第11話 選択肢仲間、誕生
「――クラウスっ!」
「――」
大声が頭上から降ってきて、クラウスはぱちりと唐突に目を覚ました。
目を開ければ、いきなり人間の顔が二つドアップで飛び込んでくる。うわ、っと思わず声が漏れて体を後ろに引――けなかった。何か固いものが背中に当たっていたからだ。
何だと周りを見渡せば、ここは騎士団の詰め所の中の医務室だ。真白なベッドに寝かされていたのだと知り、クラウスは軽く混乱する。
「え、っと……」
「目が覚めたか、クラウス!」
「……、だ、団長? と副団長……」
「セスリーンと呼べ!」
「ランバートと呼べー!」
「い、いや。……ってえ……」
二人のどさくさの我がままを突っぱねようとして、体中のあちこちに激痛が走る。
痛みに顔を顰めると、二人が慌てた様に飛び上がった。二人とも仲良いな、とどうでも良い感想が頭を過る。
「ど、どうした! 死ぬな!」
「い、いや、死にませんよ。……ここは。あれ? 魔物は」
「魔物は倒したぞ」
「ああ、そうでした。……団長も副団長も、強いですよね。特に、副団長。まさか口の中に突撃するとは思いませんでした」
「あれくらいならなー。一回目の息吹を吐いた後、口を開きっ放しのまま硬直してたのを見たからよ。二回目も行けるって思ってな。氷の魔法玉投げた後に突進した」
冷静に状況を分析していた様だ。
やはり、ランバートは武術の才能に溢れているな、とクラウスは感嘆する。
「お前が、敵の攻撃を受けきってくれたおかげだ。相手の隙をきちんと突けた。……ほんっと、肝が冷えた。……生きててくれて、ほんっと、……良かったぜ……っ」
ぎゅっと、ランバートが手を握ってきた。セスリーンも反対側の手を握ってくる。
微かに、二人の手が震えている。本当にクラウスは危ない綱渡りをした。
だから、安心させる様にクラウスも握り返した。それを更に強く握り返される。この二人は馬鹿力だ。痛い。
「……俺、もしかして結構寝てました?」
「そうだな。一週間ほどか」
「おおっと。結構な時間でしたね。運んでもらってありがとうございました」
「オレと団長で交代して運んだからなー。結構目立った凱旋になったぜ?」
「……えっ? ……、は?」
二人に運んでもらった。
確かにクラウスは気絶をしていたのだから、自分の足では歩けない。必然的に誰かが運ぶ羽目になるだろう。
だが、それをまさか二人が請け負ってくれていたとは。貴族騎士――特にベンドーの視線が恐ろしかったのではないだろうか。容易に想像出来て、体が震える。
「ええっと、……あ、ありがとうござい、ま、す?」
「うむ。これくらいならいくらでも請け負おう。何せ、我々にとっても英雄だからな」
「いやあ、民衆からも熱い拍手と熱視線だったぜー? オレと団長でお前を担ぎ上げての凱旋だったから、目立った目立った」
「うむ。彼は誰だ? とみんなざわざわしていたから、『彼こそが今回の英雄だ』と宣伝しておいたぞ」
この二人、何てことをしてくれたんだ。
クラウスはあくまで、己の手柄にせずに目立たず騒がずやり過ごそうと考えていた。
それなのに、この二人はあろうことか矢面に立たせるかの如く派手に帰還しただけではなく、英雄だと宣伝しまくったという。益々《ますます》、他の騎士――特にベンドーと顔を合わせるのが恐い。平民のくせにと、また喧嘩と言う名の暴力を吹っ掛けられる。
嫌だなあ、と今からどんより雲の様な憂鬱さに見舞われながら、のろのろとクラウスは上半身を起こす。
「皇帝陛下が目が覚めたら顔を出せ、と言っていた。まだ目覚めていないということにするか?」
「……いえ。一応、動ける様なので起きます」
「そうか。だが、無理はするなよ。一週間眠っていたのは、すっからかんになった魔力を回復させるため、と医師は言っていた。命に別条はないと言っていたが、……終わってすぐにぶっ倒れたのでな。心配した」
「……ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いいって、いいって。あ、でも無事に作戦は終了したからな。約束通り、敬語は無しで、呼び捨てな」
「ええ、うわあ……。……ああ、いえ。約束してはいな」
「約束通り、な?」
「……」
この二人は、公爵家の令嬢と侯爵家の子息。そんなにあからさまに仲良くしていたら、目立って仕方がない。
しかし。
じーっと期待する様に、きらきらと輝く二対の瞳がクラウスを貫いてくる。
ベッドの端に頬杖を突き、可愛らしく子供の様にきらきら目を輝かせる大人二人。彼らは、かなりの人格者で部下達に憧れられていた気がするが、実態は今の様に酷いかもしれない。
だが、そんな彼らを可愛いと感じてしまう己もいる。その事実に、クラウスは頭が痛い反面、どこか諦めの境地に達してもいた。
「……。考えておきます」
「考えるな。心で感じろ」
「え。じゃあ嫌です」
「心で感じるな。頭で考えろ」
「……団長って、子供みたいですね」
「子供心は常に忘れない。それが、大人の大切な心得だ」
「そーそー。子供心を忘れた大人なんて、退屈なだけだしなあ。クラウスも、結構子供っぽいところ、あるだろ?」
一緒にしないで頂きたい。
そう思いはしたが、先程猫の形をした神に礼儀を失したり、ベンドーに敬語を使わなかったりと、大人としては失格な部分は多々ある。
それに。
――この二人といると、楽しいんだよな。
猫神曰く、理から外れた同士。
あの空間での出来事は、きっと夢ではなかった。夢で片付けるには、あまりに鮮明な夢で、認識もはっきりしているからだ。
猫神のことを信じきれはしないが、もたらされた言葉が嘘だとも思えない。
ならば、この二人はもうクラウスと同じく己の意思で歩くことを決めたのだろう。
選択肢の真実を言える日は、来るだろうか。
分からないながらも、クラウスは何となく親近感を覚え――。
「あ、そういえばさあ。クラウスって、選択肢、ってやつ見えたりするか?」
――いきなり爆弾を放り投げてきた。
ぐるん、と勢い良く振り向くと、「あー、これは見えるやつ!」とランバートが嬉しそうに手を叩いて喜んだ。何故喜ぶ、と毒づきたい。
「んなっ、な、……はあっ⁉」
「おお、これが世に聞く逆ギレというやつか。新鮮だな」
「え、だ、だん、団長?」
「ふむ。見える仲間の様だな。何よりだ」
「え。……え? いや。どうして」
「いやあ、実はクラウスがあの魔物に息吹を吐かれそうになった時、選択肢っていうやつが現れてなー。見捨てろ見捨てろって、いきなり訳分かんないことばっかり出てくるから、腹立って……殴っちまった」
物理的に殴る人間がここにいた。
むしろ、あの選択肢って殴れたのか。
今度出てきたら殴ってみよう。クラウスは愉快なことを聞いて少しテンションが上がった。
「私も、お前を見捨てて攻撃の機会としろ、という選択肢が出てきてな。助ける選択肢もあったのだが、身を挺して庇うか? みたいな言い方をされてな。いや、他にもっとやり方があるだろう、と。剣で全てぶった切ってしまった」
こっちも暴力的に解決していた。
セスリーンといい、ランバートといい、最初の頃に抱いていた印象が粉々に砕け散っていく。
人格者ではあるのだろうが、思った以上に豪快で軽快な人物の様だ。クラウスとしては、好感度が上がっていくから厄介である。
「だから、全力で全員に防御玉をクラウスに投げつけろと命令してな。私とランバートは全部投げ切った後、魔物が息吹を吐いた後に備えて魔物へと駆け寄り、倒したというわけだ」
「いやあ、博打っていやあ博打だったけどよ。……ベンドーが防御玉を投げて、他の奴にも投げる様にジェスチャーしてるの見てな。お前の魔法も相当っぽいのが氷の魔法玉で分かってたから、信じたんだよ。……とはいえ、お前が倒れた時はヒヤッとしたがなー」
いやあ、無事で良かった良かった、と二人が安堵して体の力を緩める。
なるほど。確かに猫神が言った通り、二人にとって助ける選択肢は「GAME OVER」に繋がるものしか無かったのだろう。
だが、二人とも助け方を変えた。選択肢以外の、選択肢以上の答えを導き出したのだ。
助けながらクラウスを囮にし、犠牲を出さずに魔物を倒したのである。
やはり、二人は凄い。
魔物を倒せたのは、間違いなくこの二人の臨機応変のおかげだ。
「……ありがとうございます。おかげで、助かりました」
「おうよ。……しっかし、いきなり選択肢が現れて驚いたぜ。何だったんだろうな、あれは」
「クラウスも見える様だな。お前はあの時、何が見えたんだ?」
「あー……」
わざわざ「GAME OVER」を説明する必要はないだろう。恐らく、二人には見えていない。見えていたら、変な文字があったくらいは言いそうな気がする。
それに、猫神の反応は、その単語自体見えているのが例外だと告げていた。
故に、嘘を吐かないまま、あえて省いて伝える。
「俺は、ベンドーを身を挺して助けるか、見捨てるか、というものでした」
「……ああ。やはり、そういう感じか」
「確かにベンドーは腹立たしいし嫌いだし、いっそいなくなっても痛くもかゆくもない人間だとは思っていますが」
「おーおー、言うねえ」
「でも、……あいつは、俺に逃げろって言いました。普段はあれだけ嫌味満載だっていうのに。……癪に障るんで、助けました。全力で」
「おーおー、アマノジャクってやつだなー」
「後悔はしていません。……助かって、良かったです。みんな」
心から緩んだ声でそう告げると、二人とも一瞬きょとんとした後、すぐに破顔した。二人の笑顔は破壊力抜群である。クラウスの目が眩し過ぎて潰れた。
「クラウスの言う通り、色々弱点を見つけて対策したおかげで、ほぼ全員無事だ。感謝するぞ」
「いいえ。俺だけでは成し遂げられないことでした。お二人が、怪しさ満点の俺を信じてくれたから、生きて帰れたんです。ありがとうございました」
「そうかそうかー。じゃあ、そのお礼として、オレ達には敬語抜きなー」
「……ぐっ」
「それに、……同士っぽいし? 共に、選択肢? みたいなあれをぶっ壊した同士ってやつで。どうよ?」
「そうだな。選択肢に惑わされず、勝ち取った同士だ。……ここで同士じゃない、と言われたら淋しいぞ?」
「ぐ……っ」
しゅん、といかにも悲しそうに笑いながらセスリーンに眉尻を下げられ、クラウスは言葉に詰まった。ランバートにも思い切り同じ顔をされ、殴りたくなった。
この二人は、どんな顔で迫ればクラウスが弱いか、既に熟知しているらしい。短い付き合いのはずなのに――むしろ相談するまではほとんど接触が無かったのに、意味が分からない。この短期間で本質を見抜くとは、流石は上に立つ者達と言うべきか。
じーっと眉尻を下げたまま、いつまでも見られるこの状態。拷問以外の何物でもない。
そして、クラウスの方が折れるのは早かった。
「……分かった、よ。……セスリーン、ランバート」
「おおっ!」
「よっし!」
「でも、みんなの前では団長と副団長って呼ぶからね」
「よいぞよいぞ!」
「あ、でも敬語はどこででも抜かす様になー」
「無、無理だ!」
「無理ではないぞ、無理ではないぞ」
「大丈夫。副団長の特権で、全員に通達すっから」
針のむしろ状態になりそうだ。
今から訪れるだろう遠くない未来の地獄絵図に、クラウスは騎士団抜けようかな、と真剣に検討し始めるのであった。
選択肢「ぼ、暴力は反対だよ?(ぶるぶるぶる)」
クラウス「いや、今まで散々人を死に叩き落としておいて、今更通じると思うか?」
ランバート「よう。また殴りに来てやったぜ?」
セスリーン「はっはっは、試し切り出来る逸材が現れて嬉しいぞ」
選択肢「ひいいいいいいっ!」
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