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薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
22/64

第22話:沈黙の演者と消された記録


「“黙する者は、いまだ宮廷を歩く”……」


 仮面の裏に刻まれていたその言葉が、リンの頭の奥で響き続けていた。


 “かつて仮面を被っていた者が、いまもどこかにいる”。


 ──それがただの象徴か、それとも生きた人間を指しているのかはわからない。


 けれど、その存在が“王宮の中”にいるとしたら――。


 リンはすぐさま、書庫の最上階にある管理室に向かった。


 向かうのは、王宮のすべての役職と配属を記録する「演務録」が保管されている棚だ。


「ユエ、例の仮面の記述……火災の前と後で比較できる資料、あったわね?」


「あります。ですが、仮面を管理していた人物の名前は、どこにも載っていなかったはず……」


「記録が消されているなら、むしろ“そこに不自然さがある”はずよ」


 演務録の束を机に並べ、リンは睨むようにページを繰った。



 十年前――


 “南倉庫火災”の前月。


 そこには、仮面の管理を補佐する者として、こう記されていた。


 > 補佐:エイセイ・役名《演者補筆官えんじゃほひつかん


「……演者?」


 王宮の役職に“演者”などという名はない。


 儀礼の演出係がいたという話も、儀典録には記されていない。


 だが、演務録には、彼の記録が確かに存在している。


「この“演者補筆官”って、仮面を使った儀式に関わっていた人物かも……」


 そしてその人物の名は、火災のあった日を境に、記録からすっぽりと抜け落ちていた。


「火災の記録が書かれた巻では、ページそのものが破られている……」


 不自然な“記録の欠損”。


 それは、誰かが意図的に消した証だった。



 その日の午後――。


 リンは、王宮の外縁にある古楽隊の詰所を訪れていた。


 「演者」という言葉から、何かしら“音楽”や“儀式”に関わる人間ではないかと当たりをつけたのだ。


「……“エイセイ”という者を、知っているかしら」


 楽隊長の老職人は、目を細めた。


「……エイセイ、だと? もう十年以上、名前を聞いていないな……だが妙に覚えてる」


「どうしてです?」


「奇妙だったからだ。あいつ、笛や太鼓じゃなくて、“音のない舞”をやっていたんだ」


「音のない……?」


「儀礼のとき、仮面をつけて、声も出さず、ただ動きだけで“祈り”を演じていた。誰も、それが何の意味か知らなかった」


 まるで──沈黙の演技。


 “黙する者”。


 それは“黙らされた者”ではなく、“沈黙そのものを演じる存在”だったのではないか。


「……彼が仮面と関係していた?」


「火災のあと、彼の名前はどこにもなくなった。いや、“最初からいなかったことにされた”」



 書庫に戻ると、ユエが一枚の古い紙片を手にしていた。


「これを、演務録の背表紙の裏から見つけました」


 それは、名前のない短い祈りの詩だった。


《沈黙は、真実を守る棺。言葉なき者は、王を見つめ続ける》


「……棺?」


 リンの中で、ふたつの像が重なった。


 一つは、仮面を被ったまま書庫に封じられていた“もう一人の番人”。


 もう一つは、沈黙を演じる“仮面の演者”。


 ふたりは同一人物なのか、それとも……?


「仮面は、ただの管理道具なんかじゃない。“王に都合の悪い言葉”を封じるための儀式だったのね」


 王宮が封じたのは、“火災”ではなく“誰かの言葉”だった。


 そしてその言葉は、まだ終わっていない。


「……次は、“その仮面が誰に渡ったのか”を調べるわ」


 リンの瞳は、再び深く静かに燃えていた。

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