表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
23/64

第23話:仮面を継ぐ者と声なき証言


 書庫の夜は、音が吸い込まれるように静かだった。


 灯りの下、リンは一通の手紙を見つめていた。差出人は記されていない。


《仮面は今も動く。声を殺された者に会いたければ、北庭の銀杏のもとへ来よ》


 筆跡は整っており、あまりに冷静すぎて、かえって“人の気配”が感じられない。


 けれど、その文面に漂う冷ややかさは、あの仮面の“無機質な沈黙”とどこか似ていた。


「これは、罠かもしれないわ」


「行くんですか?」とユエが聞く。


「ええ。もし相手が“演者の後継”なら、話を聞けるのは一度きりかもしれない」



 夜半、王宮の北庭。


 石畳の先に広がる銀杏の並木は、風もなく、凪いだ水面のように静止していた。


 そこに、ひとりの女が立っていた。


 背は高く、軍服のような衣を身につけている。


 だが、顔には――あの“無表情の仮面”。


 いや、それは完全な模倣ではなく、“簡略化された新たな仮面”だった。


 目元だけが透かし彫りで、口元は閉じたまま。


「……あなたが、仮面を継いだの?」


 女は何も言わない。


 しかし、手を掲げると、その掌に小さな文字が書かれていた。


《わたしは“語ること”を禁じられた。声を出せば、契約が破られる》


 リンは、その言葉に息をのんだ。


「それは、誓約……?」


 女はうなずく。そして、懐から小箱を取り出し、リンに差し出した。


 中には、一枚の古い布切れと、火で焼かれかけた文書の断片。


《沈黙の儀。仮面を被る者は、王命により“口を封じられる”。死者の記録を語らぬために》


 ──沈黙の儀。


 それは、「亡き者の真実」を語らせないための、王家の封印だった。



「あなたは、演者の血縁?」


 女は首を横に振った。そして再び掌に文字を書く。


《血ではなく“言葉”を継いだ。あの人の意志を》


「意志……?」


《『真実を語るには、まず“語れない者”になれ』。それが、演者の最後の言葉》


 リンは、胸の奥がじんと痛むのを感じた。


 語ることを放棄し、沈黙の中に真実を託す。


 それは、極めて悲しく、けれど確かな覚悟の表れでもあった。


 だからこの女は、“口を封じられることで”真実を保ち続けてきたのだ。



 女は仮面を外した。


 下から現れたのは、意外にも若い、まだ十代の少女だった。


 その顔には、焼けただれた痕が薄く残っている。口元にかすかに、痛々しい傷が走っていた。


「その傷は……?」


 少女は最後の掌文字を差し出す。


《これは“代償”。誓約の印。声を封じるため、焼かれた。――でも、私は、生きている》


 そして少女は、空の掌をそっとリンの手の上に重ねた。


 声なき“証言”。


 その手の温もりに、リンは震える唇で小さく囁いた。


「……もう、あなたがひとりで沈黙を背負わなくてもいい」


 銀杏の葉がひとひら、音もなく舞い落ちた。



 夜が明け、書庫に戻ったリンは、ユエに手記を一冊手渡した。


「これは“記録されないまま消された人々”の記録よ。仮面、演者、沈黙の契約――」


「……書いてしまって、大丈夫なんですか?」


「ええ。ただし、“名前”は一つも書かない。その代わり、“手に触れた誰か”が、それを“自分の話”として読めるようにする」


 それが、リンなりの“記録のやりかた”だった。


 語れぬ者の言葉を、書くことで継ぐ。


 沈黙の演者が遺した意志は、いま、静かに物語になろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ