表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
48/64

第48話 香の迷宮、鍵を握る影

書庫の窓から差し込む月光に、リンの影が長く伸びる。香炉の灰を指でかすめ、残り香を嗅ぎ分ける。沈香、蜜蠟、そしてほのかに甘い花の香――計算された組み合わせで、人の心理を揺らす。


「……やはり、この香はただの香ではない」


リンは小声で呟き、帳面を広げる。香木出納帳、香炉の使用記録、女官や宦官の動き……点と点が線になる。


「操る者は後宮の中にいる。そして、香を用いて私の行動を追っている」


机の上に置かれた香灰の微粒子を顕微鏡代わりに指先でなぞり、リンは思考を巡らせる。


「香の使用時間、微量成分の分布、香炉の位置……これらから、次に動く人物の癖が見えてくる」


その時、書庫の奥の棚の陰から微かな物音。リンは息を殺し、静かに耳を澄ませる。


「……誰かが近づいてきた」


音は一歩、また一歩と近づく。香の迷宮の中、影は動き、匂いは変化する。リンは机の上に置かれた布片に目をやる。沈香の残り香に紛れる、微かに異なる香の粒子。


「……この混ざり香。普通の香なら残らないはず」


音は止まり、代わりに囁き声が届く。


「……リン、君は本当に慎重だね」


声は低く、男のもの。宦官か、あるいは後宮の別の権力者か。香の仕掛けと心理操作のプロであることは明白だ。


リンは静かに立ち上がり、声の方へ向き直る。


「誰かを傷つけるつもりですか?」


「いや……私は、ただ君の知識を試しただけだ」


影は棚の後ろに隠れ、香と共に消える。その瞬間、リンは確信する。


「……この香の正体は、心理を揺さぶり、真実を隠すためのもの。でも、仕掛けを理解すれば、操る者も見える」


机に戻り、香灰を分析するリンの瞳は鋭く光る。夜の書庫に漂う沈香は、もはや単なる香ではなく、後宮の秘密と権力を映す鏡となった。


「迷宮の中に閉じ込められても、知識と観察眼があれば出口は見つかる」


リンは静かに息を整え、香灰を机に広げる。次の一手は、自分の手で決める。


「この影……必ず追い詰める」


夜の書庫に、月光と沈香の香りが混ざり合い、リンの決意だけが濃く、深く、漂っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ