第22話:沈黙の演者と消された記録
一
「“黙する者は、いまだ宮廷を歩く”……」
仮面の裏に刻まれていたその言葉が、リンの頭の奥で響き続けていた。
“かつて仮面を被っていた者が、いまもどこかにいる”。
──それがただの象徴か、それとも生きた人間を指しているのかはわからない。
けれど、その存在が“王宮の中”にいるとしたら――。
リンはすぐさま、書庫の最上階にある管理室に向かった。
向かうのは、王宮のすべての役職と配属を記録する「演務録」が保管されている棚だ。
「ユエ、例の仮面の記述……火災の前と後で比較できる資料、あったわね?」
「あります。ですが、仮面を管理していた人物の名前は、どこにも載っていなかったはず……」
「記録が消されているなら、むしろ“そこに不自然さがある”はずよ」
演務録の束を机に並べ、リンは睨むようにページを繰った。
二
十年前――
“南倉庫火災”の前月。
そこには、仮面の管理を補佐する者として、こう記されていた。
> 補佐:エイセイ・役名《演者補筆官》
「……演者?」
王宮の役職に“演者”などという名はない。
儀礼の演出係がいたという話も、儀典録には記されていない。
だが、演務録には、彼の記録が確かに存在している。
「この“演者補筆官”って、仮面を使った儀式に関わっていた人物かも……」
そしてその人物の名は、火災のあった日を境に、記録からすっぽりと抜け落ちていた。
「火災の記録が書かれた巻では、ページそのものが破られている……」
不自然な“記録の欠損”。
それは、誰かが意図的に消した証だった。
三
その日の午後――。
リンは、王宮の外縁にある古楽隊の詰所を訪れていた。
「演者」という言葉から、何かしら“音楽”や“儀式”に関わる人間ではないかと当たりをつけたのだ。
「……“エイセイ”という者を、知っているかしら」
楽隊長の老職人は、目を細めた。
「……エイセイ、だと? もう十年以上、名前を聞いていないな……だが妙に覚えてる」
「どうしてです?」
「奇妙だったからだ。あいつ、笛や太鼓じゃなくて、“音のない舞”をやっていたんだ」
「音のない……?」
「儀礼のとき、仮面をつけて、声も出さず、ただ動きだけで“祈り”を演じていた。誰も、それが何の意味か知らなかった」
まるで──沈黙の演技。
“黙する者”。
それは“黙らされた者”ではなく、“沈黙そのものを演じる存在”だったのではないか。
「……彼が仮面と関係していた?」
「火災のあと、彼の名前はどこにもなくなった。いや、“最初からいなかったことにされた”」
四
書庫に戻ると、ユエが一枚の古い紙片を手にしていた。
「これを、演務録の背表紙の裏から見つけました」
それは、名前のない短い祈りの詩だった。
《沈黙は、真実を守る棺。言葉なき者は、王を見つめ続ける》
「……棺?」
リンの中で、ふたつの像が重なった。
一つは、仮面を被ったまま書庫に封じられていた“もう一人の番人”。
もう一つは、沈黙を演じる“仮面の演者”。
ふたりは同一人物なのか、それとも……?
「仮面は、ただの管理道具なんかじゃない。“王に都合の悪い言葉”を封じるための儀式だったのね」
王宮が封じたのは、“火災”ではなく“誰かの言葉”だった。
そしてその言葉は、まだ終わっていない。
「……次は、“その仮面が誰に渡ったのか”を調べるわ」
リンの瞳は、再び深く静かに燃えていた。




