第10話 灯火として歩み始める
「じ、自由に生きる証明?」
告げられた内容は、釈然としないものだった。
普通、神々の審判を受けるとなれば、人間は間違うだけの生き物ではないとか、人は過ちを繰り返してもやり直せるとか、手を取り合う可能性を秘めているとか。そういう姿を見せつけて欲しいと願うものではないだろうか。
しかし、猫の姿をした神が希ったのは、まさかの自由に生きることである。
自由に生き過ぎたから、神々は怒ったのではなかったのか。
無理矢理見せつけられた神話の事実を鑑み、クラウスは混乱の境地に陥った。このどこまでも広がる夜空の空間の如き深みである。
「……。いや、自由に生きたら、また俺、管理される側に戻るんじゃ?」
『そうでしょうか』
いや、そうだろうよ。
思い切りツッコミを心の中でしつつ、クラウスは呆れ返る。
人間は厄介な生き物だ。心を持つが故に、更に知恵があるが故に、様々な人種が現れる。相反する思想が生まれ、欲を現実にするために対立し、結果人々は争いを続ける。
今までの人生、どれだけ平和を願う者がいても、結局は片方が奪う側になるしかなかった。国同士が和睦を成立させた人生もあったが、帝国はどう足掻いても滅ぼされる側か、搾取する側でしかなかった。
それは、結局人間が自由に生きた結果だから――。
「……。あれ」
自由に生きた結果。
頭の中でそう繰り返し、クラウスは違和感に気付く。
そういえば、クラウス達は今の今まで選択肢に従って生きてきた。今現在も、クラウス以外は恐らく神々が与えたという選択肢を無意識に選んで生きているのだろう。
その結果、どの人生でも帝国はろくでもないままだった。反乱軍や隣国が帝国を滅ぼさない限り、そこに住む者達は虐げられたままだったのだ。
神々は、人々を管理しているという。
それなのに、何故争いを生む様な道を残すのだろうか。完全に管理するならば――世界の荒廃を防ぐならば、人々に正しい行いを常に選択させる方が良いに決まっているのに。
訴える様に猫を見やると、静謐に真っ直ぐ見つめられた。
この猫は、姿を現した時からとても凛とした気配を湛えている。その清冽とも言える眼差しは、クラウスの心を鋭く、けれど清らかに貫いた。
「……管理されているはずなのに、どうして争いは生まれるんだ?」
クラウスが問うと、猫はふるっと小さく首を振った。
『……それも含めて、審判です』
「はあ?」
『この世界に生きる者達は、いずれも十二神のいずれかの加護を受けています。地水火風などの魔法属性や、鍛冶や研究、芸術などの技術、賢者の如き知恵や勇敢なる武術、手先の器用さなど。選択肢を選ぶことで、人々はどの加護を受けるかが決まる』
「え。そうなのか?」
加護は生まれた時に既に決まっていると、人々の間では考えられていた。十二神を祀る教会がその様に教えを広めているからだ。
しかし、そう言われてみると思い当たる節はある。クラウスはあらゆる人生で、様々な職業に就いてきたからだ。
剣をそれなりに極めたこともあれば、暗殺術に特化したこともあり、更には画家や紙職人、贋作の芸術家や宮廷司書、反乱軍の首謀者に研究者――果てには王にまでなった人生もある。
考えてみればこれらの職業は、別々の神の加護を受けていなければ為すのは難しい。
猫が語る内容は、少なくとも真実だ。
全てを語ってはいなくとも、それだけは確信した。
「……でも、その神々の加護を失ったんなら、俺がこの空間から脱出したら、全部の技術が失われてるってことか?」
『いいえ。貴方は私の加護を発現しました。故に、今までの人生で身に着けた全ての知恵と技術を受け継いだのです』
「は、はあ?」
何というアドバンテージだ。
少しずるくないかと思いつつ、しかしこのおかげで今回魔物による被害を最小限に抑えることが出来た。恐れ多くはあるが、感謝しかない。
だが、何故この猫の加護を受けたら、今までの人生で身に着けた全ての技術が備わっているのか。
「……えっと。確か、知恵と心を授けた神、だよな?」
『そうです』
「……悪い。意味が分からない」
『そうですね。まず、知恵と技術は対なるものです。別々に考える者も多いようですが、どちらも無ければ上達は難しい。……例えば、剣の素振り一つとってもそうです』
「剣の素振り?」
『ええ。ただただ繰り返し素振りをしても、構えが悪ければ上達しません。ですから、最初は闇雲だったとしても、どうすれば上達するかと徐々に考える様になるでしょう』
「ああ、まあ……」
いつまで経っても上達しなければ、剣術の道の者に聞く。または、自分で調べて考える。様々な方法はあるが、確かにより良いものにしようと努力するだろう。
『それは、考える力が無ければ出来ない行為です。思考力――つまり知恵があるからこそ、上達するということです』
「……。確かに」
『そして、発明をするにはまず閃きや発想など、知恵が必要になります。そして、それを実行するには、ある程度の技術に対する理解が必要です』
「……」
『当然、一人だけではなく他の者達と協力するでしょうが、そもそも技術が無ければ知恵は無駄になる。技術があるから、知恵による発想を形に出来る』
「……そうだな」
『つまり、知と技は表裏一体の関係。私の知恵の加護は、同時に技術の加護でもあります。だからこそ、貴方は培った知恵と技術を身に着けたままでいられるのです』
何だか物凄い屁理屈な気がする。
だが、こじつけでも意味は分かった。つまり、知恵の加護を持ったクラウスは、知と一体である技術面の加護も受けられている、ということだ。
しかし、他の神の加護も様々な技術に対するものがあるのに、この最後の神の加護は漠然としている。
裏を返せば、漠然としているからこそ、どこまでも果てしなく加護の範囲が広がっている、ということだ。
まさに、無限の可能性。
最後の神が人間に授けた加護は、良くも悪くも人間が自由に生きるためには充分過ぎる力だ。少なくともクラウスにとっては、恐ろしいくらい便利なものに思えた。
「……あんた、……ああ、いや。神様だから、こういう言葉遣いはまずいか。今更だけど」
『本当に今更ですね』
「ぐ……っ」
『構いません。貴方には、自然体で話して欲しい。……神々に生きる道を強制されてから、初めて出会った、輪を抜け出した人。私にとっては、まさしく願いなのです』
そこまで言われたら、クラウスとしても何も言えない。
胡散臭いことに変わりはないが、とりあえず出来る限り情報は欲しかった。
「……あんたは、人間を信じていたのか?」
『……?』
「いや、だってそうだろ? 心や知恵なんか渡したら、いずれ悪用する奴が現れるに決まってる。それなのに、どうしてそんな危なっかしいものを渡したのかな、って」
実際、この世界は人間達の悪意と欲望の渦で荒廃していったのだ。
世界を平穏に保ち、あらゆる生命に必要な自然を大きく削り取って行き、科学が発展するにつれて人々は利便性の陰に隠れた代償に背を向け、もっともっとと欲深い人間達が他者の利を奪い、殺し、そうして世界は滅びの一途を辿って行った。
他の神々の懸念は、クラウスも何となく理解出来る。
クラウス自身、今の帝国は滅びた方が良いのではと思うくらい酷い有様だ。
平民は重税に喘ぎ、路地裏暮らしの人間達は満足な衣食住も与えられず、それなのに上にいる貴族達は平民から搾り取った金で贅沢の限りを尽くしていた。大半の貴族は権威を振りかざし、更に弱い者達を虐げていく。平民の命は、綿よりも軽い時もあるくらいだ。
クラウスでさえそう思うのだから、世界を創った神々の嘆きは相当のものだっただろう。
それなのに、何故目の前の猫――猫神は、人間に甘いのだろうか。
『……貴方は、とても冷静ですね』
「そうか?」
『普通、全ての人生を管理されていたと聞いたら、腹が立つ気がするのですが。それとも、その方が楽でしたか?』
言われて、クラウスは考える。
そもそも、楽だとか苦しいとか、そんな風に考える暇も無かった。いや、それぞれの人生では死にたくなるほど絶望したことも、実際に恐怖を覚えて死んだりしたこともあったが、管理されているから楽、という考え方自体が無かった。選択肢を認識していなかったのだから、当たり前だろうが。
しかし、今回初めて自分の意思で選択肢に逆らい、己自身で方法を模索して道を切り拓いた。今回の魔物に対する圧倒的な勝利は、選択肢に従っていたら決して掴めなかった勝利である。
ほとんど死者が出なかった。
セスリーンもランバートも生きている。あまり嬉しくは無いが、ベンドーも生きている。普段いじめてきた彼がクラウスの命を心配した。その意外な一面も知れた。
そして、――この猫神にもこれ以上人間を殺させずに済んだ。
管理されている方が楽なのかもしれない。
だが、管理されていたら味わえなかった喜びと達成感が確かにある。
「……俺は、まあ個人的な意見だが。選択肢に逆らって生きて良かったよ」
『――』
「おかげで、救いたい人も救えた。……これからも選択肢が現れようと、それが意に沿わないものだったら逆らってでも突き進むよ。俺の願いと重ならない限りはね」
自分の人生だ。神々に創られた命だとしても、思考を持ち、感情を育み、己の足で歩く人生だ。
ならば、どんな結末になろうとも、どれほど深く後悔しても、クラウスは自分で道を選び取り、生きていきたい。
『……そうですか』
「ああ」
『それでこそ、……私が人間達の営みに、願いを託しただけはあります』
猫が目を伏せ、感慨深げに囁く。
彼か彼女か。いまいち正体がおぼろげだが、猫神の考えていることを全て分かろうとするのは至難の業だろう。答えたくないことは、どうせ答えてはくれまい。
「それで、どうして人に心を与えたんだ?」
先程の質問を投げかけてみる。
すると、猫は心の底から不思議だと言わんばかりに淡々と小首を傾げた。
ちょっと可愛い、と思ってしまったのは内緒である。
『どうして?』
「だって、心を与えなければ、ある意味機械的に動くだけの生き物だったかもしれないのに。そうしたら、世界だってもっとマシに保たれていたかもしれないんだろ?」
『……我々神々にだって、心があるのです。心があるから、世界を壊していく人間に憤り、封印をした』
「そうみたいだな」
『神々にも心があるからこそ、時には自分勝手に相手の行動を決めていく。……神々が絶対正しいわけでもないのです。心がある限り』
「……え」
『それを教えてくれるのは、やはり心を持った存在。……いつか、我々神が間違いを犯した時、間違っていると言ってくれる存在が必要だと、私は考えました』
「えええ……いやいや。創造主に向かって、それは間違ってる! 直せ! とはおいそれと言えないんじゃ……」
『そうかもしれませんね』
だったら意味ないじゃん。
そんなツッコミが脳裏を過ぎったが、「そうかもしれませんね」で終わりそうだ。故に、無駄な労力は惜しむ。
猫の表情は一貫して変わらない。態度もそこまで変化がないので、いまいち感情や意図が読みにくい。
だが、そんな反応であっても、嘘は言っていないんだろうと直感する。
あえて言っていないことも多いだろう。
しかし、嘘を吐かない様にしてくれている。だから、話せないことは適当な返事で流してくるのだ。
『貴方は、これから私の加護を受けた灯火として人生を歩んで行くことになります。恐らく、選択肢はこれからも襲ってくるでしょう』
「……やっぱり、まだ選択肢って来るのか?」
『ええ。それこそが、神々の審判の判断材料ですから。……ですが、今までの決められた行動から外れた貴方にとっては、見たことのない内容ばかりとなるでしょうね』
「やっぱり、そうか……。つまり、あのGAME OVERっていう言葉を何度も見なけりゃならないってことか……」
それはそれで気が滅入る。選択肢に常に「人生終わるよ」みたいな単語が浮かんでいたら、他の選択肢を選んで回避したくなるではないか。
しかし、それこそが神々の思惑なのかもしれない。軌道修正しようという姑息な手なのだろう。クラウスとしては、死を回避する予測を立てられる手段と割り切るしかない。
だが。
『……。げえむ、おおばあ?』
初めて。
本当に初めて、猫が動揺した。
声が上擦った。目も微かにだが丸くなった。
おかげで、クラウスの方も動揺で腰が引ける。
「な、何?」
『その、げえむ、おおばあ、とは何ですか?』
「は? あ、ああ。最初の選択肢からそうだったんだけど、選択肢の一つに必ずその単語が入っているんだ。それで、その選択肢は、選ぶと死にますっていう意味だと思う」
『――。何故です?』
「えっと、……例えば皇帝の命令を断ったら、今までの人生で全部死んでたんだけど。その選択肢にまさしくGAME OVERって書いてあったから」
軽く説明すると、猫が深く思考に沈む様に頭を垂れる。
何だかよく分からないが、猫にとっても予想外の事態だったらしい。
急かしたくなるのを懸命に飲み込み、クラウスが言葉を待ち望んでいると。
『……そうですか。貴方は、……本当にこうなるべくして理を外れ、灯火となったのですね』
一人納得されてしまった。
勝手に理解していないで説明して欲しい。
だが、猫は無情だった。
『そのことについて、私から話せることは何もありません』
「おおいっ」
『ただ、……貴方とこれから深く関わっていく人は、貴方と同じく理を外れていくでしょう。……恐らくもう既に、……セスリーンとランバート、という者がそうであるはず』
「え? あの二人が?」
確かに今回の人生が、一番彼ら二人の意外性に触れられた。
しかし、そうであるならば彼らも選択肢という存在に気付いたのだろうか。
『貴方だけではなく、この世界に息づく人間は全て選択肢に管理されています』
「……うん」
『ですが、その二人も選択肢を壊していることでしょう』
「え? 何で分かるんだ?」
『貴方の記憶を垣間見ました。……貴方に向かって防御玉を投げ放ったのは、きっと、選択肢には無かったこと。通常ならば、もう死んでもおかしくない、最後の悪あがきでしかないというあの場面で、選択肢に「助ける」というものは無かったはずですから』
「え。いや、俺はベンドーを助けるっていう選択肢があったんだけど?」
『恐らくそれには、げえむおおばあ、と書かれていたのでは?』
「……。そうだよ」
何故分かるのだろうか。
しかも、クラウスの記憶をいつの間に覗き込んだのか。神は何でもありだな、と呆れ返る。
『……勝手に覗いたのに。そこで恐れたり怒らないのは、珍しいですね』
「だって、神だろ? 何が出来たっておかしくないだろ」
『まあ、その通りですが、……。……話を戻しますが。防御玉を投げたって、助かる見込みがあったかどうかは分かりません。五分五分、といったところだったでしょうか』
「うわ、……そんなにまずかったのか」
『なのに、助かった。その二人も、貴方を助けたのに生きている。ならば、選択肢を超えた選択をした可能性が高い。……そう考えると、ベンドー、とやらの行動も、もしかしたら理から外れてきているのかもしれませんね』
「……ええええー……あ、あいつが?」
『貴方の今回の勝利は、理を外れ、己の頭で考え、行動を起こした結果によって成されたもの。灯火の近くにいれば、理は外れやすくなる。……貴方の行動を見て、彼らにも何か動かされるものがあったから、神々にとって予想外の行動をした。だから、これからの貴方の行動次第で、味方も敵もいくらでも増やすことは出来るでしょう』
告げた直後、猫の体が淡い光に包まれていく。
何だ? とクラウスが疑問を抱くと、猫が「ああ」と淡々と呟いた。
『どうやら、時間のようですね』
「え? 時間?」
『ここは、どこでもない空間。貴方を呼び出したのは、私の力を振り絞った悪足掻き。……どうか、生きて下さい。貴方が、貴方自身がやりたい、正しいと思ったことを行ってください』
言いたいことを言っていくうちに、猫の姿がどんどんと輝きの泡に包まれて見えなくなっていく。
同時に、周りの夜空の空間も夜明けの如く白み始めていった。
「……ちょ、ちょっと待って。まだ、聞きたいことが。何故かいつも十八歳から始まることとか――」
『貴方以外の者達は、理から外れ、選択肢を蹴った時点で、もはや選択肢が現れることはありません』
「ええっ? な、何で?」
『灯火は、貴方。……これからの帝国だって、変わるかもしれない』
「はあ? いや、ちょっと」
『貴方がどんな風に生き、どの様に自由を証明するのか。……どうか、祈らせて下さい。私には出来なかったことを……貴方が灯火として照らし、証明して下さい』
「……最後の最後まで、勝手だなっ。俺が納得したわけでもないのにっ」
『再び会える日が来たら、その時は文句もたくさん聞きましょう。その時には、――』
猫が何かを伝えてきたが、もはや風や光り輝く音によって聞こえてこない。
クラウスは腹が立つよりも、焦るよりも、やはり呆れてしまった。
ここまで一方的に呼びつけて、一方的に神々の真実を流し込み、一方的に喋り倒して、一方的に願って消えていく。
これのどこが自由だというのか。
しかし、同時に自由に生きるための助言をもらえたのも分かった。
本当だったら、神々の審判を無事に乗り越え、世界をより良いものにして下さい、と言っても良かったはずだ。
けれど、あくまであの猫神はクラウスの意思を尊重した。己のやりたいこと、正しいと思ったことをしろ、と。
クラウスは善人なわけではない。己は可愛いし、生きるためなら何でもやるかもしれない。
だが、それでも人としての最低限の矜持だけはある。つもりだ。
「……いつか、たらふく文句を言ってやる」
だから、それまでちゃんと今みたいな正気を保っておけ。
生意気かと思いながら告げた光の向こうで、姿は見えないのに、猫は微かに笑った気がした。
選択肢「まさか、クラウス以外にも選択肢を蹴られていたなんて……(しょぼーん)」
クラウス「そんな可愛らしい態度を取っても無駄だぞ」
選択肢「……猫神には可愛さを感じたのに」
クラウス「不可抗力」
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