第5話 詐欺師と手品師は紙一重
「しっかし、クラウス。お前、詐欺師の才能があるよなー」
「そこは、策士と言って欲しかったですが」
「いやあ。詐欺師も策士も同じだろー? オレは、嬉しいけどね。こんなところに、オレ達に近い仲間がいたってことがな」
皇帝から、情報に書かれた魔物の弱点を突く準備を言い付かった後。
クラウスは、セスリーンとランバート共に次なる作戦を企てていた。
三人ともびしっと糊の利いたタキシードに身を包み、顔には仮面を付けて真昼間から歩くその姿は、異様の一言だ。おかげで、ひそひそと民衆からは遠巻きに見られる始末である。
そうまでして、一体何を企てているのか。
ずばり、お金である。
災厄の魔物の弱点は、大量の水と金属の派手で大きな音。
あの魔物は獣型故に、炎が弱点だと勘違いしやすい。通常、普通の獣型の魔物は大抵炎に弱いからだ。
しかし、あの魔物は獣型をしながら、弱いのは水の方なのである。真逆の性質に、セスリーン達もほーっと感心していたくらいだ。クラウスも、人生を何度も経験していなければ発見出来なかったくらい、レアな情報である。
とにもかくにも、つまりは水が必要なのである。
魔法使いが水を一斉放出するだけではなく、魔法が苦手な者でも大量に水を次々と勢い良く当てられるだけの道具が必要になる。つまり、魔法使い達が必死に、投げるための魔法玉に水を詰めるのである。
後は、大きな金属音だ。
あの魔物は、何故か耳元で大きな金属の音を鳴らすと、一瞬びくりと体を硬直させる。一瞬ではあるが、動きを止めることが出来るのだ。
そのため、耳元で大量の音を破裂させるために、金属音をがんがんに叩き込んだ音を、やはり魔法玉に詰めるのである。それを下手な鉄砲数撃ちゃ当たる並に投げつけ、魔物の動きを止めるのが作戦だ。
そして、その魔法玉。かなり高額なのだ。
魔法使い以外の一般人でも、魔法を使える様にする魔法玉だ。一度きりとはいえ、その有用性は遥かに高い。
例えば、少し山菜を摘みに行った時。その最中で魔物と出くわしたという絶体絶命のピンチの時に、大きな魔法を使えたら、あっという間に撃退出来る。
例えば、暴漢に襲われた時。睡眠導入魔法を噴射すれば、相手が眠っている間に逃げることが出来る。
例えば、家の崩落に不幸にも見舞われた時。防御魔法を展開出来れば、潰されずに生き残ることが出来る。
魔法玉は、肌身離さず持ち歩くことが大前提の道具。このおかげで、昔よりも無駄に命を落とす者は減った。
ただ、その有用性のせいで、大体は貴族しか手にすることが出来ない。
つまり、騎士団に下ろされている予算だけでは、到底賄えない金額なのだ。
それを、大量に必要とする。それこそ、危ない場所から多額の借金をしない限り無理な話なのである。
だが、方法はあった。
はっきり言おう。ろくな手段ではない。
だから、今度こそクラウスは一人で行うつもりだったのだが。
「手段が、闇カジノとはな。まあ、あそこの表カジノは色々黒い噂もある。あってもおかしくはなかった」
「いやあ、腕が鳴るなあ。騎士になってからは品行方正に生きてきたから、そういう世界とはとんと縁が無くってよ。楽しみだぜ」
この二人、本当にどんな人生を歩んできたのだろう。
彼らは、帝国でも力のある公爵家と侯爵家の人間。騎士団の団長と副団長だ。
それなのに、まるで昔はやんちゃをしていました、という様な言い方。民には優しく、仲間思いで、暴力を振るっているのを見れば必ず割って入るほどのお人好し。
そんな二人のイメージが、がらがらと崩れていく。
本当に、選択肢を破壊して良かったのか。甚だ疑問になってきた。
「しかし、クラウスも意外だな。こんなに才能があるとは思わなかったぞ」
クラウスの心を読んだ様に、セスリーンが突っ込んでくる。どきいっ、と心臓が大きく跳ねた。致し方ないことである。
「い、いやあ。……あまり褒められた技術ばかりではないので」
「いいんじゃないか? この帝国では、何よりも生き抜くことが大切だからな」
「そうそー。褒められた技術でなくたって、人の役に立てるならいいってことよ。ただただお利口さんを演じて何も守れないんじゃあ、話にならねえし」
「……。……お二人って、見た目通りって感じじゃなかったんですね」
「見た目通り、か。まあ、付き合いがほぼ無かったのだから仕方がないか」
「確かになー。お前、オレ達の本質知ったら驚くぞー」
おどけた様にウィンクする二人に、クラウスは一瞬見惚れてしまう。美男美女のウィンクは破壊力抜群だ。女性はともかく、男性にまでどきどきする日が来るとは思わなかった。
しかし。
――ちょっと、楽しいな。
今までの人生でだって、苦しいことも楽しいこともたくさん経験してきた。地獄も天国も両方味わったことがある。理不尽に死ぬこともあれば、ただただ平凡にささやかな幸福を掴んだこともたくさんあった。
だが、今の人生の様にここまで自分で必死に考え、自分の意思で何かを決め、誰に頼るか、誰と共にいるかすら自分で選ぶことは無かった。
そのおかげで、この二人の内面を知る機会が得られたのだと思えば、選択肢に逆らって良かったと思えるのだ。
両親は、もういない。
小さい頃に、貧乏ながらも平和に暮らしていた村は、野盗に襲われた。
そんな中、両親はクラウスを生かすために床下の穴に閉じ込めた。賭けではあったが、生き残った。
そう。
床の上で父親が嬲り殺され、母親が女性としての尊厳を奪われながら死んでいったのを聞きながら、生き残った。
その時から、クラウスは一人で帝都に来た。孤児だったから、孤児院にという計らいが一応帝国側からあったのだ。
孤児院の院長もシスター達もとても優しかった。村にいた時よりも貧しい生活だったが、不満は無かった。
しかし、そこも取り潰される。
金にならない場所など、必要ない。
皇帝がそう一言告げ、孤児院は大量に潰されたのだ。
残ったのは、貴族と癒着をし、人身売買を行って稼いでいる悪徳孤児院だけ。
クラウスは路地裏で泥水を啜る様な生活をしていた。いつ死んでもおかしくない。いつ死んでも良い。そう思いながら生活をしてきた。
それなのに、何の因果か路地裏で落ちぶれた元騎士に出会い、気まぐれに手ほどきをされた。半ば無理矢理帝国の者に連れられてきたが、おかげで何とか騎士団にも合格出来た。
クラウスは平民だった挙句に孤児だったが、構わなかった様だ。いざという時使い潰せる駒が欲しいという理由だった。審査するのは、皇帝の息がかかった近衛騎士だったからよく覚えている。
そんな風に、運命とも言えないままのらりくらりと生きてきたクラウスが、今、自分の意思で誰かと共にいて、自分の足で行動している。
誰かとこんな風に話すのも久しぶりで、浮かれてしまいそうになるのを必死に戒めた。
――まだ、選択肢を選択肢と認識出来た意味も分かっていない。
それに、両親がいた子供時代からではなく、十八歳から始まる意味。
分からないことだらけなのだから、気を緩め過ぎるのは良く無い。そう戒める。
だが。
「よし。ここだな」
どーん、と仁王立ちして楽しそうにセスリーンが笑う。
「闇カジノの合言葉は、変わってないといいなー。まあ、変わってても当ててみせるけどな」
朗らかに笑いながら、とんでもない事実を吐くランバート。
この二人といると、厳しい状況のはずなのに、何だか楽しくなってしまう。
彼らは、クラウスを楽しませる天才なのかもしれない。
思ったら、少しだけこの状況を楽しんでも良いかなと思えてくる。
「俺も、足を引っ張らない様に頑張りますね」
「おう! 多分、引っ張らないんじゃねえの?」
「クラウスは、お師匠さんから色々手ほどきを受けているんだろう?」
「お、おししょうさん?」
「君に、生きる術を教えてくれた人のことだ。お師匠さん、というのがぴったりだと思ってな」
言われて、確かに、とクラウスは苦笑する。
正しく、その時の彼は師匠だった。気まぐれに拾って、気まぐれに育て、そしてクラウスが育ったら気まぐれにいなくなってしまった人。
今現在は、何をしているのだろうか。師匠と出会ったのはまさしく帝国の闇ギルドである。上手くいけば、顔を合わせることもあるだろう。――会いたいかどうかはまだ分からない、が。
「じゃあ、その成果を披露するために、頑張ります」
「おう、その意気その意気」
「私も久々に腕を鳴らそう。――行くぞ」
ランバートだけではなく、セスリーンまで経験者の様な言い方だ。もはや心の中のツッコミは留まるところを知らない。
躊躇いなくセスリーンが扉を開け放つと、実に賑やかな光が飛び込んできた。
華やかなミラーボールがくるくると天井で回り、部屋中を色彩様々な光で照らしている。
大きな台があちこちに並び、昼間だというのに多くの客で賑わっている。
トランプを鮮やかに切る者、小さなボールを華麗に赤と黒と金で彩られたルーレットの中へ放り投げる者、いくつものサイコロを優雅に転がす者――。
メジャーどころの種類が並んだゲームに、クラウスは記憶と違わぬことを確認する。
クラウスが狙うのはポーカー一択だが、果たして二人はどうするのか。
そう考えている合間に、あっという間に事態は進展した。
「ひ、っひひひひひひひひひ、ひいいいいいいいいいいっ⁉」
「ら、ららららららららら、らん、らららららん、ららららああああああんばあああああああとおおおおおおお、さ、まあああああああああ⁉」
「よお、久しぶりだなー。久々に遊びに来たぜ♪」
「そ、そそそそそそおっそおそそれは、よよよよよよよようこおおおおおおお、そそそそそそ」
「お、おわった……このみせ、おわおわわわわわわった……」
一体、ランバートは何をしたんだろうか。
いきなりカジノの店員達が慌てふためき、この世の終わりの様な顔で蹲り始めた。その場に居合わせた客達も「何事だ?」とざわつき始める始末である。
だが、ランバートは仮にも騎士団の副団長だ。こういった場に足を踏み入れたとなると名前に傷がつくのではと勘繰ったが。
「酷いなあ。ちょーっとこの国営カジノで、金を根こそぎ搾り取っちまったからって。そこまで歓迎されないなんて悲しいぜ。なあ?」
「そ、そおおおおおおおおおんんあこあああああああことはは、ない、ですよ?」
「ら、らららららランバートさまままままに来て頂けるなんて、こううううううえええええここここうえいのきわ、みいいいいいいいい……」
「ああ、大丈夫大丈夫。今日は、オレだけじゃあないから」
「へ?」
どん、とランバートが効果音でも鳴らしそうなほどに胸を張り、ぽんっとセスリーンとクラウスの肩に手を置いた。
「今日は、お友達を連れてきたぜ」
「お、おとも、……!?!!!!!!?!??!??!?」
「よ、よよよよよ世にも泣きまくるじゃあくああくあくあくなだ、だだだだだだんちょおおおおおおおう⁉」
「しかも、もう一人、う、う、うううううううわああああああ!」
「いや、オレ、もう一人知らねえんだけど⁉」
「は? ば、ばか! あいつ、知らないとか言ってみろ! 『あそこのボス』が笑顔で消しに来るぞ!」
「え⁉ そ、そんなにやばい奴なのか⁉」
心外である。
セスリーンが恐れられまくっているのも意外だったが、クラウスまで恐がられるのは予想外だ。てっきり馬鹿にされて侮られて格下に見られると思っていたので、混乱する。
しかも、「あそこのボス」とは何だろうか。
クラウスはこの人生では、特に闇の何かに深く関わってはいないはずなのだが。ボスと言われても、ピンとこない。いや、前のどこかの人生ならば、セスリーンの言う『お師匠様』とやらが思い当たるが、今世では出会っていない。
クラウスは、実は変なところで何かとんでもない人物に出会っていたのだろうか。
思いはしたが、ちょうど良い。ここまで怯えてくれるのであれば、そこまで手の内を見せることもないだろう。
「なあ、お兄さん。――真っ黒なカードを金色に変える魔法、知ってるよな?」
「――っ」
これは、闇カジノをしたいという合言葉。
それも、全ての金を一度に賭けて勝負に出るという、文字通り一か八か、伸るか反るかの大勝負の合言葉である。
ここのカジノを取り仕切っているであろう、サングラスをかけた店員の顔つきが変わった。蹲りながらなので、いまいち様にはなっていないが、顔付きだけは獰猛になる。
そして。
「……勝負の方法は」
「ポーカー一択」
「いかさまは」
「好きなだけやれば? もっとも、……俺相手にそれは無理だと思うけどな」
先程、ランバートがクラウスを「詐欺師」と称していたが、実を言うとその人生を歩いたこともある。
稀代の最低最悪の詐欺師、クラウス・カイザー。
彼に目を付けられれば、その者の人生は終わる。声を立てるな、息を潜めろ、目を合わせるな、背を向けろ。
彼と関わったその時、己の人生は終焉を迎える。
そんな風に好き勝手に噂されていたのも懐かしい。クラウスが狙っていたのは、一応癒着や横領に手を染め、弱者を虐げていた輩ばかりだったのに。
だが、タキシードを身に纏っていて良かった。普段の、少しだぼっとした私服では舐められて様にもならなかったに違いない。
台の椅子に腰をかけ、クラウスは不敵に微笑んだ。目を細め、座りながらも上から見下す様に笑いかける。
「俺が勝ったら、お前達の有り金、全部もらう。――心してかかれよ?」
稀代の最低最悪の詐欺師と恐れられた手腕、見事ご覧に入れてみせよう。
髪を掻き上げて挑発するクラウスに、ボスらしき人間が冷や汗を流しながらも賭けに乗り――。
五分後。
見事、屍となったボスの白い抜け殻が床に横たわっていたのだった。
選択肢「選択肢のおかげで、色んな技術を身に付けられたじゃん? 感謝するべきじゃん?」
クラウス「セスリーン団長とランバート副団長、カッコ良いなー。どこかの人を破滅に追いやる存在とは大違いだなー」
選択肢(感謝しかないでしょ)
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