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薄明かりの書庫番  作者: 朝陽 澄
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第12話:封じられしものと、声なき叫び

 第一王女・セレナが倒れた、という報せは、王宮の空気を一変させた。


 それまで回復した第二王子の姿に安堵していた侍女たちは、言葉を失い、廊下を行き交う兵たちの足取りさえも、妙にぎこちなくなった。


「今度は……王女殿下、ですか」


 リンは、リリィと共に、王女の私室に急いだ。


 部屋の中には、すでに医師団が集まり、王女を囲んでいた。セレナは寝台に横たわり、白い額には玉のような汗が浮かんでいる。目は閉じられ、まるで夢を見ているような微かなうなされ声を漏らしていた。


「夢を……夢を……みている……けれど、それは、私のでは、ない……」


 掠れた声に、リンの背筋がぞわりと粟立つ。


(これは……)


 異変は、王女の枕元にあった。白い枕の裏側に、肉眼では見えにくい銀白の紋様が浮かんでいた。それは、第二王子の寝具に現れたものと酷似していた。


「光を……落としてください」


 リンが言うと、リリィが即座に室内の燭台をすべて覆った。薄闇の中、窓から射す微かな月明かりが、布の表面にある“それ”を浮かび上がらせた。


 ──をなす六つの星。中心には、目のような印。


「“星の瞳”……!」


 思わず、声に出してしまった。


 リリィが小声で問う。


「第二王子の時と、まったく同じ?」


「いいえ……より複雑です。“星”がひとつ、増えている。封印が、進行しているのかもしれません」


 その瞬間、王女の口元がかすかに動いた。


「……み……な……してはいけない……その扉を……」


 はっきりとした言葉だった。だが、リンには、それがセレナ自身の意志ではないことが、直感でわかった。あれは、何か“別の存在”が、彼女の口を借りて発している――そんな気配だった。


 思考を巡らせるうち、リンの脳裏に浮かんだのは、禁書の最後の頁にあった記述だった。


『古の星が目覚めし時、封印は“継承”される。鍵は血にあり、門は夢にあり。開く者は、叫びに気づく者なり』


 夢にある、とは──夢を媒介にして、災厄が“繋がっている”のか?


 リンは立ち上がると、宮廷医師団に向き直る。


「……王女殿下の異変は、心身の病ではありません。夢を通じて、“何か”が接触してきている可能性が高いのです」


 ざわめきが広がった。


「夢……とは、つまり呪いか?」


「占術か?」


「まさか、亡国の呪法……」


 リンは一歩前に出る。


「王女殿下をお守りするには、今、彼女の“夢”を解読する必要があります。おそらく、古文書に記された“封印”が、何かの形で彼女の無意識に干渉しているのです」


 医師団の長老が、難しい顔をして言った。


「だが、夢の中など、どうやって覗くというのだ」


 その問いに、リリィが一枚の札を取り出した。


「……可能よ。『夢見の香』を使えば。あれは、本来は占星術士たちが使う禁術だけど、理論的には、夢の残滓を追体験できる」


「……リリィ、それは危険すぎるわ」


「分かってる。でも、あんたしか出来ないでしょ。王女殿下の言葉を理解し、星の紋様を読み解けるのは」


 数秒の沈黙の後、リンは頷いた。


「準備をお願いします」


 夢の中へ入る──それは、単なる幻視ではない。意識の奥深くに“入り込む”ことで、記憶や予兆、そして未知の存在と向き合うことを意味していた。


 そして数刻後、王女の枕元には、香炉から立ち上る微かな青煙が漂っていた。


「準備は整いました」


 リリィの言葉を合図に、リンは香を吸い込んだ。


 意識が、静かに沈む。周囲の音が遠ざかり、景色が滲んでいく――。


 ──気がつけば、リンは見知らぬ地に立っていた。


 赤黒い空。裂けた大地。浮かぶ六つの星。そして、彼女の眼前には、“顔のない女”が、静かにこちらを見つめていた。


「……あなたが、門を開ける者」


 女は、声ではなく、脳に直接響くような“思考”で語りかけてきた。


「なぜ……王女殿下に?」


「この国の血は、星とちぎられている。知らぬふりをした代償は、いずれ全土に及ぶだろう」


「災厄とは……あなたなの?」


「災厄とは、“知識”だ。そして“記憶”だ。人が見たくなかった真実。それが、姿を変えて現れるだけのこと」


 リンの身体が冷たくなった。


 この存在は、単なる呪いではない。歴史そのものに根を張った“知の災厄”だ。


「……あなたの名は?」


 その問いに、“女”は静かに微笑んだ。


「名を問うか。ならば、次に会う時、答えよう。その時こそ、“門”は開かれる」


 ──次に会う?


 リンが言葉を返そうとした瞬間、世界が崩れ、景色が霧のように散っていった。


 目を開けたとき、香はすっかり燃え尽きていた。


「リン! 大丈夫!?」


 リリィの声に頷きながら、リンは呟いた。


「……次に、来るわ。あの存在が、本格的に……」


 災厄は、まだ序章だった。


 だが、その“声”を聞いたことで、リンはようやく理解した。


 ──王国が恐れていたのは、“忘れ去った真実”だったのだ。


 封印は揺れ、星は目覚めた。次なる扉が、静かに開き始めている。

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