第一章 第二話商店街食い倒れ旅行記
ギルドでの登録を終え、手元にはわずかな報奨金がある。
ユノの「腹が減った。魔王たるもの、この地の最高級品を食らわねばならん」という尊大な宣言に従い、僕たちは宿場町の賑やかな通りへと繰り出した。
「おい、フィンロウ。あの回っている肉は何だ? 焼きながら削ぐとは、なんと効率的で野蛮な調理法だ。気に入った、あれを所望する!」
ユノが指差したのは、屋台で香ばしい匂いを漂わせているドネルケバブのような串焼き肉だった。
「あれはケバブ……みたいなもんだよ。ユノ、一応言っておくけど、僕の金は無尽蔵じゃないからな?」
「案ずるな。私が満足すれば、後で世界の半分くらいは貴様にやろう」
「その前に僕が餓死するよ」
溜息をつきながら銀貨を払う。手渡された肉の両端を、ユノは「ふむ」と検分するように見つめると、小さな口を大きく開けてかぶりついた。
「…………っ!?」
瞬間、ユノの動きが止まる。そして目にも止まらぬ速さでバタバタと地団駄を踏み始めた。よっぽど熱かったのだろう。
「熱い! 物理攻撃か!? この肉、口の中で暴れおるぞ!」
「ただの焼きたてだよ。ほら、水」
差し出したコップの水を一気に煽り、ユノは「ぷはっ」と荒い息をつく。
口の端にソースをつけたまま、彼女は信じられないものを見るような目で肉を見つめた。
「……お主。この世界の人間は、毎日このような猛攻に耐えながら食事をしているのか? 侮れん、実に侮れんぞ人間……」
「大げさだな。美味しいだろ?」
「……む。まあ、毒見役のお主に免じて、及第点を与えてやらんでもない」
そう言いながら、二口目からは実に幸せそうに頬張っている。魔王の威厳は、ソースと一緒にどこかへ溶けて消えたようだった。
次に目が止まったのは、色とりどりの果実が載ったタルトの店だった。
甘い香りに誘われ、ユノの足が吸い寄せられていく。
「フィンロウ、次はあれだ。あの宝石のような食い物を捧げよ」
「さっき肉食べたばっかりだろ」
「別腹という概念を知らんのか? 貴様の知力は飾りか?」
煽りスキルの高い魔王様に押し切られ、僕は一切れのタルトを買った。
彼女は今度は学習したのか、慎重に、だが期待に満ちた顔でフォーク(のような枝)を突き立てる。
「……っ!!」
今度は地団駄ではない。ユノの大きな瞳が、これ以上ないほどに見開かれた。
そのまま、もぐもぐと咀嚼し、ゴクリと飲み込む。
「……これだ。これこそが、私が求めていた真の魔力……。脳が、脳が歓喜の声をあげている、フィンロウ!」
「ただの砂糖の暴力だよ。そんなに気に入ったか」
「決めたぞ。私がこの世界を再興した暁には、この菓子を『国宝』に指定してやる。貴様はそれを作る係だ」
「僕はコマンダーであって、パティシエじゃないんだけど……」
最後に彼女が目をつけたのはポテトだった。
匂いの先には、大ぶりのジャガイモを厚切りにし、黄金色になるまでカリッと揚げた**「厚切りフライドポテト」**の屋台があった。
「フィンロウ。あの黄色き石の塊は何だ? 油の海で踊り、結晶のような白い粉を振りかけられておるぞ」
ユノが、まるで未知の魔導具を見るような目で屋台を凝視する。
「あれはポテト。大地の恵み、ジャガイモだよ。揚げたてに塩を振っただけの、シンプルだけど最強の食べ物だ」
「ふん、石ころを揚げたところで何が変わる。私は騙されんぞ。……だが、その、香りと音だけは認めてやらんでもない。毒見だ、毒見として一つ買え」
素直じゃない魔王様のために、僕は揚げたてのポテトが入った紙包みを受け取った。
指が焼けるほど熱い。ユノはそれを、恐る恐る、だが迷いなく口へと運んだ。
「…………っ!!」
サクッ、という小気味よい音が響く。
次の瞬間、ユノの身体がビクンと震えた。
「な、何だ……!? 外側は鋼のように硬く、内側は……雪のように、淡雪のように柔らかい! そしてこの『しお』! 舌を刺すような刺激が、芋の甘みを極限まで引き立てておる!」
ハフハフと熱い息を吐きながら、ユノは猛然と二つ目、三つ目に手を伸ばす。
「熱い! だが止まらん! フィンロウ、これは呪いか!? 指が、指が勝手に次の黄金を探し求めてしまうぞ!」
「それがポテトの魔力だよ。一度食べ始めたら、なくなるまで止まらないんだ」
「恐ろしい……。人類はこれほどまでに洗練された精神攻撃を有していたのか。この『ぽてと』、これこそが真の『大罪』だ。私を、この私が抗えぬほどの誘惑……っ!」
最後の一欠片を惜しそうに口にし、指についた塩までぺろりと舐めとる魔王。
その表情は、征服者というよりは、ただの「おやつを堪能した子供」そのものだった。
「ふぅ……。フィンロウ、約束しろ。私が疲れた時や、機嫌が悪い時は、必ずこの黄金を捧げるのだぞ。……それがあれば、お主の数々の無礼も、大抵のことは許してやろう」
満足げに目を細めるユノ。
揚げたてのポテトのような、温かくて、少しだけ刺激的な日常。
「……了解。ポテト一つで許してもらえるなら、安いもんだよ」
夕暮れ時。
食べ歩きで膨らんだ腹をさすりながら、僕たちは宿への帰り道を歩いていた。
オレンジ色の夕日が、不遜な魔王の横顔を柔らかく照らしている。
「なあ、ユノ」
「何だ、菓子職人の見習いよ」
「……僕を『フィンロウ』って呼ぶの、気に入ってるのか?」
ユノは足を止め、不思議そうに僕を見た。
「変なことを聞く。私が名付けたのだから、当然であろう。お主の元の名は……何と言ったか、サンジョウ・アオ? 響きが硬くて可愛げがない。フィンロウの方が、間抜けなお主に似合っている」
彼女はフンと鼻を鳴らし、再び歩き出す。
「お主は無属性で、ステータスも平凡。私の足元にも及ばない。だが……そうだな、水を差し出すタイミングと、美味い店を見つける嗅覚だけは認めてやる。だから、これからも私の隣で精進するが良い」
背中越しに投げられた言葉。
それは、かつて「忌み嫌われてきた」という魔王が、初めて誰かを隣に置くことを許した宣言のように聞こえた。
「……はいはい。了解だよ、魔王様」
僕は苦笑して、彼女の少し後ろを歩く。
このうるさくて、傲慢で、食いしん坊な少女。
彼女が守ろうとしているこの世界が、少しだけ愛おしく思えた。




