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第2話 何度ループしても助けてくれる恩人


 災厄の魔物を倒した時のことは、よく覚えている。

 空に届かんばかりに大きなその巨体のせいで、ばったばったと人が次々と死んでいったから。

 その屍の合間を縫う様に、クラウスはがむしゃらに走っていた。

 団長や副団長が、中心となって魔物に傷を加えていた。クラウスも魔法で援護したが、炎はまるで効かなかった。獣のくせに、と舌打ちしたくなったのも懐かしい。

 やけくそで放った水魔法が効いた時は、誰からともなく歓声を上げた。その時は既に、騎士団の三分の二が壊滅していた。

 そうして、全員で息も絶え絶えに水を放ち、何とか団長や副団長が魔物に致命傷を負わせた、その時。



「――」



 魔物が、最後の咆哮を上げながら灼熱の息吹をクラウス目掛けて放ってきた。

 あまりの勢いに死ぬ、とクラウスは呆然と悟った。

 それなのに。



「――クラウスっ!」



 どん、っと貫く様な衝撃と共に、クラウスの体は勢い良く吹っ飛んだ。

 そして、クラウスが今し方いた場所が、じゅっとえぐれる様に溶けていく。

 そこには、先程まで魔物に対して傷を負わせていた副団長がいた。



 正しくは、副団長の下半身だけが残っていた。



「――っ、……ら、……!」



 ランバート副団長。

 そう叫びたかったのに、魔物は許してくれなかった。

 もう命も尽きるというのに、魔物はどこまでも往生際が悪かった。殺し損ねたクラウスを目指し、簡単に押し潰せるほどの巨大な手を乱暴に振り下ろしてきた。

 クラウスも必死に逃げた。

 だが、相手の方が早かった。

 今度こそ、死ぬ。

 そう、覚悟した時。



 どっ、と目の前で激しい衝突音が響き渡った。



 目の前には、雪原の様に輝く銀色がいっぱいに広がっていた。

 同時に、真っ赤な花火が弾ける様に上がる。


「こ、の、しにぞこな、い、が……!」


 その銀色の髪の持ち主は、振り絞る様に剣を振り切った。

 苛烈なほどに美しい一閃で、魔物の腕は派手に飛んでいった。

 そうして、今度こそ魔物は地響きを立てて崩れ落ちる。そのまま、端の方からどろどろと溶けていくのがクラウスの目には映った。

 しかし、そんなことはどうでも良い。

 目の前の人が。ランバート副団長が。

 クラウスを、庇って。


「だ、だん、ちょ……!」

「ぶ、じか、クラウ、ス」

「無事です! ど、どうして……っ」

「騎士、は、みん、な、……たい、せつ、な、……っ」


 ごほっと噎せる音ももはや真っ赤に染まり切っていた。

 クラウスは団長の手を握り、必死に繋ぎ止めようとした。

 もう、そんなことは無理だ。分かっていても願わずにはいられなかった。


「団長、……団長!」

「く、ら……は、……いき、ろ」

「――」

「それ、が、わた、……から、の、さいご、のめ、いれ、……い――」


 虚空を見つめるその眼差しから、光が失われる。

 それを間近に見てしまったクラウスは、喉から悲鳴が迸るのを抑えられなかった。

 己のせいで散った命。

 クラウスよりも遥かに優しく、人格者だった彼ら。

 この時、クラウスは海よりも深く、底なし沼よりも更に落ちる様に己を悔いた。

 そして、誓ったのだ。

 もし、この先同じ様なことが起こったら。


 その時は――。











 訓練場に行けば、そこかしこで威勢の良い声と剣戟の音に満ちていた。

 この帝国は残忍過ぎる上層部のせいで委縮はしているが、それでも騎士達は平民達にとっては憧れの場である。普通の平民よりも恵まれた保障をされているからだ。

 給料はそれなりに良いし、食べるものや住むところにも困らない。例え、半ば無理矢理騎士にさせられたのだとしても、地べたを這いつくばるよりはマシだと考える者の方が圧倒的に多い。クラウスも、少し前まではその一人だった。

 だからこそ、女騎士――特に平民は貴族や皇帝に誘われても断らない者が多いし、男はどれだけ理不尽な扱いを受けたり言われても耐えている。



 高位の貴族の騎士はともかく、平民の騎士はこの生活にしがみ付くのに必死だ。



 ここを追い出されれば、最後。追放された不名誉なレッテルを貼られて市井しせいでは生活をしていけなくなるし、奴隷落ちがほぼ決まっているからである。

 やはり、この国はろくなものではない。

 改めて実感し、クラウスが騎士団長を目指して歩こうとすると。


「よう、クラウス。遅かったじゃねえか、平民のくせに」


 いきなり邪魔が入った。

 平民に絡んでくる貴族騎士は一定数いる。クラウスは平民の騎士なため、格好のいじめの対象なのだ。しかも、彼らは団長や副団長がいない時を狙ってくるのでたちが悪い。

 おまけに、クラウスは平民というだけではなく、孤児で路地裏暮らし。その上目も覚めるほどの青髪のせいか、結構な頻度で絡まれる。

 青い髪は、この帝国では非常に珍しい。

 どこか別の国の血が入っているのだろう。下賤で野蛮な国の出かもしれない。そんな風に帝国至上主義のこの国では、外見でさえも差別の対象にする人間がそれなりにいる。

 いつもは適当にのらりくらりとかわして逃げ去るのだが、今回はそうも言っていられない。この先に用があるからだ。


「これはこれは、ベンドー様。末端のわたしめに何か御用で」

「はんっ。口調だけはへりくだってんなあ。平民だから当たり前だけどなあ」

「それにしては、重役出勤とかありえないよな。これは、お仕置きが必要だろう」


 ベンドーを中心に取り巻き達がクラウスを囲おうとしてくる。彼らが手にしているのは全員木剣ではあるが、思い切り叩かれれば怪我ではすまない。下手をすれば骨折ものだ。

 当然、他の平民騎士は見て見ぬふり。貴族の騎士も、「またか」と溜息を吐くだけで助けはしない。ベンドーの厄介なところは、それなりに上の侯爵家の息子、というところである。

 だが、今のクラウスには全く通用しない身分だ。

 何故なら、それよりも更なる上の切り札があるからだ。


「邪魔はしない方がよろしいかと」

「はあっ?」

「お前、何生意気な」

「俺がこんな時間の出勤になったのは、皇帝陛下から直々に勅命を受けたからです」

「――」


 ざっと、周囲の空気が一斉に引いていった。風に舞う木の葉が、肌が斬れる様な唸り方で鋭く飛ぶ。

 皇帝の効果は絶大だ。誰もが皇帝の覚えがめでたくなりたいと願うが、それと同じくらい近付きたくも無い。それが世間の常識なのだ。


「こ、皇帝陛下、が」

「そうです。俺の邪魔をすると、もれなく皇帝陛下の命の邪魔をしたと耳に入ってしまいますよ」

「う、う、そ」

「嘘だと思うならば、直接確かめに行けばよろしいかと。皇帝陛下御自身が立証してくれることでしょう」


 そんなことをしてくれるとは思えないが、言うのはタダだ。

 加えて、元々皇帝のいる玉座の間に入るには、皇帝から直接呼ばれるか、騎士団長や宰相クラスといった本当に上にいる者、またはその同伴者だけである。彼らが会いたいと言って会える人物ではない。

 その中で、クラウスは何と皇帝に会った。しかも、一人で。皇帝に呼ばれて無事に生還しているのだから、クラウスの言葉を疑うことこそ難しい。皇帝に呼ばれたまま帰って来ないのは、ザラだからだ。


「そろそろよろしいでしょうか? 勅命のために、今から騎士団長とお話をしなければなりませんので」

「……あ、……ああ……」

「それでは」


 失礼、と慇懃いんぎんに一礼し、クラウスは足早に去って行く。他の騎士達が道を譲る様に端に寄っていった。まるで、どこぞの神話で描かれていた、海が割れたという光景そのものである。


 それだけ皇帝は恐れられている。平民だろうが貴族だろうが、首を斬られる時は斬られるからだ。


 改めて実感し、どっと疲れと恐れが押し寄せてきた。よく生き残れたな、とクラウスは己の無謀さに笑う。この先も生き残れるかは、これからの交渉次第だ。

 訓練場を抜けて、騎士団の詰め所へと入る。そして団長室の前に立ち、失礼します、とノックをした。

 入れ、という声に従い入れば、騎士団長だけではなく副団長もいた。ちょうど良い、手間が省けるとクラウスは己の運を喜ぶ。

 しかし。


「クラウスか。どうした?」

「――」


 執務机で書類に囲まれながら、溌溂はつらつとポニーテールの女性が笑いかけてきた瞬間。



〝く、ら……は、……いき、ろ〟



 かつて、血まみれになりながら笑いかけてくれた姿を思い出す。

 ぶわっと吹き付ける様によみがえった光景に、クラウスは奥歯を噛み締めて耐えた。気を抜けば、変な声が漏れそうだったからだ。


「クラウス?」

「……あっ、はい。申し訳ありません」

「はっはっは。新人。お前、団長の美貌に見惚れてたなー?」

「――っ」


 続いて、彼女の隣から発せられた、陽気な声が耳に届いた瞬間。



〝――クラウスっ!〟



 突き飛ばして助けてくれた、彼の最期の姿を思い出す。

 ぐっと、喉を引き絞ってこらえていると、流石に変だと感じたのか青年が眉をひそめた。



「おおい、ほんとにどした? 体調でも悪いか?」

「え? あ、はい! いや、その」

「まさかお前、……オレにまで見惚れてたとか言うなよ?」

「え? ええ? ああ、はい、……はははははははっ」

「ははっ。ランバートは見てくれが良いからな。そういえばこの前、ランページのところの次男坊に求婚されてなかったか?」

「……やめてくれ。思い出したくねえ……」



 心の底からげっそりした青年に、女性が快活に笑う。

 この二人が、笑っている。

 クラウスの目の前で、笑っている。

 生きている。――生きている。



〝それ、が、わた、……から、の、さいご、のめ、いれ、……い――〟



 あの、悲しい最期の命令など無かったかの様に、生きている。

 それだけで、クラウスはどうしようもなく安堵した。

 前の人生で、クラウスを命懸けで救ってくれた恩人。



 その彼女こそが、この腐った国の帝国騎士団の団長。セスリーン・ファルマーである。



 雪原の様に輝く白銀の髪をまとめ、利発そうな眼差しは花の様な菖蒲あやめ色が咲いている。

 隣の青年は、副団長のランバート・ヴェルリック。空からあまねく大地を照らす太陽の様な金色の髪に、草花の息吹を思わせる若草色の瞳を宿した青年だ。同じく、クラウスをその身を挺して守ってくれた、恩人である。


 そんな二人は、一緒に並ぶと溜息が出るほど絵になる。


 おまけに、性格もかなり良い。

 この二人がいる前では、先程の貴族達も嫌味や皮肉はぶつけてこない。全て正論で潰されるからだ。故に、権力を笠に着た者達からは煙たがられている。

 ただ、彼らは実家の位がいずれも公爵と侯爵だ。実家の力も強いし、他国にも影響力があるため、皇帝もこの二人はあまり敵に回さない様に気を付けている。世の中、やはり権力である。溜息しか出ない。

 彼らが生きていることを目にし、クラウスは改めて気を引き締める。



「実は、皇帝陛下の勅命を受けまして。恐れながら、お二人にご協力を賜りたく」



 努めて平静に軽く頭を下げると、一瞬で二人の空気が変わった。

 先程までの朗らかさが一転、斬れる様な鋭さが走る。


「聞こう。何があった」

「恐らく、もうお二人にも遺跡に現れた災厄の魔物を倒せという命令が下りてきているのではと思いますが」

「ああ、もちろんだ。今回はあまりに危ない戦場故、半年以内の新人は置いていくことにしているのだが、……まさか。君も参加するのか?」

「はい」

「っ、あんのクズ皇帝やろう! 入ったばかりの騎士まで道連れにする気かよ!」


 ばん、っとランバートが怒りと共に机を殴りつける。

 新人騎士のために怒ってくれる上司は、この帝国では二人くらいだろうなと少しクラウスは感動してしまった。


「ランバート。あの皇帝の性格はよく知っているだろう?」

「そうだけどよ! ……ありえねえ。いや、しかし密かに逃がしたとしても追手がな……」


 ぶつぶつとランバートが額を押さえてうめく。

 その姿に、何だかクラウスは懐かしくなってしまった。この人達は、どんな時でも変わらないと再認識してしまったからだ。



 最初に出た選択肢の一番下、逃亡を選んだ時。生き残る確率が上がる道は、まさしくこの二人の協力を得た時なのだ。



 あの後も幾度となく選択肢が現れ、逃げる方角を決める時にさえ選択肢が現れるのだが、そこで正しい選択をしていれば、この二人が逃がす算段を請け負ってくれる。

 一番見張りの少ない時間帯、緩い見張り役、帝都を脱出した後のなるべく安全な道筋などを教えてくれ、見逃してくれるのだ。

 彼らは最後に「こんなことしかしてやれなくてすまない」と悲しそうな顔で見送ってくれる。彼らが悪いわけじゃないのにと、クラウスは何度思ったか知れない。

 脱出した後の展開次第では、彼ら二人は敵にもなるし、再会する前に既に死亡していることもあった。クラウス自身が帝国の反乱軍として勝利を収める場合は、彼らと協力する道も、敵対する道も存在した。


 こう考えると、本当にクラウスは数多の人生を歩んできたのだと実感する。


 クラウスは、彼らに恩返しをしていない。

 生き残る道では、いずれも彼らがいなければ生き抜けなかった。

 だが、彼らが幸せに――報われる道はほぼ無いと言って良い。

 協力する道を辿った人生でも、彼らは帝国の崩壊を見つめた後、そのまま帝国には留まらないという結末が多かった。幸せになる結末は、たった一つしかなかったと記憶している。

 今のクラウスは、当然自分の命が最優先だ。



 しかし、今までの人生の中で、絶望が蔓延はびこる時に手を差し伸べてくれたこの人達のことも助けたい。



 恩を受けて見捨てるほどの薄情さは、どうしても持てなかった。

 だからこそ、彼らに協力してもらい、共に生きる道をまずは見つけなければならない。

 故に、最善を尽くしていく必要がある。これは、そのための第一歩だ。



「お二人が密かに集めた情報では、魔物の姿は獣。そして、狼の様でありながら、とても尻尾の長い魔物だったと聞き及んでおります」

「――」



 どうしてそれを。

 そんな声が声なく聞こえてくる様だ。

 クラウスは人生何百回目である。当然、魔物の姿、特徴、能力、弱点なども把握していた。記憶が無い時にがむしゃらに選択していた人生とは訳が違う。



 このアドバンテージを利用しないなど、愚の極み。



 かつて、斥候役や情報収集で右に出る者はいないとまで言われた人生を送った時の力、発揮する時である。


「お二人が俺を疑いたくなるのも無理はありません。ですが、まずは話を聞いて頂きたい」

「……聞こう」

「ありがとうございます。まず、災厄の魔物について記された書物が、この帝国の地下深く、それこそ禁書が眠っていると言われる書庫にございます。情報を得るため、何としてでもそこに忍び込みたいのです」


 見つかれば、一発で斬首ものの禁忌である。

 堂々と臆面もなく言い切ったクラウスに、さしもの二人も一瞬押し黙った。それでも、ドン引きする雰囲気でないあたり、肝が据わっている。


「このままでは、恐らく魔物を退治出来てもほぼ全滅が目に見えています」

「……そうだな。私自身で一度偵察に行った。眠っているだけで、あの大量に漏れ出る力の波動。新人では威嚇されたら動けなくなるだろう」

「その様ですね。……なので、何としてでも弱点を見つけ、用意したい」

「それはそうだが、……しかしな、時間が無い」


 皇帝が。

 そう言いたげなセスリーンに、クラウスはにやりと笑う。



「皇帝が、一週間の準備期間を設けて下さいました」

「何⁉」



 がたっと椅子を蹴り倒して立ち上がるセスリーンに、クラウスもぴんっと背筋が伸びた。

 当然だ。今まで皇帝が、そんな猶予をくれたことなど無かったのだから。


「私達には、どう進言しても二日後と譲らなかったのに」

「っへー。お前、どうやったんだよ?」

「ポイントはおだてです」

「「おだて?」」

「……ああ、いや、それはともかく。それだけの時間があるので、余裕はあるかと」

「ふっはー。お前、やるなあ。見直したぜ」


 ぐしゃぐしゃっとランバートが乱雑にクラウスの頭を撫でてくる。

 この人は、こんなに気安く触れてくれるのか、と初めて知った。ほとんど接点が無かったからこそ――あの命尽きた姿を見たからこそ、泣きたくなる。


「続けます。……これは、他の国から来た旅人および吟遊詩人から聞いた話ですが。この一万年という歴史の中、幾度となくあらゆる国で災厄の魔物は現れ、退治されたと聞いています」

「確かにそうだよなー。もちろん人間が全滅したって話も聞くが、その後はちゃんと討伐されてるんだからよ」

「そうです。そして、その退治出来た理由は、先人が遺していた記録にある、と。それは、どの国にも保管されている。帝国の場合は、禁書と呼ばれるものが眠る場所だろう、と……以前旅人から酒場で得た情報ではありますが、火のない所に煙は立たぬ、です。可能性は一握りでもあるかと」


 本当ならば、こんな回りくどい方法を取らなくても、クラウスが「弱点は水と大きな音だよー」と言えば良いのかもしれない。

 ただ、それだと「何でそんなこと知ってる」「まさかお前、手先か?」「怪しい奴だ。やっちまえ!」とぼっこぼこにされた挙句に殺される可能性100%だ。絶対に取れない手段である。

 だからこそ、まずは確実に書かれているだろう書物を発見することが先決だ。前の人生の一つで、司書となり、あらゆる場所の秘密の書物に触れた経験がある。帝国の地下書庫も言わずもがな、だ。帝国の場合は、今の皇帝から代替わりした場合の帝国であることが条件だったが、配置は変わっていないはずだ。あそこは、ここ百年以上開かれなかった場所だと聞いたからだ。

 故に、書物の場所もきちんと覚えている。こんな時、ありがとう、これまでの記憶、と感謝したいくらいだ。

 クラウスの話は眉唾ものだ。大抵の者ならば一笑に付して終わるだろう。

 しかし、彼らならば。



 民も、仲間も、等しく守りたいと願っている二人ならば。



「……。分かった」



 セスリーンが、団長の顔をして頷く。かなり難しそうに眉をひそめていたが、決断が素早い。

 しかも、その眉を顰める横顔さえ美しい。顔面偏差値って無情だな、とクラウスはこっそり嘆いた。


「今夜、乗り込んでみよう。しかし、見つけた後はどうする? 禁書なのだろう?」

「その魔物のことが書かれたページを模写しようかと」

「模写あ? 何のためにだよ」

「あたかも、先人がこの国の先を憂いて、一般の書庫のほぼ手に取られない場所に隠してあった書物に紛れ込ませていましたー、というていを取ろうかと」

「おおっと、思った以上の力技だなー。いや、皇帝がそれで騙されてくれるかー?」

「大丈夫です。皇帝ですから」

「「は?」」

「皇帝なら、それっぽいこじつけ理由を皇帝を持ち上げる様な形ででっち上げれば、乗ってくれますよ。今回の猶予期間もそれでもぎ取りましたから」

「は、……」


 二人がぽかんと目と口を丸くする。クラウスも、彼らの立場だったらそんな反応をするかもしれない。

 とんでもなく穴だらけな作戦ではあるだろう。

 しかし、侮ることなかれ。事実とは小説より奇なり、なのである。

 それに、あの皇帝はおだて具合ではどうとでもなる。例え周りが色々言おうと、それらしい皇帝持ち上げ理由であれば頷いてくれる可能性は大だし、細工をしてプロの目を誤魔化すことも可能だ。



 何を隠そう、クラウスは贋作家、紙職人、考古学研究者も経験している。



 贋作家は悪人人生まっしぐらだったが、あれは金が全く無くやむにやまれてという状態だった。言い訳しても変えられない罪ではあるが、誰かを助けるためなら詐欺師にだってなろう。

 それに、何故かやり直しの人生のはずなのに、今までつちかってきた技術は身に付いていた。とりあえず、ここに来るまでの間に適当な扉で鍵開けをして確認済みだ。これも、選択肢に気付いた恩恵なのだろうか。

 不気味ではあったが、背に腹は代えられない。使えるものは何だって使う。それが、生き残る流儀だ。


「大丈夫です。失敗したら、全て俺のせいにすれば万事解決です」

「そんなことはしない」

「そうだなー。オレ達だって協力するんだ。……失敗したら、オレ達二人の責任だ。オレ達は上司なんだからよ」

「それは駄目です。……俺が言い出したことには、俺自身責任を持ちたい。ですから、どうしても一緒に背負ってくれるなら三人でお願いします」

「クラウス……」


 胸を突かれた様にひるむ二人に、クラウスはいかに自分が無茶を言っているかは承知している。

 しかも、こんなに簡単に己の話を聞き入れ、あまつさえ下手をすればすぐ処刑される場所に忍び込んでくれるなど普通はしない。



 ただ、それだけ切羽詰まっている、とも言える。



 彼らも、災厄の魔物に挑む愚かさを知っている。恐らく、己の命は無いと覚悟だってしているのではないだろうか。おまけに、部下達を死地に送り込むと分かっていて、心を痛めない彼らではない。

 だからこそ、眉唾物の話でも、すがるのだ。溺れる者はわらをもつかむ。まさしく、クラウスの話は藁なのである。


 だが、彼らが乗ってくれるのであれば、藁で済ませはしない。


 クラウスは、何度も彼らに助けられてきた。

 彼らは覚えていないだろう。

 しかし、それでも、クラウスは覚えている。魔物との戦で、そして必死に国から逃げる時に手を差し伸べてくれたのは、彼らだけだった。


 彼らがいなければ、クラウスは生き残れなかった。


 馬鹿な人達だと思った。何でクラウスを助けて、と思った。

 しかし、それが彼らという人間だ。

 そこまでお人好しの彼らには、返しきれない恩がある。



 だから、絶対に生かす。



 クラウスの、果てしない挑戦たびじの最初の目標だった。



クラウス「この人達のためなら死んでも良い」

選択肢「また首刎ねられるところからやり直すね!」

クラウス「死んでも良いくらいの心意気で生きていくしかない」

選択肢チャンスだったのに


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