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第6話 国に詐欺を働くか


「いやあ、大量大量! これだけあれば、何とか魔法玉は間に合いそうだなー」

「ええ。上手くいって良かったです」

「よく言う。クラウス。君、最初からこれを狙っていたな?」


 大量の金貨を空間収納という魔法で仕舞いながら、セスリーンは面白そうにクラウスに問いかけた。

 五分で、あっさりとポーカーで勝ったクラウスに、面白おかしく見物していた周囲がざわめいた。

 それはそうだろう。相手は、必死にいかさまをしようと躍起になっていた。この闇カジノを取り仕切っているだけあって、なかなか手付きも良かった。



 ただ、それを全てクラウスに見透かされていたのが運のツキである。



 クラウスは詐欺師だけではなく、手品師の人生も歩んでいた。世界でも最高峰と呼ばれる手品師に弟子入りをし、必死に技術を身に着けていた人生もあったのだ。

 ついぞその師匠を越えられることは無かったが、それでも師匠にはお墨付きをもらえるくらいには上達した。師匠にお墨付きをもらえた弟子は、この世ではそれまで一人しかいなかったという。

 だからこそ、クラウスは相手の指先の動きに気付けた。それに、カードをちらりと確認している時点で、相手はその程度だと告げている。


 クラウスは、一度もカードを確かめることはなかった。


 しかも、クラウスがカードに触れるのは、最後の最後。カードを開く時である。それまでは配られた状態のまま、テーブルに裏返しで置いてあるだけだった。

 相手はかなり警戒していたが、クラウスのトリックを見抜けなかった。

 そして。



 満を持してクラウスが開いた手札は、ロイヤルストレートフラッシュを叩き出したのである。



 ボスは、真っ白になって見事屍となった。

 セスリーンやランバートも、その手腕にほうっと感嘆を漏らしたくらいである。

 周りも、一体どういうことだとざわざわしていた。手の内を明かすことは、一生無い。


「しっかし、有り金の半分は返すとか。クラウスも優しいよなー」

「潰れたら、稼ぐ場所が無くなりますし。それに、……貸しを作っておくのは悪くない。でしょ?」

「はっはっは。クラウスは大物だな。そのうち、団長の座も乗っ取られそうだ」

「いりませんよ。面倒そうですし。嫉妬が凄そうです」


 心の底から嫌そうな顔をすれば、セスリーンが「残念」と肩を竦める。彼女はどこまで本気で言っているのか。全てだろうか。今回の一件でこの二人の底が知れなくなってしまった。

 あの闇カジノに貸しを作ること。それは、クラウスが当初から計画していた通りである。



 何故なら、あそこはなかなか情報収集に打ってつけの場所だからだ。



 闇だけではなく、表向きは国営として運営されているカジノ。実を言うと、闇の方も国に黙認されている一面がある。

 あそこは、チップに糸目を付けなければ、それ相応の情報を提供する闇ギルドの下請けだからだ。


 闇ギルドとは、その名の通り世界中の裏の世界を取り仕切る組織。


 ある程度裏の世界の秩序を保つ側面もある、非常に力の強いギルドである。

 闇の世界の秩序を保ちつつ、裏表関係なく穢い仕事や危険な仕事も引き受ける。あらゆる国の重鎮達が、秘密裏に彼らの力を借りているくらい有用な組織なのだ。

 だが、その闇ギルドも、堂々と表に出ると都合が悪くなる。

 故に、表で一見すると普通に経営されている店を、ギルドの下請けとして雇う、または作ることがあるのだ。

 あのカジノは、その一環で作られた場所である。

 情報収集に長けているだけあって、彼らは遺跡の魔物についても情報は持っていた様だった。



〝……この金は、全て魔物退治に使われる〟



 そう耳元にささやいた時、それまで転がっていたボスの目つきが変わった。

 それを確認して、クラウスは続けたのである。


〝貴方達のおかげで、魔物は必ず討伐される。……もしこの先、再び魔物が現れても必ずや打ち破れるだろう。それは、貴方達の様な、裏で動き、あらゆる情報を仕入れられる有能な人間がいるからだ〟


 暗に、これからも魔物は現れ続けると告げた。

 クラウスの言葉に、更にボスの目は見開かれた。

 そう。彼らは知っている。



 ――世界中で、今、災厄と呼ばれる魔物が目覚める気配がある、と。



 何故、クラウスがそんなことを知っているのか。トップシークレットのはずだ。

 そんな風に目だけで訴えてくる彼らに、ふっとクラウスは笑みを零すだけ。

 そして、告げた。


〝貴方達が生き残れるよう、俺は必ず手を尽くす。――貴方達が、これからも良きパートナーとして共に在ることを、祈っているよ〟


 ひらっと手を振って立ち上がると、もう屍になっていた情けないボスの姿は見当たらなかった。

 ただ、そこには闇ギルドの下請けとしての一員。その矜持が、人間の形として立っていた。


〝……本当に討伐して生きて帰って来たら、考えてやる〟


 強がりの様な言い方だが、なかなか色よい返事だ。

 是非とも帰らねばならないと、クラウスは心に誓う。

 選択肢に逆らい、既に人生のレールを外れている今、彼らの情報収集の力を借りることになるだろう。想像に難くない。

 今までの人生を振り返ると、あそこは災厄の魔物の弱点も知っていることがあった。これから持ちつ持たれつ、掛け替えのないパートナーとなれれば良い。


「しかし、クラウスは本当に詐欺師の才能があるな。どうだ? いっそ、一国を相手に詐欺をしてみないか?」

「はっ?」


 ぎょっとする様な提案をセスリーンにされた。

 思わず振り返ると、彼女は意地の悪い笑みを浮かべていた。

 ただ、その表情はからかっているのとは違う。菖蒲あやめ色の瞳の奥には、不敵に光る何かが揺らめていた。


「えっと。冗談が、お上手、ですね?」

「そうだろうか。それは嬉しいな」

「オレも、国を相手に一世一代の賭けってしてみてえなー。その時は、ちゃーんとこの三人でやってみようなー」

「は、はあ? ……副団長も、冗談がお好きなようで」

「なあ。その敬語。やめね?」

「え?」


 ランバートに指摘され、きょとんとクラウスの目が丸くなる。

 貴族を相手に敬語抜きで話す。それは、かなりの勇気を要することだ。一介の騎士でしかない、しかも平民であるなら尚更だ。


「ええっと。流石に、他の騎士達に睨まれるかなー、と」

「ならば、私の補佐にしよう」

「はいっ⁉」

「今回の魔物討伐の功績を、皇帝にねだる。その際、特別地位を用意してもらい、騎士団団長と副団長の補佐になれば、それなりの地位も保障されよう」

「はあっ⁉」

「あ、それいいなー。そうなったら、敬語なしで話してくれるかー? あ、名前呼びも付け加えとくな」

「ええ……」


 にっこり笑顔の二人は、かなり良い性格をしていた。

 どこまで本気なのだろうか。それは、魔物を討伐したその時にきっと判明するのだろう。

 もし、その時に、本当に彼らがクラウスを傍に置くというのならば。

 もし、彼らが本当に、何かを狙っているかもしれないと明かしてきたならば。

 その時は。



「……。……まずは、無事に魔物を討伐した上で、全員帰還してからの話ですね」



 気が早いとたしなめると、「出来るに決まってる」と太鼓判を押された。

 この二人は、良い性格をしているだけではなく、かなり楽観的なのかもしれない。クラウスは生まれて初めて、彼らに呆れてしまった。



クラウス「国に詐欺かあ。恩人達の印象が、どんどん面白い方向へ転がっていくなあ」

選択肢「ぼくのおかげだね!」

クラウス「一人称、ぼくなんだ」

選択肢「その時の気分」

クラウス「……」


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