁の自分が男爵家ごときに婿入りする事が気に入らなかったのだろう。王家から婚約を押し付けられて不満だったのはこちらも同じだというのに。しかし家格の低い我が家に断る選択肢はなかった。


 それでも、婚約者としての義務は果たしてきたつもりだ。向こうはそんな気はなかったが。


 そしてジュリアは何かと遠巻きにされがちなフィオナに初めてできた友達だった。明るくて可愛くて大好きだったのだ。


――でも、今思えばジュリアの態度って友人に対するものじゃなかったわね。


 学生時代は成績のいいフィオナのレポートを勝手に自分の名前で提出したり、テスト前にノートを強奪したり……。会話といえば一方的な自慢話ばかり。それでもフィオナはジュリアを疑っていなかった。初めての友達に舞い上がっていたのだ。でも友達なんかじゃなかった。





「お父様、ごめんなさい。私しか子供はいないのにこんな事になって……跡継ぎには親戚から養子を取ってください」

「お前のせいじゃない、気にするな。私は最初からあの男との婚約は乗り気じゃなかったんだ。それを王家がしゃしゃり出て来て……無理にアレと結婚してもいずれ破綻しただろう。良かったんだよ、これで。それに私もまだ若い。まだまだ引退はしないから、後継の事は気にしなくていい」


 家格の低い男爵家の我が家ではヒューゴとジュリアの不貞があっても、婚約を継続させられる可能性もあった。しかし父は爵位を返上して他国に移住する事まで考えていた。それにいかに木っ端貴族とはいえ、王家が権力を笠に着て無理を押し通せば、他の貴族家からの求心力を失いかねない。

 父のおかげでフィオナは自由になれた。


 そしてフィオナはぐっと決意を込めて父を見た。


「いいえ、お父様、養子を取ってください。私は出奔します。また王家に横槍を入れられる前に」

「出奔って、フィオナ!考え直しなさい。その若さで神と結婚するなんて!」

「行くのは修道院ではありませんわ、お父様。大森林です」




 そしてフィオナは大森林の入り口に来ていた。

 このどこまでも広い森は、周辺の浅い部分以外どこの国にも属していない。

 なぜなら、どの国もこの森を踏破できないから。

 この森には濃い霧が立ち込めており、その霧には幻覚作用と微弱毒があり、昼間でも暗く視界も悪い上、強力なモンスターが彷徨いている。そのため野生動物はおらず、独自の生態系を持っており、植物でさえ人を襲い喰らう。

 しかしフィオナはこの森にやって来た。この森の深い場所に住むという、魔女に会うために。




 一ヶ月後――


 森の中を彷徨い、時にはモンスターと戦い、フィオナは目当ての魔女の家にやってきた。


 この森は誰にも踏破できないはずだが、フィオナは別だ。なぜなら、鑑定や生活魔法、攻撃魔法、身体強化、空間魔法に移動魔法、錬金術、薬草学、従魔術、治癒魔法、あらゆる魔法を極めているのだ。

 それ故王家に目を付けられ、王族の血縁であるヒューゴを押し付けられたのだ。フィオナの力を取り込むために。フィオナの魔力は一国の軍隊をも凌駕する。母国だけでなく、人間兵器として軍事利用するために各国は欲しがるか、危険視して排除しようとしていた。


 フィオナは魔女の気配のするあたりに幻惑の魔法がかかっているのを見破り、それを無効化した。更に結界が張っており、それもなんとかしようとしたところで、声がかけられた。


「およし、これ以上あたしの魔法を壊すんじゃないよ」


 黒髪に紅い瞳の若い女がフィオナの隣に立っていた。

 息を飲んで距離を置き、臨戦態勢を取る。


――勝てる気がしない。


 フィオナは生まれて初めて、圧倒的に自分より強い存在に畏怖した。


「あぁ、止めときな、あたしに殺気を向けるんじゃないよ。それにしてもあんた、人間にしておくには惜しい魔力だねぇ」




 フィオナは魔女の家に招かれた。煉瓦造りの可愛らしい外観の二階建ての小さな家だったが、リビングに通されると中は以外と広い。掃除も行き届いており、居心地のいい家だった。


「で?百年ぶりに人間がここまで来れたんだ。何か用があるんだろ?」


 魔女――名はステラだと名乗って、フィオナに薬草茶を出してくれた。


「魔女様はホムンクルスが作れると聞いています。その知識を授かりたくて来ました。私を弟子にしてください。お願いします」


 ステラはお茶をズズーと音を立てて飲みながら言った。


「ホムンクルスは神の領域さ。いかに魔法に精通していようと、人の身には余る業だよ。それに……ホムンクルスなんか作らなくとも、あんたは人間を作れるだろう、その身体で」


 フィオナは眉を八の字にして、ここに来るまでの経緯を語った。


「それで結婚がダメになったから、子供を産めないって?バカかあんたは。そんなわけないさね。まぁ、人間の寿命は短いし、女の花の命はもっと短いからね。――いいだろう、ここまでやって来たあんたの根性を買ってホムンクルスを見せてやろう、ただし――」


 フィオナはゴクリと生唾を飲み込んだ。


「ただし――?」

「あたしが錬成できるのは人間の男だけだよ。それと、その男の魂魄を定着させるのに、あんたの魂の欠片を貰うよ。いいかい?」


――魂魄?魂の欠片?


「……魔女様、それはいったいどういう魔法なのですか?」

「魔法ではないさ。何、心配しなくとも、お前さんに不都合はないよ。ただねぇ相手にあんたの一部とはいえ魂を分けるんだ。魂の絆みたいなのができちまう。これはあんたが死んだ後も続くものだ。だからこれはあんたの運命を錬成すると言ってもいい。一生の付き合いになるだろうからね。まぁ、普通に恋人になるんじゃないかい?」

「……恋人……私にも恋人が?」


 ステラは材料をテーブルに並べながら話した。中にはフィオナにも何か分からない素材もあって、興味深く見ながら聞いていた。


「……それじゃ一通り材料が揃ったところで、あんたの男の好みを聞こうか」

「……好み、ですか?元婚約者と結婚するものだと考えていたので、そんな事は考えた事もないです」

「それじゃあんたの好みはその元婚約者なのかい?」

「まさか!そんなはずありません!……うーん、そうですね、まず浮気者は嫌です」


――フィオナは一通り好みの男性像を語った。まず浮気をしない、誠実な人柄、勤勉である、恋人を大切にできる、家族を大切にできる、気遣いができる、吝嗇家でも浪費家でもない経済観念がある事、清潔感がある事。


「ふぅん、つまらない男が好きなんだねぇ」

「魔女様、そのつまらない男が私には手の届かない相手だったのです」

「あぁ、ごめんよ。もしかして元婚約者とは正反対なのかい?」

「……そうです」

「人間性みたいなのは分かったけど、その通りの人間が来てくれるとは限らないよ。次は外見の好みを聞こうか」

「……外見は特に……いえ、あります。年齢は同じくらいで、身長体重、顔の造作は一般的な方がいいです。普通がいいです。ただ、筋肉……頼り甲斐のある筋肉質な方が好きです!」

「あぁはいはい、筋肉好きな女は多いねぇ。まあそこはあんたの希望を聞いてやろう。ところでオプションはどうする?」

「オプションですか?それはどういう……」


 ステラは人の悪い顔をしながら言った。


「身体の相性も大事だろ?たとえば、絶倫とか巨根とか床上手とかさ。ヒッヒッヒッ」


 ステラはいかにも魔女っぽく笑っているが似合っていない。フィオナは赤くなりながらも即答した。


「そういうのは要らないので!」

「そうだねぇデカけりゃイイってもんでもないしねぇ」


 絶妙に会話が噛み合っていないが、地下室に降りた二人は「それじゃ、とっとと始めるかね」というステラの号令で巨大な錬成窯に材料を並べて行く。


「そんじゃ、ここに魔力を流すよ」


 ステラは錬成窯に細く長い魔力の糸を注いでいく。そこにヒト型の暗い影が浮かび上がり、形を変えながら徐々に大きくなる。一定の大きさに育つと、ステラは魔力を止めた。


「さて、ここからが本番さ。これから喚ぶ魂は異世界の地球って星に生まれたんだけど、何しろ地球は人間が多くてね。人間のどのコミュニティからも弾かれて居場所のない魂がゴロゴロしてるんだ。そういう連中は地球に未練がないから喚びやすい。その中からあんたの好きな魂を召喚するんだ。それはあんたにやってもらうよ」

「私がですか?でもそんな事できるんですか?」

「喚ぶのはあんただけど魂魄の定着はあたしの領分さ。あんたは理想の恋人を想像しながら、こっちに来るように呼びかけるだけでいい」


 そう言われてフィオナは両手を胸の前で組んで目を閉じて祈った。


――えーと……浮気しない真面目で誠実な方求む!三食昼寝膝枕付き!


 なぜか暖かい空気の塊に触れた気がしてフィオナは目を開けた。

 フィオナから光る球が現れ、それが錬成窯のヒト型に吸い込まれた。




――辺りが眩い光に包まれ……る事もなく、錬成窯の中のヒト型は大人の男の姿で眠っていた。


「どうやら成功したらしいね。……でもこいつ膝枕付きに食い付いたんだけど、大丈夫かねぇ」




 男は暫くして目を開けて、言葉を話した。


「……ここは……異世界転移?異世界転生?」

「さすが地球産は話が早いねぇ。魂魄の定着も上手くいったみたいだ。フィオナの知識を貰って言葉にも不自由していないしね」


 男はすっぽんぽんだったので、フィオナがとりあえずシーツを被せたら、それを身体に巻いて座っていた。

 辺りを見回して、ステラを見て、それからフィオナを見て顔が赤くなり、またステラを見た。


「勇者召喚……ではない?」

「察しが良くて助かるよ。勇者なんて大それた者は喚べないからね。あんたを喚んだのはこっちのフィオナだよ。詳しい話はフィオナとしな。フィオナ、こいつに服を貸してやりな。あたしの元恋人の服が屋根裏部屋に仕舞ってあるはずさ」


 フィオナは急いで男物の服を見繕い、男に着せた。それから三人はリビングに移動した。


「身体はどうだい?どこか違和感はないかい?」

「……この身体は俺のではないのか?元の身体とそんなに違いはないから、違和感はないけど」


 男は自分の身体を見ながら答えた。


――なるほど、理想的なバランスの取れた筋肉をしている。


「あんたの身体さ。あたしが作ったんだけどね。それで、あんた名前は?」

「本多佑利」

「ホンダユーリ?」

「ホンダが家名でユウリが名だ。ユーリでいい。あ、家名って言ったけど俺は庶民だよ」


 ユーリは日本という国の会社員で二十二歳だそうだ。家族はいなくて児童養護施設で育ち、大学はバイトをしながら奨学金で卒業したが、奨学金を返済するために夜間や土日も工事現場などで働いていたとか。フィオナには意味の分からない言葉もあったが、説明されながら理解した。


「……あぁ、どうしようまだ返済も済んでいないし、施設のガキ共に寄付したかったのに。それと、爺さんの形見の刀……なぁ、ステラさん、俺帰れないのか?」

「難しいねぇあんたの元の身体は消滅したし、あたしが向こうで錬成しようにも地球には魔力がないからねぇ。未練があるなら、何でフィオナの召喚に応じたのさ」


 ユーリはそこでフィオナを見て、さっと顔を反らした。


「だって……膝枕……憧れの……」


 フィオナはユーリの前に跪いて頭を下げた。


「ユーリ様、ごめんなさい!私がやったことは誘拐です。何とか元の場所に戻れるような魔法を開発します!」


 そんなフィオナを見てユーリはふっと微笑った。


「帰れる方法があるなら、お願いします。でも俺が召喚に応えたからここにいるんだし、フィオナさんばかりの責任ではないよ。後、約束は守ってね、膝枕」


 まさか成功するとは思っていなかった――と言えばステラに殴られそうな気がするので言わないが、それにしても思い付きで願った膝枕に食い付く魂がいるなんて思っていなかった。

 でも、ユーリはフィオナの望んだ真面目で誠実な人柄のようで安心した。


「……どうしてフィオナさんは異世界人を召喚しようと思ったの?」

「フィオナでいいです。敬称はいりません」

「分かった。フィオナ、俺もユーリでいいよ」


――これは何と答えるべきか……恋人……いや、無理無理ふざけんなってなる。どんな温厚な人物でも。


 そこでフィオナは助けを求めてステラを見たが、知らん顔でお茶を啜っている。


「……えーと……怒らないって約束してもらえます?」

「?聞いてみない事には何とも言えないけど」

「デスヨネ……あの、少し長くなります。包み隠さず話します。聞いた後に殴ってくれて構いません」



 小一時間、ユーリが理解しやすいように今度はフィオナが言葉の説明を入れながら、ユーリ召喚までの経緯を語った。元婚約者とのいざこざは、なるべく私情を挟まないで事実のみを語るように気を付けた。


「……なるほど。フィオナは追い詰められていたんだな」


 ユーリはそう言ってくれたが、許される事ではない。フィオナはユーリの前に顔を差し出した。


「――どうぞ」

「何?」

「どうぞ殴ってください!これでも鍛えてるんで平気です!気が済むまで!さぁ!」


 ユーリは仰け反って掌をフィオナに出して慌てていた。


「いや、ストップ!女の子を殴れるわけないじゃん!」

「……優しい」


 フィオナが涙目で訴えると、ユーリは顔を赤くしていた。


「いや、俺が特別優しいわけじゃないから!これが一般的な反応だと思うよ?」


 その二人のやりとりを余所に、ステラは空中のある一点を見つめていた。

 そして何かぶつぶつ呟いたかと思うと、その空中に手を伸ばして、何かを引き出した。


 ステラの手には一振の日本刀が握られていた。ステラが鞘をスッと抜くと、美しい刀身が現れる。


「――これは見事な業物だねぇ。銘はないけど、これには刀匠の魂が付喪神として宿っている。代々あんたの家系を守っていたようだけど、あんたの魂が時空を超えたんで、追って来たんだよ」


 そう言ってステラは刀を鞘に収めてユーリに手渡した。


「――どうして、この刀がここに……ステラさん、物質の転移は出来ないんじゃなかったのか?」

「あんたを錬成したのと同じ方法さ。モノは人間と違って形が決まっているから錬成しやすいのさ。それにしても時空を超えて主を追ってくるなんて、忠義な刀だねぇ」


 ユーリは刀を抱きしめた。


「……ありがとう、ステラさん。この刀は家族のいない俺の唯一の拠り所だったんだ。こいつのために剣道も続けられた」

「……あんた剣士だったんだねぇ」





 ステラはしばらく何か考え事をしている様子だったので、フィオナ達二人はステラを黙って見ていた。


「……腹が減ったねぇ」


 ステラの呟きにフィオナが反応した。


「私、何か作ります!」

「そんじゃ、寿司が食いたいねぇ」


 寿司なんて見た事も聞いた事もないフィオナは、立ち上がりかけて固まった。


「ふふっ……寿司を食べに久しぶりに日本に行ってくるかねぇ」


 ユーリが驚いて見ている。


「……ついでにあんたの借金も返しておくよ。ガキ共の様子も見ておくさ」

「……ステラさんは地球に行けるのか?」

「……行けるんだが、魔法は使えなくなるんだよねぇ。まぁなんとかなるけどさ」


 ユーリはステラに頭を下げた。


「借金の返済まで頼むのは心苦しいが、頼む。俺の口座の預金は好きに使ってくれて構わない。そんなに額はないが」

「あんたに頭を下げられたらあたしの立場がないだろ。未練のない者を召喚するつもりだったのに、しくじったのはあたしなのさ」

「それでもだ」


 ステラはユーリの下げた頭をポンポンと軽く叩いて、フィオナを見た。


「この家と、この森をあんたにやるよ。この森の霧はあたしの魔力で作っているのさ。あんたなら、なんとかできるだろ」


 フィオナは突然の事に返事もできないでいた。


「あんたも、ユーリも、この大陸のどこにも居場所がない。ないなら作ればいいのさ。どうやって作るかは自分で考えな。あんたの魔力とユーリの知識があれば、大抵の事は成し遂げられるだろ。まぁどう生きるのかはあんたが自分で決めるんだよ、フィオナ」


 そう告げると可愛らしくウィンクした。


「あたしは向こうに渡ったら百年は戻らないからね。地下に転送魔方陣があるから好きに使いな。じゃあね」


 それだけ言うと、フィオナの返事も聞かずにステラはふわっと消えてしまった。


 フィオナはステラが消えた空間を見つめていた。ステラとは今日出会ったばかりだが、一日に起きた出来事が濃密すぎてフィオナの感情が追い付けなかった。

 気付いたら、泣いていた。


 それを今日出会ったばかりのユーリが心配そうに見つめていた。

 



 その日は疲れていたが、腹は空く。フィオナは勝手知ったるステラの家で夕食を作る事にした。何しろ三食昼寝付きを約束したのでユーリを飢えさせるわけにはいかない。

 ユーリも自炊をしていたので料理が出来るらしく、野菜を洗ったり刻んだりしてくれて、二人で作った料理は美味しかった。


「……居場所を作れってどういう意味なのかしら」

「どの国もフィオナを軍事利用したり、排除しようとするなら、やっぱりフィオナを軍事利用できない国を作れって意味だと思うよ。それだけの国力、防衛力のある国を作るには時間がかかりそうだけどね。二人だけじゃもちろん作れない。仲間を作らないとね」


 フィオナは頭を抱えた。


「やっぱり、そうよね。ここで一人で住む選択肢はないのかしら」

「俺は入ってないの?」

「……ユーリにそんな閉ざされた孤独な生活をさせたいんじゃないわ。あなただって自由に生きていいはずよ、私に縛られずに」


 ユーリは黙ってしばらくフィオナを見つめていた。


「それって俺を尊重しているようで実は拒絶してるよ」

「――!!そんなつもり……いえ、そうよねその通りだわ」

「なぁ、フィオナ。俺はまだここで生まれたばかりで頼りにならないかもしれないけど、そのうち力をつけるからさ、頼れるくらいには。だから、少しくらい甘えてもいいんだよ?」


 フィオナは本日二回目の涙腺崩壊を起こしていた。


――今日出会ったばかりの二人に、何回泣かされるのだろう。人生でこんなに泣いたのは初めてだ。




 翌朝、ベッドで目覚めたフィオナは、見覚えのない天井に夕べの記憶を手繰りよせて、一人悶絶していた。

 あの後泣きつかれて眠ったフィオナをユーリがベッドまで運んでくれたんだろう。服は昨日着ていたままだった。


――知らない異世界でユーリの方がどんなにか不安だろうに、何をやっているのだ自分は。情緒が不安定すぎる。


 フィオナが二階のベッドルームから一階に降りると、ユーリが起きて朝食の準備をしていた。


「おはよう、フィオナ。簡単なものだけど朝飯食う?」


 フィオナが頷くと「じゃ顔洗っておいで、用意しとくから」と洗面所を指差された。


 

「……おはよう」


 フィオナが洗面を終えて軽く身支度してから挨拶すると、ユーリは屈託のない笑顔で返事をした。朝食は目玉焼きにソーセージ、簡単な野菜スープとパンだった。

 美味しそうな湯気に目がくらくらする。


――こいいうの何て言うんだろう?幸せ?




 朝食を食べ終えて、作ってくれたお礼にフィオナが後片付けをした。

 ついでに食後のお茶を淹れてリビングで二人で今後の相談をする。


「一度実家に顔を出したいの。出奔すると言って行った先が大森林だし、一月以上連絡してないから心配していると思うの。これからの事はその後でもいいかしら」

「……それは帰った方がいいよ。心配して待っていてくれる人がいるなら」

「……それでね、あなたの事を何て説明しようか悩んでいるの」

「それは恋人でいいんじゃない?」


 フィオナはまた頭を抱えた。


「大森林に行って、恋人を連れ帰る娘なんかいないのよ」

「でもフィオナは普通じゃないし、そういう事もあるんじゃない?」


――この男優しげな顔をしてなかなか言う。


「分かったわ。なるようになるわ。取りあえず一緒に行きましょう。魔女様の転送魔方陣があればすぐに戻れるはずだし」





 フィオナとユーリは準備して、と言ってもユーリは刀しか荷物はないし、フィオナの荷物は全部収納魔法に入っている。二人は地下の魔方陣のある部屋に入った。

 この魔方陣には行き先の指定がされておらず、フィオナの行った事のある場所ならどこへでも行ける。


――こんなものを作れるのは魔女くらいのものね。行き先指定のものなら作れるけど、これは私には無理だわ。


 まず普通の魔法使いは転送魔方陣を作れないのだが。


 フィオナは座標を王都の自室に設定して魔方陣を起動した。





 一月前に後にした時と何も変わらない自室に二人は無事到着して安堵した。


「……私はお父様に話してくるわ。少しここで待っていてくれる?」

「分かった。大丈夫だよ、箪笥を開けたりしないから」

「……バカねそんな心配はしてないわよ」


 ユーリの軽口にフィオナの緊張が少し解れた。


 部屋を出て、父の執務室を目指すが、屋敷の空気が重い。使用人は少ないが、だからと言って誰にも会えないのはおかしい。フィオナは嫌な予感に眉を潜めながら廊下を急いだ。


「お嬢様!フィオナお嬢様!」


 声に振り返ると、執事のセバスが数年分老け込んだ様子でこちらに走って来た。

 この忠義者の執事が声を荒げることも、廊下を走る事も、何かただならぬ事が起きている事を示していた。


「良かった!お嬢様今までいったいどこに……」

「セバス、何があったの?」


 セバスは疲れの見える瞳で縋るようにフィオナを見た。


「旦那様が、王宮に連行されました。罪状は背任だそうです。お嬢様が出て行かれて数日後でした。使用人は辞めた者もおりますが、旦那様の無実を信じて残った者も多くいます」


 そこからのフィオナの行動は早かった。


「セバス、食料や医薬品はありったけ、飲み水は必要ないわ。金目の宝飾品などを持ち出せるように纏めるように指示をだして。それから使用人とその家族全員連れて移動するわ。馬もね。テント代わりになる布とか衣服も持ち出して。私が全部運ぶからそのつもりで準備していて。終わったら全員安全な結界の張ってある地下室で待機していて」

「お嬢様……何をなさるおつもりで……」

「――戦争よ。この国と戦うの。私を舐め腐ってる連中をブチ殺してくるわ」


 フィオナは怒りで自分が帯電している事に気付かなかった。パチパチとフィオナの周囲を光が走る。


――迂闊だった、王宮がここまで腐っているとは。どうか、お父様が生きていますように。そうでなければ、私は何をするか分からないわ。


 その時ユーリが廊下の向こうから走って来た。


「フィオナ!俺も行くよ。露払いなら任せろ」

「ユーリ!でも危険よ!」

「大丈夫!俺にはこいつがいるから」


 そう言って腰に提げた刀を撫でる。


「分かった。一緒に行きましょう。思い上がったあいつらに地獄を味わわせてやるわ」


 そこからフィオナはユーリを連れて王城の真ん中に転移した。謁見の間に着くとその重たいドアを壁ごと破壊した。


 中にいた官吏や衛兵、近衛全員に雷撃をお見舞いして失神させる。宮廷魔法師が攻撃魔法を放ってきたので全部返してやった。中には死んだ者もいるだろう。


 フィオナは玉座に座る愚か者を見た。


「フィリップ!お父様を返しなさい。無傷でね。でなければ、お前は生きているのを後悔するような苦しみ方で殺してやるわ」

「……無礼であろう」

「無礼?私は愚者に下げる頭など持っていないの」


 フィオナはそう言い放つと、フィリップ国王の腕を魔法で斬った。


「――くっ!化け物が!」


 斬られ腕を押さえながらフィリップ国王は叫んだ。フィオナはもう片方の腕も斬った。フィリップ国王は絶叫しているが、知った事ではない。


「お父様はどこなの」


 フィリップ国王は脂汗を流しながら答えた。


「ち、地下牢――アアアアッ!!!誰か!こいつを殺せ!」


 その時ユーリが刀を振るって国王の首を跳ねた。


「禍根は残すべきでない。フィオナ。命まで取る気はなかっただろう」

「……あなたにこんな真似を……私はいつも間違えて大切なものを見失うの。行きましょう。ユーリ」




 二人は広い王宮内を転移して地下牢にやって来た。普通、貴族籍で罪を犯した者は貴族牢に収容されるはずなのに。


 フィオナは魔力探査で地下牢内に父の魔力を探した。


 そして微かに残る弱々しい父の魔力を探し当てた。フィオナとユーリはそこまで一気に転移した。


 そこには鎖に繋がれ、顔の造形が分からないくらい腫れ上がり、指があらぬ方向に折れ曲がり、今にも命の灯が消え去りそうな父の姿があった。この状態で生きているのが不思議なくらいだった。


 フィオナは自分でも驚くほど父の状態を冷静に見極めた。ユーリにも手伝って貰って鎖を外し、治療を開始する。


 まず、全身に浄化の魔法をかけ、傷を塞ぎ血管を繋ぎ、神経を繋ぎ、断裂した筋肉を修復し内臓に刺さった骨を除去し、複雑に折れた骨を繋いでいく。背中にも夥しい数の鞭の後があった。


 そこまで治療しても父の顔色は土気色をしていた。


「……治療は終わったけど、血を流し過ぎたのよ。このままでは……」


 フィオナが初めて弱音を口にする。


「……俺を錬成した時に血はどうやって作ったんだ?」


 そのユーリの言葉にフィオナは気付いた。


「そうよ、錬成窯よ。材料も作り方も見ていたのよ、私。ユーリ、お父様を魔女の館に運ぶわ。手伝って!」





 転移魔法では短距離しか移動できない。大森林の魔女の館には転送魔方陣でないと行けない。でもフィオナの部屋には魔女の館への転送魔方陣がある。


 フィオナとフィオナの父を背負ったユーリは、すぐにフィオナの自室まで転移した。

 そこから転送魔方陣で魔女の館まで移動する。


「ユーリ!お父様を錬成窯へ!私は材料を集めてくるわ!」

「分かった!」


 フィオナはステラの薬品庫に入ると、昨日見ていた材料を思い浮かべる。


――でもどれが血液の材料になるのか分からない。


 フィオナだって錬金術は学んでいた。でもフィオナにホムンクルスは作れないない。昨日見た覚えのある材料を眺めながら、どれが血液の材料になるのか考えた。


(この鉱物三種、この薬草の粉、この白い液体の小瓶、それからこの魔法薬)


 フィオナは血液の材料になりそうな素材を選んでいく。


――もし、失敗すればお父様がどうなるか分からない。昨日もっと詳しく聞いておけば良かった。魔女様がいてくれたら――


『そっちのマンドラゴラの粉末も使いな』


 どこからともなくステラの声が聞こえる。


「魔女様?!どうしてここに?」


『この家にはあたしの遣い魔がいたるところにいてねぇ騒がしいから覗いてみたのさ』

「これですね!魔女様ありがとう」

『さっさと行っておやり』


 フィオナは地下に急いだ。巨大な錬成窯に父が横たわっている。

 材料を錬成窯に入れ、昨日のステラのように魔力を注いでいく。

 錬成窯の中は昨日のように暗い人影ではなく淡い光が父を包み込む。


 光が収まると、錬成窯の中の父の顔色は良くなっていた。だがまだ目覚めない。


「……成功よ。ユーリ、お父様を二階のベッドに運んでくれる?」


 ユーリは黙って頷いて父を運んでくれた。


「……お父様を一人にしておくのは心配だけど、屋敷に戻ってセバス達を迎えに行かないと、今頃襲撃されているかもしれないわ」






 フィオナ達が屋敷に戻ると、やはり襲撃されていた。部屋の外では大人数が走り回る音、物をひっくり返す音。ドンドンッと何かを叩く音。そしてこの部屋のドアが勢い良く開いた。


 フィオナは魔方陣を回収して、部屋に侵入して来た襲撃者達を強めの電撃魔法で丸焦げにした。もう手心は加えないことにしたのだ。

 ユーリは黙ってフィオナの後に付いてくる。

 部屋を出て、何か叫びながら向かってくる敵を殲滅しながら地下に向かう。


 地下にも敵はいたが、結界は破れなかったようだ。そいつらも片付けて地下室に入ると、セバスを始め使用人達が青い顔をして身を寄せあっていた。


「セバス、みんな無事なの?」

「――はい、お嬢様の指示通り、荷物も使用人もその家族も集めました。馬もいます。何とか襲撃前に間に合って……お嬢様、旦那様は……」

「お父様は酷い怪我を負っていたけど、何とか一命は取り留めたわ。今から行く大森林の魔女の館で休まれているの」

「……そうですか、何と酷い……でも助かったなら良かったです。このセバス誠心誠意お世話させていただきます」

「えぇ、頼むわね。みんな!これからこの屋敷も国も捨てて移住します!私に着いてきてくれる?」


 みんな口々にいい返事をしてくれたので、フィオナは転送魔方陣を部屋の真ん中に置いた。魔法の範囲をこの部屋全体に広げ、一気に魔力を注ぐ。


 魔女の地下室に着いたが荷物や人でぎゅうぎゅう詰めになってしまった。でも誰も取りこぼしていない。


 一旦みんなを館の外に出して、各々野営の準備をさせる。全員館には入らないのだ。

 父の世話のためにメイド二人についてもらう。やる気になってるセバスには悪いけど、セバスには使用人達の指揮を取ってもらわないと。

 

――いいえ、もう使用人じゃないんだわ。私も男爵令嬢ではなくななった。今は混乱しているから体制は変えないけど、また改めて考えなければ。


 今はとにかくみんなの生活基盤を整えないといけない。幸い魔女の館周辺には村が一つ入りそうなくらいのスペースがある。小川もあって、それも霧に汚染されていないから飲める。各々家を建てて、畑も作らないと。備蓄用の小屋も建てて――。


「また何か考え込んでる?」


 ユーリだ。みんなの野営の手伝いをしていた。


「うん、生活基盤を整えないとなって」

「あぁ、国とは呼べないけど、村の規模にはなりそうだよな」


 その時、父の世話を頼んでいたメイドが走って来た。


「お嬢様!旦那様が目を覚ましました!お嬢様をお呼びです!」


 このメイドも何十年と仕えていて、普段はこんなに走ったり、大声を出したりしないのだ。


 私達は急いで二階に上がった。


 父はベッドに枕を重ねて体を起こしていた。


「……お父様!まだ起き上がってはいけませんわ」

「……フィオナ、何があったのか話してくれ」


 父の顔色はまだ良くないが、意識もしっかりしている。暫く休養すれば、身体も動かせるようになるだろう。


「国王を討ちました」

「……そうか、ではあの国は体制も国名も変わるな」

「えぇ、しばらくは混乱したり権力争いで内戦になったりするかもしれません。他国の軍事介入もあるかも。いずれにしても注視しておきますわ」

「……そうだな。私達はもうあの国の貴族ではないのだな……ところでフィオナ、そちらの青年は見た事がないのだが、新しく雇った使用人かい?」


 ユーリは私の後ろに控えていたのだが、一歩前に出て自己紹介して頭を下げた。


「ユーリ・ホンダです」

「……お父様、彼が国王フィリップを討ったのよ……それでね、えーと……彼とお付き合いしているの」


 お父様は何とも言えない表情をしていたが、「そうか」とだけ言った。疲れたから眠るというので、私達は後をメイドに任せて部屋を出た。





 あれから一ヶ月――


 魔女の館周辺には集落のように家々が建っていた。

 木材を調達したかったので霧をどうにかできないかと考えていたら、森のあちこちに霧を発生させる装置が埋め込まれていた。それの設定を弄って、住人達が安全に木を切り出したり、森に食材を調達に行けるようになった。豚や羊やヤギ、鶏なども飼育し始めており、肉や卵が少し手に入るようになったし、畑も各々作っている。霧のある場所はモンスターが出るので危険だが、モンスターは霧のない場所には出て来ない。


 父もあれから完治した。後遺症もなかったのは僥倖だった。今はまだ魔女の館で寝泊まりしているが、父のための領主館を広場の中央あたりに建てている。


 フィオナは整地や建築に魔法を使ったが、ユーリの知識はこの世界の常識を覆すものだと知った。整地や建築、治水、上水道、下水道、農業、畜産と知らない事はないというくらいに知識が豊富で、そして斬新なのだ。

 本人は異世界の先人の知識の受け売りだと言っているが、学ばなければその知識は身に付かないだろう。


 あの国は現在無くなった。内戦のどさくさに隣国の軍事介入があって、隣国に吸収されたのだ。所謂属国である。


 森の中にネモフィラの群生地を見つけたので、今日はたまの骨休みにフィオナとユーリは遊びに来ていた。霧のない森には徐々に野生動物が住むようになり、植生も変化していた。

 木漏れ日の中に咲くネモフィラは愛らしく可憐だ。

 

 フィオナが地面に布を敷いて座ると、ユーリが当然のように膝に頭を載せる。


 フィオナはまだ、それを当然のようには受け止められない。


「……私ね、普通でない自分を受け入れられなくて、いつも失敗していたのよね。婚約者も友人もそうやって間違えていたの」

「……そうだね」

「……私が普通でなくても、お父様も使用人も態度を変える事なんかなかったのにね。何をあんなに恐れていたのか、今では分からないの」

「……うん」

「それはやっぱり魔女様やユーリに出会った事が大きいわ。だってあなた達常識外れなんですもの」

「……ん?」

「ふふっ上には上がいると思い知ったのよ。ある意味普通でない自分は嫌だけど、普通でない事に優越感もあったのよ。その鼻っ柱をね、折ってくれてありがとう」


 フィオナは膝の上のユーリのこめかみにキスをして悪戯ぽく笑った。


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