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薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
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第26話:草の根の毒

 乾いた風が屋敷の軒先を撫でていった。空の青さに秋の気配が混じり、街の噂は日に日に熱を帯びる。


「毒草……ですか?」


 葉蘭ようらんは小さく呟き、盆の上の鉢を覗き込んだ。薬草と称して女中が持ち込んだものだが、その艶のある細葉と、土の香りに混じるわずかな鉄臭さが、ただの草とは思えなかった。


「これ、屋敷の裏手で摘んだものです。前にあの小間使いの娘が……」


 差し出したのは、顔見知りの台所女中だった。声を潜め、落ち着かない目で周囲を気にする。


「そういえば……」と、葉蘭は盆の縁を指でなぞった。


 数日前、主の妹婿が急病で倒れた。食中りとも、風邪ともつかぬ症状。だが葉蘭の目には、あまりに妙な点が多かった。


 特に気になったのは――口の内側に、淡い紫の斑点。


(熱も咳もない。食事は皆と同じ。けれど、あの舌の色……)


 中毒――それも、即効性のない、微細な蓄積によるものだ。


 葉蘭は鉢の草を指でつまむ。指先に、かすかな痺れ。


「……やっぱり、ね」


 吐き出すように呟いたその声は、外には聞こえないほど小さかった。




 その夜、葉蘭はひとり裏庭に立った。月は雲間に隠れ、地の匂いが濃い。


 例の草は、屋敷の西――干し場の脇に多く見られた。そこは、誰の目にもつきにくい死角だ。


 ひざをつき、土を少し掘ると、根に近い部分がより強く香った。


(毒性は、根に最も蓄えられる)


 医師の本で見た知識が頭をよぎる。だが、この草は書物には記されていなかった。名もない草。誰かが、意図的に持ち込んだものだ。


「……まさか、屋敷の中で育てているなんて」


 そのときだった。背後で、小石を踏む音がした。


「誰です」


 振り返ると、そこには、ふわりと白い布が揺れた。


「……葉蘭様」


 現れたのは、下働きの娘、沙月さつきだった。十五にも満たぬ幼さを残す顔が、怯えながらも、決意に燃えていた。


「わたし……知ってます。あの草を、誰が植えたか」


 

 沙月の話によれば、それは春頃のこと。病で辞めた女中の代わりに来た女――名は、おぼろ


「最初は、やさしい人でした。けど、夜になるとこっそり裏庭に……土を掘って、何かしてて」


 葉蘭は眉を寄せた。


「朧は、今は?」


「もう辞めました。妹婿様が倒れた次の日に……何も言わずにいなくなって」


 手際が良すぎる、と葉蘭は感じた。まるで、「目的を果たしたから立ち去った」とでも言うように。


(毒を、草に仕込んだ? あるいは、草そのものが武器……)


 ――だとすれば。


 葉蘭は、あることを思い出す。妹婿がよく嗅いでいたという香の袋。その中に乾燥させた草があったという話。


 香りで毒を――いや、乾燥させた毒草の粉末を、香に見せかけて。


(……吸引による中毒)


 しかも、長期的に続ければ、誰もそれが原因とは気づかない。




 翌朝、葉蘭は主のもとに呼ばれた。


「昨夜、裏庭で何をしていた?」


 唐突な問いかけ。だが、予想はしていた。


「毒草を調べておりました」


「毒草?」


 葉蘭は、あえて簡潔に語った。朧の話も、沙月の証言も、妹婿の症状も。


 主はしばらく沈黙したあと、重々しく頷いた。


「……その娘、沙月を一時、離れに匿え」


 意外な言葉に、葉蘭は目を見開いた。


「おまえが言うことなら、信じよう。ただし、証拠がなければ、我が家が毒草を育てていたなどと、世間に噂されれば、命取りだ」


 葉蘭は膝をつき、深く頭を下げた。


「承知しております。証を必ず――掴んでみせます」



 夜の帳が再び落ちるころ。


 葉蘭は帳の隙間から、屋敷の干し場を見つめていた。風に揺れる草。その根に、確かに毒はある。


 けれど、毒よりも恐ろしいのは、人の思いだった。


 それが復讐か、恨みか、それとも――別の何かか。


 草の毒を見抜くことはできても、その根を、心から引き抜くことはできるのだろうか。

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