3話 ロラン
村に来てから二日目。
灰色の空は相変わらず色を変えず、時間の経過は鐘の音でしか分からなかった。
それでも、村人たちは笑顔を絶やさず淡々と仕事に励んでいる。
僕も昨日から糸を紡ぐ手伝いをしている。
ぎこちない手つきながら、なんとか形にはなってきた。
セラは根気強く教えてくれ、その優しさに少し救われる。
(……悪くない。ここなら、生きていけるかもしれない)
そう思いかけた時だった。
「おい、新入り」
不意に背後から声をかけられた。
振り返ると、長身の青年がこちらを見下ろしていた。
村人たちのように笑顔を浮かべていない。
むしろ、皮肉っぽく口の端を歪めている。
「……えっと」
「名前は?」
「タクミです」
「ふん……。俺はロランだ」
短く名乗ると、彼は糸車を乱暴に回した。
その手つきは慣れていて、糸はするすると紡がれていく。
「みんなに『役を探せ』って言われただろ?」
「え?」
「この村じゃ“役”を持たない奴は居場所がない。だからお前も、さっさと役を果たせるようになれってことさ」
ロランは吐き捨てるように言った。
その目には苛立ちとも諦めともつかない影が宿っている。
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休憩の時、僕は勇気を出して話しかけた。
「ロランさん、この村って……少し変わってますよね。
空は灰色だし、夜は真っ暗だし……。他にも、なにか……」
彼は一瞬黙り、視線を遠くへ向けた。
その顔には、他の村人が決して見せない陰があった。
「……お前、夜に“声”を聞いたことがあるか?」
「声?」
「囁きみたいな、笑い声みたいな……。あれを聞いた奴は、翌朝には消えてる」
息が止まるような感覚。
僕は思わず問い返した。
「そ、それって……本当なんですか?」
「信じなくてもいい。ただ、気をつけろ」
ロランはそれ以上多くを語らなかった。
けれど、その沈黙がかえって真実味を帯びているように感じられた。
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「もうひとつ。森には入るな」
「森?」
「あの先に行ったら、帰ってこれなくなる。……昔、そういうことがあった」
そう言う彼の横顔は、どこか怯えているようにも見えた。
だが僕には詳細を尋ねる勇気が出なかった。
(……なんだ、この村……。普通じゃない……)
胸の奥に冷たい不安が広がっていく。
けれど同時に、セラの優しい声や村人たちの笑顔が思い出される。
(……いや、きっと自分が新参者だから知らないだけだ)
そう自分に言い聞かせる。
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作業場を出る時、ロランがぽつりと呟いた。
「お前も役を果たせば暮らしていけるさ。……ただし、本当に“役”を果たせるならな」
振り返った僕は、彼の表情に言葉を失った。
笑みはなく、ただ深い影がその瞳に宿っていた。
(……役を果たせるなら、って……どういう意味だ?)
問いかけられないまま、僕は広場へ出た。
石碑が目に入る。
――笑顔を絶やすな。
――役を果たせ。
――声を揃えよ。
刻まれた文字が、重苦しく見えた。
灰色の空は変わらず広がっている。
けれど、その下に立つ僕の心には、もう“安心”だけではなく、拭いきれない不安が芽生えていた。




