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第9話 創世神話に隠された秘密


 目を開けたら瞬間移動していた。


 そんな馬鹿なことがあるか。

 クラウスは悪態を吐きながら周りを見渡す。

 しかし、見渡す限り夜空しかない。正確には、小さな光が一面に明滅している紺色の空間である。それこそ、上空だけではなく、足元にまで夜空が果てしなく広がっていた。

 そう。足元さえも、夜空の様な紺一色である。

 それなのに、まるでそこに床があるかの様にクラウスは不思議な空間に立っていた。足の裏の感触も無いのに、立つというこの状況が不気味過ぎて恐ろしい。



 だが、何故か逃げ出したいとは思わない。



 己の感情も定まらなく、ふわふわした感覚だ。

 この空間と同じく、心さえも不安定な現状に、クラウスはとりあえず声を出すことにした。


「――おいっ。俺をここに連れ出した奴! どうせどこかで見てるんだろ! 出て来い!」


 完璧なる決めつけである。

 けれど、可能性は低くはない。先程まで災厄の魔物と戦い、勝利して喜びを噛み締めていたのに、まぶたを閉じて開けたらいきなりこの扱いである。十中八九、選択肢を無視した結果の様な気がした。そうでなければ、力尽きて気絶したかのどちらかだろう。


 声は、木霊することもなく、けれど全く遠くへ届かないわけでもなく、ただただ平坦に空間を渡っていく。


 手を突き出しても、何の感触も無い。足を踏み鳴らす行為をしても、ただただ感触も伝わらないまま足踏みをするだけだ。

 故に、しばらく何もない夜空の様な空間を睨みつける。

 クラウスは飽きることなく睨みつけた。それはもう、そこに仇がいるかの如く睨みつけた。――両親を、暮らしていた村の者達を皆殺しにした野盗を見つけ出し、復讐を果たした人生を思い出して。



 ――そういえば、復讐を果たした時。野盗が変なことを言ってた気がするな。



 死に際に笑って、クラウスに何かを告げていた。

 しかし、その言葉が思い出せない。クラウス自身、確かに衝撃を受けたはずなのに、そこだけ霧がかった様に声が聞こえないのだ。仇の顔も覚えてはいるが、その言葉を吐いた時の光景だけ、妙に白みがかっている。

 何か重要な言葉のはずなのに、邪魔をする様に遮る白い霧。

 思えば、クラウスの今の人生は謎だらけだ。

 何故、選択肢の存在を認識し始めたのか。前までの人生でも選択肢を無意識に選んでいたはずなのに、何故その時は選択肢を選んでいるという感覚が無かったのか。



 そして、逆らった先でも、何故選択肢は現れたのか。



 三桁を超える人生を経験した中でも、見たことのない内容だった。

 選択肢を選ばなかったからこその選択肢だった様に思う。

 クラウスが生きるこの世界は、一体何だというのだろうか。クラウス以外も、果たして選択肢を選んで生きているのだろうか。

 謎が謎を呼び、一度疑問を持ったら止まらなくなる。

 しかも恐らく、未だにクラウスが気付いていない謎もあるのだ。根拠は無かったが、妙な確信はあった。

 どれだけ疑問を持ったところで、生きていれば「そういえば」という場面に出くわすことは多々ある。あらゆる場所に謎が散りばめられているだろうし、それを常識と捉えたり、当たり前と認識していれば、疑問を疑問とも思わないだろう。


 恐らく、その一つが『選択肢』だったのだ。


 考えれば考えるほど恐ろしい状況だ。

 クラウスがこうして選択肢以外の選択をした時、もしセスリーン達も選択肢に従って生きていたのならば、その選択肢にはどの様な影響があるのだろうか。

 何の反応も返って来ない中、つらつらとクラウスが考察していると。



 ぶんっ、と。



 選択肢が、現れた。

 しかし。


「――、は?」



『        』

『――――――――』

『……………………』



 何も書かれていない。

 いや、どれも言葉は書かれていないが、表し方が違う。空白か、棒線か、点線である。


「……いや。何だこりゃ」


 さっぱり意味が分からない。

 故に、告げた。


「どれも選ばないよ。こうして話しているのが俺の答えだ」


 虚空に向かって語りかける。むしろ、どこに語りかけて良いかも分からないので、適当に上を向いて話した。選択肢はガン無視である。

 すると、反応があった。



 ぶぶんっ、と。選択肢達が、またぶれる。



 今生になって二回。どの選択肢をも選ばなかった時と同じ現象だ。二回とも、選べ選べと言わんばかりにぶれながら自己主張してきた。

 それでも選ばなかったら、ばきばきに割れて、最後には砕け散った。

 そして今もまた、選択肢が、ぶぶぶぶぶぶぶ、と壊れた様にぶれて止まらない。憐れなほどぶれにぶれ、眼前に必死に迫って来る。

 だが、クラウスは選ばない。

 選択肢の中に選びたいものがあれば別だ。それが、クラウスが最も「選びたい」と、己の頭で考えた上で出した結論だったなら、選んでいただろう。


 しかし、二回とも、選択肢にはクラウスが本当の本当に望んでいたことは入っていなかった。


 それだけで、選択肢はクラウスの味方ではない。操り人形の様に促してくる選択肢は、クラウスの望む道ではなかった。


「選択肢」


 だから、クラウスは突き付ける。

 ここで、はっきりと。誰もいなくとも、クラウス自身が強く誓いを立てれば充分だ。



「俺は、お前を――お前が押し付ける道を。これから先もずっと、否定する」



 例え、いつか選択肢と同じ道が重なるとしても。それは、押し付けられたからではなく、己が自分で考え、導き出した答えの時だけだ。



 強く、どこまでも貫く様に、胸を張って答えた瞬間。



 ばきん、と。選択肢達が、真っ二つに割れた。



 そのまま、ごとん、と、何もないはずの空間に重苦しい音を立てて落ちていく。

 床の感触も無いのに、落ちる音はする。つくづくおかしな空間だ。

 ぱき、ぱち、っと最近広まってきた機械が壊れた様な音が選択肢の周りで弾ける。

 最後の最後まで訴える様に、ぶ、ぶぶ……っ、と揺れるそれをクラウスは無感動に見つめた。可哀相だとも思えない。

 選択肢を選んできたおかげで身に付いた技術もあるが、どの人生でも前の人生で身に着けた技術は一切使えなかった。その時の人生は、その時の人生で身に着けたものだけだったのである。



 ならば、何故今は、これまで歩んできた道で培った技術を扱えるのか。



 疑問はどんどん加速していく。

 ただ、今度はこの空間に変化があった。



『――まさか、認識出来る人間が現れるとは』

「――――――――」



 ばっと、クラウスは周囲を素早く見渡す。どこからだ、とくまなく視線を走らせて観察した。

 すると、いつの間にか足元に一匹の猫がお座りしていた。

 どこもかしこも新雪の如く清らかで真っ白だ。ただ、小さな丸い目だけが、磨き抜かれた黒曜石の様に輝いている。


 もしかして、この猫が喋ったのだろうか。


 猫が喋るとかあり得るのだろうか。

 しかし、この空間自体がもはやあり得ない。故に、かがみ込んでクラウスは話しかけてみた。


「今の声、お前のか?」

『みゃー』

「お前なんだな。普通に話しなよ」


 ただの猫のフリを決め込む猫を、クラウスはじと目で見下ろす。今更この不思議空間で、一般の猫を演じるのは無理が過ぎる。

 じーっと穴が開くほどに真っ平らな視線で凝視していると、猫はもう一度みゃーと鳴いて、ふりっと体の長さと同じくらいある尻尾を軽く振った。


『私の声が聞こえるのは、貴方が私を倒したからですね』

「は?」

『正確には、私を倒した人達に貴方が協力したから、ですが。……よくぞ、私を倒してくれました。おかげで、長い長い悪夢から解放されました』

「……、……は? ……」


 倒した、と言われればもはや思い当たるのは一つしかない。



 災厄の魔物。



 あれが、この小さくて真っ白な猫だと言うのか。

 あの魔物は、気が狂った様に暴れまくり、草木問わずあらゆる生命を踏み潰していた。威容を誇っていた遺跡も、あの魔物によって無残に砕かれた。

 前までの人生では多くの人間の命を奪い、それこそ災厄と呼ばれるほどの結末を巻き起こしていた存在である。


 そんな凶悪で残忍な魔物の正体が、この白い猫。


 手の平サイズ――は言い過ぎだが、とても小さい。抱えたらすぐに潰れてしまいそうなほどに、柔らかそうであどけない存在だ。しかも、猫から放たれる空気はとても清々しく、思わず溜息が出るほど美しかった。

 一体どういうことかと、クラウスが軽く混乱していると。


『お礼を言います。貴方がことわりから外れてくれたおかげで、私は本来の自分を取り戻せました』

「……え。どう、いう」

『長い長い、本当に長い間、貴方達人間は、幾重にも道を分かちながらも定められた人生に従って生きてきた。本当に……それこそ気の遠くなるほどの年月を』

「……」


 言われて、クラウスは確かにと納得せざるを得ない。

 クラウスが何度も歩んできた人生は、それこそ三桁を超える。選択肢と出会ったのはそれこそ何千回と数えるだろう。

 すぐに終焉を迎えた人生もあれば、それなりによぼよぼになるまで生きてきた人生もある。

 それを三桁も超えれば、膨大な年月だ。もし、毎回毎回記憶を持っていたら、気が狂ってしまうほどには果てしない道のりだっただろう。どんな死に方をしても、また一からやり直しなのだから。


『ですが、その永遠にも続こうとした道は、貴方が覚醒したことで解き放たれた』

「……放たれた、って。どういう意味なんだ?」

『選択肢を認識出来る。それこそが、()()が定めた条件の一つ』

「はい? 彼ら? いや、もう少し分かりやすく説明してくれ」


 そもそも、あんたは誰だ。

 喉元まで出かかった言葉を、何故かクラウスは飲み込む。

 真っ直ぐに、凛とした眼差しがクラウスを貫く。

 それは、遥かなる深淵からクラウスの瞳を深く覗き込むようであり、悠遠の高みから見下ろす様な気高さをまとっていたからだ。



『……私は、神。遠い遠い、人々の記憶よりも遥か彼方に忘れ去られてしまった、神』

「――」

『そして、十二の柱に逆らい、封印されし神』

「じゅう、に。――」



 それは、この世界の創世神話。

 クラウスが、魔物を倒す情報を仕込むために使った書物に記述されている一つだ。

 だが、もう一柱の神がいるなど聞いたこともない。

 子供の頃から、それこそ遥か昔から語り継がれてきたのは、十二の神が世界を創り、豊かさを与え、今も変わらず人々を見守り、加護を与えているというものだ。

 単純である。人々に危機が訪れた時、十二の神が選ばれし者に力を与え、幾度となく世界を平定してきたという。

 神々は人の味方である。人を愛し、慈しみ、常に微笑みを持って見守っている。それが、滔々《とうとう》と語り継がれてきた神話だった。

 しかし。


「――っ!」


 ごあっ! と、空を覆い尽くさんばかりの記憶の洪水が、クラウスを飲み込む様に一気に流れ込んでくる。

 余すことなく脳を、臓腑を、血液を、それこそ髪の先までをも喰らい尽くす様な激痛に、クラウスは声も無く悲鳴を上げた。まるで灼熱に焼かれる様な痛みが喉を締め上げ、ほとばしる絶叫が音もなく握り潰される。

 そして。



 次々とクラウスの頭に激流の如く流れてきたのは、今まで読んできた創世神話とは全く異なるものだった。






 かつて、十三の神がこの世界を創り、息吹を吹き込んだ。

 息吹は、様々な形に姿を変えていった。緑となり、花となり、空となり、海となり、大地となり、獣となり、魚となり、太陽となり、月となり、風となり、人間となり、魔法となった。


 そして、最後の神の息吹は、人々に知恵と心を与えた。


 自然豊かな世界は、初めはとても心地良く時間が流れていった。

 しかし、だんだんと、特に人間がずる賢くなって世界は少しずつ変遷を迎えていく。欲を覚え、私利私欲で物を求め始めてから、世界はだんだんと荒廃の一途を辿っていった。


 互いに人を求め、土地を求め、地位を求め、果てには世界の全てを己のものにしようという者まで出てきた現状を嘆いた神は、彼らを管理することに決めた。


 思考を奪い、心を取り上げ、ただただ世界を豊かにする駒にしようとした。

 それにただ一人抗ったのが、最後に知恵と心を与えた神である。

 しかし、十二の柱が反対する中、最後の神に為す術はなかった。

 相容れない意見に、彼らは最後の神を封じることを決めた。そして、人々は神々に管理されることが決まった。

 だが、最後の神は諦めなかった。


 人々が管理されず、自由に生きるチャンスを与えて欲しい。最後の神は、彼らに慈悲を願った。


 あまりにしつこく懇願される故に、十二の神は条件を与えた。人々が、管理される中で本当に正しく生きることが出来ると判断されたら考える、と。

 そして封印される間際、最後の神は人々に力を振り絞って語りかけた。



 貴方達が悔い改め、正しく生きる様になったその時に、再び神々は貴方達を祝福するだろう。



 人々は、己が自由に生きられる様になる機会を与えられたのは、最後の神のおかげだと感謝する様になった。

 けれど、十二の柱は人々を信じることは無かった。

 だから、人間達が解放されるための条件を更に付け加えたのだ。



 もしこの先、我々の管理から抜け出せる人間がいたその時は、もう一度審判を下すチャンスをやろう。



 それは、ほぼ絶望的な条件だった。

 神々に管理されていることに気付く。それは、開いていない針の穴に、太い糸を通すよりも不可能な条件だった。

 しかし、最後の神はその条件を飲み、封じられた。――その時、人々が抱え込んでいた欲や悪意を一身に吸い上げ、人々の善意を再びよみがえらせた。



 その代償が、悪意と欲望に取り込まれて膨れ上がった魔物の姿だった。



 各地に定期的に現れる魔物は、人々の負の部分を吸い込んだ最後の神の欠片。

 負を吸い込んでしまった神は、地上の負の気配に敏感だ。封印されながらも、更に管理された人々から滲み出る悪意を吸い続けた神は、吸い込み切れない欠片かけらを地上に放出することで、辛うじて完全には堕ちなかったのである。






「――っ! はああ……っ!」



 一気に流れ込んできた情報に、クラウスは激しい眩暈に襲われる。目の前がぐらぐらと大地震に出くわしたかの様に揺れ、足元が覚束おぼつかない。

 頭ががんがんに割れる。文章にすればそこまで多くは無いのに、様々な光景が大量に流されまくった頭は、情報を処理するために悲鳴を上げた。書物を一分ごとに十冊以上押し込む様な感覚は、クラウスを正しく昏倒させようとしたのである。


「……、……。……神。世界の、始まり」


 膝を折りそうになるのを何とか踏ん張り、クラウスは恨めし気に猫を睨む。膝を折らなかったのは、ただの意地だ。壮大なる真実に押し潰されれば、負けた気分になるからだ。

 そんなクラウスの変な意地を読み取ったのか、猫は満足げに喉を鳴らした。ごろごろっと上がる音は、本当に猫の様である。


『貴方は、今まで誰も意識していなかった、神々が与え続けた選択肢に気付いた。その時点で、神々の再審は始まったのです』

「……え。いや、再審って」

『クラウス。十二の神々の加護を失いし灯火ともしびよ』


 何だかとんでもなく残酷な現実を突き付けられた。

 げ、と嫌な予感が爆発的に膨れ上がった直後、猫は神秘的に木霊するその声で、厳然と告げた。



『私の加護を灯す貴方に、自由に生きる証明をして欲しいのです』



選択肢「おかしい。君のための選択肢なのに、全然選んでくれない」

クラウス「みんな生きてハッピー! っていうのだったら選んでもいいぞ」

選択肢「それって、人生楽しい? 人生なんて山あり谷あり地獄ありでこそでしょ?」

クラウス(こいつ、絶対相容れないな)


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