魔王軍専用列車の憂鬱
# 魔王軍専用列車の憂鬱
午前五時三十分。魔界中央駅のプラットフォームに、今日も魔王軍専用列車「デビル・エクスプレス」が滑り込んできた。車体には不気味な紋章が刻まれているが、よく見ると「定刻運行率99.8%」という小さなシールが誇らしげに貼られている。
「おはようございます」
運行管理責任者のザルゴンは、いつものように疲れた顔で挨拶した。角の先端が少し欠けているのは、先月の遅延事故で魔王様に叱責された際の傷だ。今朝も既に胃が痛い。
「今日の乗車予定は?」
「人間界侵攻部隊が二百名、魔物召還課が五十名、それから経理部の監査チームが十五名です」副責任者のゴブリン太郎が報告書を読み上げる。
「また経理か…」ザルゴンは溜息をついた。「あいつら、領収書の不備を見つけては鬼の首を取ったように騒ぎやがる」
列車内では、魔王軍の精鋭たちが三々五々席に着いていく。しかし、その表情は決して勇猛果敢とは言い難い。
「また月曜日か…」オーク族の戦士が呟く。「休日出勤も含めて今月もう二十三日働いてるぞ」
「せめて有給取らせてくれよ」隣のインプが同調する。「魔王様は『悪は休まず』とか言うけど、労働基準法って概念はないのかね」
車内放送が流れる。「本日もデビル・エクスプレスをご利用いただき、ありがとうございます。人間界各地への侵攻作戦、お疲れ様です。なお、本日の運行には若干の遅れが生じる可能性があります」
「また遅れるのか」魔法使いの一人がため息をつく。「昨日も帰りが遅くて、妻に小言を言われたばかりなのに」
実は、遅れの原因は人間界の勇者たちではない。魔界交通局の予算削減で、線路のメンテナンスが追いついていないのだ。さらに、燃料費の高騰で運行本数も減らされている。
運転席では、ベテラン機関士のデーモン田中が苦々しい顔をしていた。
「三十年この仕事やってるが、昔はもっと余裕があったもんだ」彼は新人の機関士助手に語りかける。「魔王様も現場の苦労を分かってくれていたし、ボーナスもちゃんと出た」
「今は四半期ごとに業績評価ですからね」助手のサラマンダー君が答える。「侵攻成功率、遅延回数、乗客満足度、全部数値化されて…」
列車は魔界の荒野を駆け抜けていく。窓の外には溶岩の川と不毛の大地が広がるが、乗客たちの関心は別のところにある。
「課長、例の企画書の件ですが」中堅幹部のワイバーンが上司に話しかける。「人間界での恐怖拡散プロジェクト、予算が半分に削られました」
「マジかよ」課長格のリッチが頭を抱える。「これじゃあ、せいぜい小学校をちょっと脅かすぐらいしかできないぞ」
一方、新入社員の小鬼たちは別の悩みを抱えていた。
「先輩、魔王軍って残業代出るんですか?」
「出ない」先輩格のゴブリンが即答する。「『悪の道に残業代なし』が社訓だ。慣れろ」
「でも、この前人事から『ワークライフバランス』がどうのって通達が…」
「建前だよ、建前。実際は『24時間働けますか』の世界だ」
列車が人間界に近づくにつれ、乗客たちの表情はさらに重くなった。今日もまた、勇者たちに追いかけられ、住民に石を投げられ、最後は逃げ帰ってくるのだろう。そして帰社後は、今度は魔王様から「成果が足りない」と叱責される。
「たまには温泉旅行とかしたいよなあ」
「魔王軍にも慰安旅行があればいいのに」
「せめて土日は休ませてくれ」
そんな愚痴が車内のあちこちから聞こえてくる。
ザルゴンは運行管理室で、今日も複雑な心境でダイヤグラムを見詰めていた。確かに魔王軍の一員として働いているが、本当に大切なのは定刻運行と乗客の安全だ。悪の組織だろうと何だろうと、交通インフラの責任は重い。
「今日も一日、安全運行でお願いします」
彼は小さく呟いて、またため息をついた。魔王に仕えるのも楽じゃない。
プロンプトはエピソード3にあります。