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第3話 怪し過ぎる人間。その名はクラウス


 約束の時間。

 夜も更け、日付も変わり、あらゆる生命がほぼ眠る頃。

 クラウスは、あらゆる仕込みのための道具をリュックに詰め込み、帝国図書館の近くにやって来た。

 当然と言うべきか、セスリーンとランバートは既に待機してくれていた。団長と副団長は、五分前行動どころか、三十分前行動をしているのではないか。そんな疑念に駆られる。


「遅れてしまい、申し訳ありません」

「何を言う。時間にはまだ早いぞ」

「クラウス、ずいぶんと大荷物だなあ。それが、模写のための道具かよ?」

「はい。発見するのは、図書館が開館している時を狙うために翌日ということにしますが、色々と、そのための仕込みの書物とかも持参しました」


 図書館の記録には無い本を発見する。


 その方が、あの『特別』を欲する皇帝には効果があるからだ。

 クラウスが家にあった本棚からそれっぽい書物を選び、その本の紙に色々と細工を施した。まるで何十年と経っているかの様に見せかけるには申し分ない。プロが見ても分からない自信はある。伊達にあらゆる人生を歩んできていない。

 本の内容も、何百年も前から伝わってきた創世神話を選んだ。当然、表紙も昔から全く変わっていないものである。

 神話の書物も、時代を経るにつれて表紙のデザインが変わるものが多い。絵柄も変わる。その中でも、一貫している出版社の本を選べたのは、書店員経験もあったからである。改めて、記憶万歳だ。


「よし。では、行くか」

「はいはい。団長はどいてくれよー。オレが開けるんだからな」

「む。まあ、確かに。君は手先が器用だからな」

「団長はひっどく不器用で、紙で花さえ作れませんよねー」

「うるさいぞ。騎士は器用でなくてもなれるんだ」

「そうですねー」

「棒読みだな! しかも敬語だな!」

「わざとです」

「知っているっ」


 小声で漫才を始めた二人に、クラウスは状況も忘れて噴き出しそうになった。

 今までの人生で、この二人がこんなに仲良くじゃれ合っているのを見たことが無かった。つまり、クラウスはそれだけ選択肢にだけ支配され、生きてきたということになる。


 選択肢に逆らって、初めて彼らの私生活が垣間見えた。


 今まで、何てもったいないことをしていたのだろう。

 だが、今まではその意識さえ無かったのだから、クラウスが悔しがっても仕方がない。仕方がないのだが。



 ――俺の行動で、彼らの人生も今までにない方向へ変えられるかな。



 クラウスは、初めて『選択肢』というものを認識した時、己の意思で歩きたい、選択肢なんかに人生を決められたくないと逆らう意味で粉々に砕いた。

 そして、もし叶うならば、この二人が死ぬ運命も変えられたらと思ったのだ。恩返しの意味合いも強かった。

 けれど。



 今までの人生、本当の本当にたくさんの人に出会ってきた。



 その中には、二人以外にも世話になった者達が大勢いる。

 絵が売れなくて足掻あがいていた時に、支えてくれた友人がいた。

 光差さぬ闇ギルドに入った時、先輩面や師匠面しながら生き抜く術を教えてくれた人達がいた。

 金が無いからと本屋で毎日の様に本をむさぼり読んでいたら、咎めるどころか司書になるための道を教えてくれた店長がいた。

 これは、ほんの一例に過ぎない。



 だが、今までの人生を振り返れば、悪いことばかりでは決してなかった。



 そして、その中では不幸にも亡くなったり、誰かに連れ去られるのを助けられずに行方不明になった者達も多くいる。

 この目の前の二人を助けられた時、クラウスは彼らのことも助けられるかもしれないと希望を抱くのだろうか。

 逆に、この二人を助けられなければ、結局は選択肢の強制力があるのかもしれないと諦めるだろうか。

 先のことは分からない。

 だから、今はこの二人を助けることに集中しよう。二人が楽しそうに小声で喧嘩をするのを耳にしながら、深く誓った。


「よっし、開いたぜ」

「うむ、よくやった。さあクラウス、行くぞ」

「はいっ」


 セスリーンとランバートの誘いに、クラウスは気を引き締めて顎を引く。

 そして、彼らの先導の下に、明かりがまるで付いていない図書館を歩いていく。

 頼りになるのは、三人で掲げる心もとないランタンの明かりだけ。

 だが、その中をセスリーンもランバートも迷いなく進む。クラウスも今までの人生の経験から、どこに何があるか、どんな道筋なのか頭には入っていたが、流石は団長と副団長と言うべきか。禁書が眠る閉架区域まであっという間に辿り着いてしまった。


「ふむ。仕掛けはあるな」

「どうするよ? ちょっと調べるにも時間がかかりそうだが」

「……ここは、俺がやります」

「お、っと? クラウスも出来るのか?」

「はい」


 驚いた様に目を丸くするランバートに、クラウスは用意してあった理由を披露した。

 まさか、「元ここの司書です」と言うわけにもいかない。


「前に、足抜けしたその道のプロから教えてもらったんです。……お前は、騎士になれるかどうかも分からないから、こういうちょっと悪いことだろうと、少しでも生きる術は覚えておいた方が良い、と」

「……」

「俺は、路地裏育ちですからね。騎士になれたのも運が強いですし、色んな技術を身に着けておけば少しでも生き残る道はあるだろうって」


 足抜けは嘘だが、その道のプロに習ったのは本当だ。クラウスは、闇の世界にどっぷりと身を置いた人生も経験している。

 尾行の仕方も気配消しも暗殺術も交渉術もあらゆることを叩きこまれた。――その過程で何度死を覚悟しかた分からない。究極の飢えを体験させられた時は、本気で何でも食べて体を壊してを繰り返した。二度と経験したくない。

 そんな風に嫌な形で回想をしつつ、罠付きの仕掛けを解除していると、何故か二人にじっと強く見つめられた。穴が開きそうだ。

 やはり、こいつ危険だ、と思われただろうか。つ、と内心で汗が流れる。


「……あの?」

「……いや。やはり、平民は生活がひっ迫していると改めて痛感してな」

「ああ、……別に、貴方達のせいではないでしょう。この国では普通です。俺は幸運な方ですし、特に何も思いませんよ」

「だが、全員が騎士になれるわけではない。その中には、やむを得ず犯罪に手を染め、命を落とす者も大勢いる。……本来、そういった者達にこそ手を差し伸べなければならないのに。無念だ」


 セスリーンの歯噛みする横顔に、やっぱりこの人はお人好しだな、と感懐を抱く。隣で何も発せずとも同じ様な表情を浮かべているランバートも然りだ。

 この帝国は、貧富の差が激しい。上に立つ皇帝が身分差別をする人間なのだから仕方がない。

 国とは、トップに立つ者によって平然と顔を変える。そして、かつての栄華などまるで無かったかの様に落ちぶれていくのも、トップの資質によるものだ。



 クラウスが経験した世界で、この帝国が頂点に立ったことなど一度も無い。



 大体は他の国に滅ぼされるか、併合されていた。それだけ指導者が無能だったのである。

 クラウスが反乱を成功させた時だって、アウトローという帝国の名を残さなかった。

 つまり、この国は遅かれ早かれ滅する運命にある。

 このお人好し二人が運命を共にしないと良い。それだけが気がかりだ。


「はい、出来ました」


 かちゃっと、小気味良い音を立てて鍵は開かれる。

 司書だった人生の時も感じてはいたが、これは相当複雑な鍵だ。

 まず物理的な罠の仕掛けの他に魔法もかかっている。両方を同時に解除していく上で少しでもズレれば警報が鳴るし、失敗すればその場で爆発。侵入者を確実に排除する爆弾の様な罠だった。



 そのせいで、前の人生の時に吹っ飛んだ侵入者は数知れず。



 さすがにこれをランバートに任せるわけにはいかなかった。

 クラウスからすれば、この世界では難易度が高いと言われていそうなこの仕掛けも、経験からすれば中程度の難易度だ。――闇の世界は、つくづく恐ろしい場所だった。しみじみ実感する。


「……おお。見事な手際だな」

「確かに。こりゃあ、オレだったら失敗してたなあ」


 素直に感心する二人に、クラウスはむず痒くなる。

 この二人、お人好しなだけではなく、反応が素直過ぎる。こんなに素直な性質で、よくぞこれだけ高い地位に上り詰めたものだ。クラウスが知らないだけで、表からは見えない裏の顔がしっかり色濃く潜んでいるのだろうか。


「しっかし、お前さんに教えてくれた人っていうのは、本当にお前のこと考えてたんだなあ」

「え?」

「だって、こんなに高い技術、普通は秘匿するもんだろうよ。専売特許みたいなところがあるだろ、その道のプロだったってんなら」

「――」

「だから、よっぽどお前さんが可愛かったんだろうなあって思ってな。……どんな道でもいいから、生きて欲しかったってのは本当なんだろうよ」


 ランバートの言葉に、クラウスは目をみはる思いだった。

 そんな風に考えたことなど、今まで無かった。

 あの時は、ただ、路地裏で残飯を漁り、盗みに失敗しては暴力を受け、そろそろ死んでもおかしくない、という時に気まぐれに拾われただけだったから。



 拾ってくれた人間は闇ギルドの人間だったわけだが、主に技術を教え込んでくれた彼はスパルタだった。



 誰も彼もが仰ぐ様な高い地位にいる人間だったらしいが、実を言うとクラウスは彼のことをよく知らなかった。他の構成員や先輩に聞いても、首を振って何も教えてくれなかったから。

 ただ、全力であらゆる技術を叩き込まれた。それこそ死んだだろ、と思うような絶望もたくさん経験した。


 そして、免許皆伝、となった後、彼は煙の様に消え去ってしまった。


 結局、彼はクラウスをどうして拾ったのか。何故こんなに色々教えてくれたのか。聞けず仕舞いのまま終わった。

 故に、ランバートの言葉に簡単には頷けない。

 だが、否定する言葉も見当たらなかった。


「……そう、なんでしょうか」

「そうだと思うぞー。現に、今、役に立ってるわけだしなあ」

「そうだな。ランバートの言う通り、君は知識も色々持っている様だし、生き抜く術がある様に思える。誇って良いと思うぞ」


 犯罪すれすれの技術を誇って良いものだろうか。


 激しく疑問だったが、あまりににこにこしながらセスリーンに言い切られてしまったので、曖昧に頷いておく。同時に、この二人は本当に大丈夫かと心配になった。

 とりあえず、鍵を無事に開けたので書庫の扉を開ける。



 中は、一切の無音だった。綺麗に暗闇だけが、しんしんとどこまでも遠くへと広がっている。



 通って来た従来の図書館の部屋とは一線を画した空気に、セスリーン達も身構えているのが分かった。クラウスも初めて来た時はそうだったなと懐かしくなる。

 ここは、帝国の司書でさえも立ち入らない場所。帝国からは見放された空間。

 それでも厳然と佇み、風格に満ちたその空気は、入る者全てに敬意を抱かせるに充分な威厳を放っていた。


「……罠は無さそうだ。入るぞ」


 セスリーンの合図に、ランバートに続いてクラウスも足を踏み入れる。

 掃除などされていないこの場所は、しかし埃っぽくは無かった。きちんと清掃系の魔法がかかっているからだろう。一定時間でこの部屋全体を綺麗にしてしまうという、破格の魔法が作動しているのだ。

 いつから、誰がそんな魔法を施したのかは知らない。そして、ここは帝国が滅びても決して滅びなかった不思議な書庫だ。


「……思ったより広くはないんだなー」

「そうだな。これなら、手分けをすれば何とか今夜中に見つかるかもしれない。急ごう」

「おうよ」

「じゃあ、俺はこっちを。端から順に見て行くのが良いかもしれません」

「そうだな。手あたり次第よりは、片っ端から探すのが良いか」

「よっし。じゃあ、やるかあ」


 クラウスに触発され、二人も気合を入れて黙々と背表紙を探し始めた。

 クラウスはもう既に場所を知ってはいたが、ここでも自身が発見してしまえば流石に都合が良すぎると疑われてしまう。

 故に、二人のどちらかに発見してもらうことにした。クラウスは、わざと本が無い場所の方角へと率先して移動し、二人を上手く誘導することに成功した。後は、目的の書物を見つけてもらうだけだ。


 タイトルは、実に単純明快である。


 故に、背表紙のタイトルだけで恐らくは発見出来るはずだ。

 そして、その通りになった。



「――あったぞ」



 セスリーンが至極慎重な声音で告げてくる。

 ランバートに続く様に、クラウスが慌てた風に駆け寄った。



 タイトルは、『災厄の魔物解体辞典』。



 本当の本当に、昔の禁書を書いた者は、分かりやすさを重視していたのかもしれない。



クラウス「普通、こんな犯罪すれすれの人間をここまで素直に賞賛しないよなあ……」

選択肢「選択しとく? 選択しとく?」

クラウス「とりあえず、選択しないことを選択して良かった良かった」

選択肢「しくしくしくしく」


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