第59話 未知の災厄、初めての対策
北方領地の集落は、薄霧に包まれ、湿った土と焦げた香の混ざった匂いが漂っていた。リンは深呼吸をして、全身の感覚を研ぎ澄ます。
「……古文書と現実、すべてが重なる」
彼女の前には、軽い発熱に苦しむ住民たちが点在する。症状は微妙だが、数が増えれば短期間で深刻な事態になる。リンはすぐに、古文書の記述をもとに状況を分析する。
「症状のパターン……風向きと土壌、薬草の分布……ああ、原因はこの土地の特定の鉱物と、湿度に反応する微量の毒素かもしれない」
リンは手元の薬草図鑑と標本を広げ、過去に災厄に対処した際の方法を参照する。香の匂いを嗅ぎ、微量の試料を調べ、目に見えない因子を読み取る。
「……毒素の拡散を抑えるには、土壌を浄化する薬草の煙を用いれば良い。微量でも効果はある」
彼女は小さな鍋を取り出し、薬草を焚き始める。煙が北方の霧に混ざり、空気を浄化していく。護衛も手伝い、住民たちの避難誘導と安全確保を行う。
「怖がらないで……この煙は危険じゃない。安心して呼吸して」
リンの声は落ち着き、しかし内に秘めた緊張が響く。未知の災厄に立ち向かう彼女の判断が、住民たちの生命を左右するのだ。
煙が広がるにつれ、微かに空気が清められる感覚が伝わる。リンは冷静に観察を続け、反応を確認する。症状の進行は徐々に緩やかになり、住民たちの顔色も改善し始めた。
「……効果は出ている。この調整で、拡散を抑えられる」
北方の風景の中で、リンは初めて、自分の知識が現実の災厄を抑える力になる瞬間を体感する。胸の奥に、知識と責任の重みがずしりと落ちる。
「知識は、力になる。そして、守るものを生む」
その時、霧の向こうに、異様に赤みを帯びた空が広がった。古文書の記述と一致する兆候――「真の災厄」の前触れだ。リンは深く息を吸い、護衛に目を向ける。
「これで終わりじゃない……まだ、序章に過ぎない」
北方領地の空に、未知の危機が静かに広がる中、リンは決意を新たにした。書庫での知識が、王宮や国を守る力となる。次に何が訪れても、彼女は立ち向かう覚悟を持っていた。




