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 第五章 魔王への道の第一歩は魔物の討伐から

 アキラとイレーヌは朝早くにたたき起こされた。ソネットが腰にこぶしをあてて立っている。

「魔王を倒すためにはまずレベルをあげなきゃね。魔物をどんどん狩って強くなる。これしかない!」

 元王女ということもあるのか主導権は完全にソネットに移っていた。流されてるなあとアキラは思う。夫の威厳などどこにもなかった。押しかけ妻の尻にしかれている。

 ノーランも入れた四人で黒狼にいどむところからはじめた。アキラとイレーヌのレベルをあげるのが目的だからアキラとイレーヌが前衛に立った。

 森の奥へ踏み込む。しばらくして黒狼を見つけた。

 五匹いる。黒狼たちはイノシシを狩っていた。イノシシを取り囲んで交互に四肢にかみついている。

 黒狼は長距離走にすぐれた生き物だ。個々の力は弱い。そのため集団で狩りをする。

 獲物を集団でとことん追う。逃げる獲物の足に交代でかみつき弱らせる。充分に弱ったところでリーダーがとどめに首をかむ。黒狼は長距離走が得意なので逃げ切ることはむずかしい。

 集団は五匹から十匹で家族であることが多い。いまイノシシにとどめを刺そうとしている五匹も家族だった。

 長男が紫輝しき。次男が燦陽さんよう。三男が煌琳こうりん。長女が桜華おうか。次女が菫華きんか

 お互いがそう認識していた。もちろん言葉は持たない。ばくぜんとしたイメージにすぎない。

 だが集団で狩りをするため連携が最も大事だった。個々を区別して指示を出すために名前はかかせなかった。

 黒狼たちはお互いを名前で呼び合っていた。ただアキラたちの耳にはうなり声にしか聞こえなかったが。

 次男の燦陽がリーダーである長男に呼びかけた。

「紫輝! とどめを!」

「おうさ!」

 紫輝がイノシシののどに牙を立てた。イノシシがドウッと横倒しになった。

 ここぞとアキラは見た。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 閃光!」

 だが早すぎた。紫輝たち黒狼はアキラに向いてなかった。うしろ姿に目つぶしをくらわしても役に立たない。黒狼たちがアキラを直視した段階でこそ閃光の魔法は効く。

「人間だ! 燦陽! 煌琳! 桜華! 菫華! ゆだんするなよ!」

 長男の紫輝がアキラたちに向き直る。

「おう! 兄貴! 了解だ!」

 瞬く間に黒狼たちの臨戦態勢がととのった。

 アキラは迷った。再度閃光の魔法を放つべきだろうか? いまなら五匹とも自分を見ている。目つぶしが確実に効くはずだ。目がくらんでいる間なら楽勝にちがいない。

 迷っているアキラを置き去りに黒狼たちが散開した。紫輝が吠える。

「男から倒せ!」

「わかった!」

 燦陽と煌琳がアキラの足めがけて走った。桜華と菫華もつづく。

 アキラは唱えかけた口を閉じて剣をかまえる。先頭の燦陽に剣をふりおろす。燦陽が剣をよける。すぐうしろから走ってきた煌琳がアキラの足に牙を引っかけた。

「痛い!」

 アキラはよろけた。そのあいだにイレーヌが桜華の頭に両刃の斧をたたきつけた。

「ギャンッ!」

 頭を割られた桜華がそのままの勢いでアキラにぶつかった。アキラは尻餅をついた。

「桜華! ちくしょう!」

 アキラを狙って走っていた紫輝がイレーヌに目標を変える。イレーヌの斧をにぎる右手に飛びかかった。

 イレーヌの右手首に紫輝が牙を立てた。かみついたままぶらさがる。イレーヌが身体を回して紫輝をふり払おうとする。紫輝が力のかぎりかんで離されまいと抵抗した。

 イレーヌが左手で紫輝の鼻面をぶん殴る。

「ウグッ!」

 かむ力がゆるんだ。紫輝がふり飛ばされる。

 一方で桜華の死体に乗りかかられたアキラは倒れたまま死体をふりほどいた。アキラが剣をかまえ直す間もなく菫華と燦陽と煌琳が交互にかみついて来る。

 ノーランがアキラを助けようと足を踏み出しかけた。

「待ってノーラン。もうすこし様子を見ましょう」

 ソネットががまん顔でノーランの手をつかんで引き留めた。ソネットもアキラに加勢したい。だがソネットたちが黒狼を倒してはアキラがいつまでたっても成長しない。

「わかりました姫さま」

 ノーランがギリギリと歯ぎしりしながら足を止めた。元近衛兵のノーランはがっしりした体格でイレーヌより背が低いものの大女と言っていい。黒狼くらいならひと太刀でまっ二つにできる熟練者だ。アキラとイレーヌの戦いは見ていてじれったすぎた。ノーランの足がうずうずして貧乏ゆすりをはじめた。

 アキラは首を守った。

 菫華が吠える。

「いますこし弱らせないととどめがさせないわよ! 無理に首を狙うのはやめなさい!」

「ちっ! えらそうに言うんじゃねえよ!」

 妹の菫華の指示に燦陽と煌琳は反発した。しつようにアキラの首を狙う。

 アキラにとっては対処しやすかった。手や足に飛びかかって来られるほうが守りにくい。敵の口が来る場所がわかればそこに剣を差し出せばよかった。

「バカ! やめなさい燦陽! 危険よ!」

「うるせえよ! お兄さまと呼べ!」

 燦陽がアキラののど目がけて跳躍した。アキラの突き出した剣が燦陽の口から脳天をつらぬいた。燦陽は悲鳴もあげずにアキラの剣に体重をあずけて四肢をけいれんさせた。

 燦陽から噴き出した血にまみれながらアキラは燦陽の口から剣を抜く。

 次男の燦陽を殺されたことで煌琳も慎重になった。

「言わんこっちゃない。煌琳。狙うのは手と足だからね」

「わ。わかった」

 しぶしぶ煌琳がうなずく。菫華と煌琳がアキラの手と足に交互に飛びかかる。

 手を守れば足に来る。足を守れば手に来る。アキラは翻弄された。だが二匹だからどうにか対処できた。三匹だったらなすすべなくのどをかみやぶられていただろう。

 アキラは体力が尽きる前にと詠唱をはじめた。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 拘束!」

 菫華に魔法が命中した。菫華が走っている姿勢のまま硬直した。ドウッと地面に転がる。

「菫華! ちくしょう! やりやがったなあ! 一気にのどをかみちぎってやる!」

 煌琳の目が怒りに燃えた。血ののぼった頭ではアキラののどにしか視線が向かなかった。

 煌琳一匹になったせいでアキラはひと息つけた。剣をかまえ直して煌琳に対峙する。呼吸をととのえ煌琳が飛びかかって来るのを待つ。

 アキラは剣をにぎる指に力をこめた。剣を飛ばされないようにだ。どうもアキラの力で斬ると毛皮にはじかれて致命傷にならないらしい。つらぬかないとだめなようだ。

 ただしつらぬくためには至近距離まで黒狼を呼びこむ必要がある。よくて相討ちで悪ければ一方的にかまれる。危険も大きい選択だった。安全なところから黒狼を倒すのはアキラには無理なようだ。一段階段をあがるには危険を覚悟しないと。

 煌琳が来た。

 アキラは腹を決めた。渾身の力をこめて両手で剣を突き出した。 

 煌琳とアキラが交錯する。煌琳の前足二本がアキラの胸を押した。煌琳がアキラにのしかかる。アキラがあおむけに倒れる。煌琳の大きくあけた口がアキラののど目がけて迫った。煌琳の牙がアキラののどにふれた。

 アキラの剣をにぎる指にビクビクと煌琳の引きつりが伝わった。煌琳のよだれがアキラののどを濡らした。アキラの胸に熱い液体が降りそそいだ。煌琳のあごが力を失った。アキラの身体の上で煌琳の四肢がけいれんをはじめた。アキラの剣を持つ手は血でぬめった。

 アキラは止まっていた息をフウと大きく吐き出した。アキラの剣は煌琳の胸を突き刺して背中にまで抜けていた。死んだ煌琳の肉体を自分の上からよけた。

 アキラは菫華を思い出した。菫華に目をやる。硬直したまま地面に転がっている。

 アキラは菫華のかたわらに立った。呼吸で上下する胸に剣先をあてた。目をつぶって手を押しさげた。かかって来ない獣を殺すのは抵抗があった。だがしかたがない。逃がせばまた人間を襲うかもしれない。こうするしかないんだと自分に言い聞かせた。

 そのとき頭の中で声がした。

『レベルがあがりました』

 ステータスを見るとレベルが十になっていた。一気に二あがっていた。

 そのアキラを見てソネットとノーランがホッと息を吐いた。力のこもっていた肩がストンと落ちた。ノーランの貧乏ゆすりが止まった。

 そのころイレーヌと紫輝の戦いも最終局面をむかえていた。

 紫輝にとってイレーヌの両刃の斧が脅威だった。一撃をくらうと戦闘不能になる。頭に当たれば即死だ。イレーヌの太い首もかみつきにくい。

 紫輝は最初の指示が間違っていたとほぞをかんだ。弱々しく見える男からではなくこの大女から倒すべきだった。桜華を殺されて逆上した紫輝がイレーヌに目標を変えたのも失策と言えた。本来の黒狼は一対一の戦いをしない。五対一の戦いでひとりずつ削るべきだった。

 紫輝の脳裏で理性ががなり立てていた。逃げろと。致命傷は受けてない。しかしこまかな傷が全身にできていた。体力も残り少ない。いまならまだ逃げられる。いや。逃げるならいましかない。

 だが紫輝は逃げなかった。逃げたくない。弟妹すべてを殺されて逃げてたまるか。

「燦陽! 煌琳! 桜華! 菫華! この大女だけでも差しちがえて殺してやる! あの世で待っててくれ! お兄ちゃんもすぐ行くぞ!」

 紫輝がイレーヌの首めがけて飛んだ。

 イレーヌは肩で息をしていた。重い斧をふりまわすのは大女のイレーヌでも体力を消耗する。身体中にできた咬傷も体力をけずっている。

 黒狼のリーダーは素早かった。斧はかするだけで会心の一撃にならない。直撃さえすればカタがつくのにだ。

 イレーヌは気合いを入れ直す。目をカッと見開いた。飛びかかって来る黒狼にまっ正面から目を合わせた。ふりかぶった斧にここぞと力をこめた。イレーヌの両腕の力こぶが盛りあがる。息を吸い込む。呼吸を止めた。力のかぎり斧をふりおろす。

 ガッと音がして紫輝の頭骨に両刃の斧が食いこんだ。紫輝が空中から地面にたたき伏せられる。血が頭頂からブシューッと噴き出した。口の端からも血が垂れた。力なく紫輝の口が動く。

「……無念……」

 ガックリと紫輝の首から力が失せた。

 イレーヌがやっと終わったと肩を落とした。斧を持つ手に力が入らない。いやまだだとイレーヌがアキラに顔を向けた。アキラの戦いも終わっていた。フウとイレーヌの口から空気が漏れた。やれやれと肩を上下させてほぐす。

 ソネットの魔法とポーションで傷の手当てをした。

「なんとか黒狼を倒せたわね。今日はこれで帰りましょうか」

 ソネットの言葉にアキラはホッとした。さらに敵を倒せと言われてももう手があがらない。

 こんなありさまで魔王が倒せるのか? アキラは苦笑いを浮かべた。宮廷占い師のマーリンはヘボ占い師かもしれない。王さまのほうが正しそうだった。

 翌日も黒狼を探しては倒した。初戦でコツをつかんだのかレベルアップの効果かさほど苦労しなかった。

 十日もすれば黒狼を一撃で倒せるようになった。レベルも二十まであがった。魔法も閃光や拘束が決まるようになった。ファイアーボールはほとんど当たらなかった。姿消しも試したが嗅覚にすぐれた黒狼には無意味だった。

「そろそろ黒狼は卒業ね。次に移りましょうか」

 ソネットが提案したのは赤色熊だった。赤色熊は大型の肉食獣で力も強い。単独で動きまわって獲物を探す。集団は作らない。

 黒狼とちがって長距離走は苦手だ。狩りは待ち伏せるのを基本とする。長距離走が苦手なので獲物が逃げてもとことんは追わない。視界から出ると追うのをあきらめる。

 赤色熊で注意すべきは出会い頭の一撃だ。とつぜん眼前に現われて致命的な一撃を放つ。主な武器は爪だ。硬くて大きな爪と強力な膂力で獲物の命を刈る。

 牙を使うのは初撃に失敗したときだ。かむ力も黒狼とくらべものにならない。赤色熊にかまれたら人間の骨など簡単にくだける。

 赤色熊の縄張りを示す樹の爪痕を見つけた。赤い剛毛が木の幹にこびりついている。身体をこすりつけて匂いをつけたらしい。ここはおれさまの縄張りだと。

 赤色熊は雑食でたいていの獣を食う。木の実や魚も食べる。人間ももちろんエサになる。魚は小川に入って爪ですくいあげて捕る。

 アキラたちが見つけたとき川で魚を捕っていた。器用に川の中から大きな魚を岸に跳ねあげる。

 アキラとイレーヌが足音をしのばせて赤色熊に近づく。

 森と川岸の境目で樹木が途切れた。川原の石に足を乗せた。

 そのとたん赤色熊が気づいた。顔をあげた。猛然と突っこんで来る。巨体に似合わぬ速さだった。

「うわあっ!」

 アキラは必死でよけた。斬るどころではなかった。突進から身をかわすのが精一杯だ。

 イレーヌが斧の一撃をあびせた。だが浅い。剛毛にそらされてイレーヌの両刃の斧は地面にめりこんだ。

 赤色熊が足を止めた。爪をふるう。

 アキラは剣で爪を受けた。ガキンッと火花が散った。刀身を見ると刃こぼれしていた。赤色熊の爪は剣より硬いようだ。

 アキラと対峙している赤色熊の背後からイレーヌが斧をふりおろした。肩にあたった。しかし食いこむまでにはいたらない。剛毛と筋肉が鎧の役割をしているらしい。

 赤色熊がイレーヌに向き直った。イレーヌを爪で攻撃する。イレーヌが斧でふせいだ。

 赤色熊に背中を向けられたアキラは剣を腰だめにかまえた。ダッと身体全体を赤色熊にぶつけるつもりで赤色熊の背に剣を突き立てた。

「ガウッ!」

 赤色熊がうなりをあげた。だがイレーヌを攻撃する手をゆるめなかった。イレーヌに直面したままだ。赤色熊とイレーヌの攻防がつづく。

 アキラの剣はわずかに刺さった。しかし致命傷ではない。

 アキラはそのまま剣を動かして赤色熊の背中を斬ろうとした。でも剣がピクリとも動かない。赤色熊の筋肉に捕獲されたらしい。

 しかたなく力をこめて剣を抜いた。血が赤色熊の背の毛皮をタラリと濡らした。

 一方で赤色熊が爪をあげる。力のかぎり腕をふった。斧で受けたイレーヌが斧ごとはじき飛ばされた。

 アキラは赤色熊のうしろから首に斬りつけた。だが剛毛で剣がすべっただけだ。傷つけられない。

 赤色熊がアキラに向いた。アキラはどうすればいいのか思案した。斬っても突いても有効打にならない。魔法しかないと思えた。さいわい赤色熊は黒狼ほど動き回らない。足を止めている時間が長かった。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 閃光!」

 ピカッとまばゆい光が赤色熊にふりそそぐ。赤色熊が目をしかめた。手で目をぬぐう。視界をうばうのに成功したらしい。

「いまだ!」

 アキラは赤色熊の首に剣を突き立てた。やはり奥までは刺さらない。だが血は噴出した。

 赤色熊が目を閉じたまま手をふり回した。アキラはのがれようとした。

 回避中の肩に赤色熊の爪があたった。アキラは跳ね飛ばされた。力がけたちがいに強い。

 はじき飛ばされて脳しんとうを起こしかけたイレーヌが首をふりふり斧をかまえた。赤色熊の背後から斬りかかる。赤色熊の頭頂に斧が直撃した。ガツンと重い音がした。しかし斧は食いこんでいない。目を閉じている赤色熊の鼻に血のすじが垂れた。頭蓋骨にひびが入ったようだ。

 赤色熊の上体がゆれた。ダメージがあるらしい。

 アキラは地面に尻をつけたまま呪文を唱えた。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! ファイアーボール!」

 火の玉が赤色熊めがけて飛んだ。赤色熊にぶつかる。剛毛がパチパチと音を立てて燃えあがった。すぐに赤色熊の全身が炎に包まれた。赤色熊は燃えやすいみたいだった。

 赤色熊が地面に転がった。火を消すつもりなのだろう。

 イレーヌが転がる赤色熊の顔面に斧をたたきこんだ。グシャッといやな音がした。

「ギャンッ!」

 炎に包まれたままの赤色熊が悲鳴をあげる。

 イレーヌが追撃の斧をふりおろす。赤色熊の顔が血でグチャグチャになった。顔の炎だけが消えた。

 もはや悲鳴もあがらない。転がる巨体が速さを失った。イレーヌの斧がおりるたびに赤色熊の動きがゆっくりに変化する。ついに動きが止まった。ピクピクと手足がけいれんしている。赤色熊の身体の一時的に弱火になった炎がまた勢いを増した。

 イレーヌがとどめとばかり全身の力をこめて斧をふりおろした。ビクンッと赤色熊の全身が跳ねあがった。

 赤色熊の頭蓋骨は完全にくだけていた。顔があった部分は血のかたまりになって原型をとどめてない。

 毛が燃える匂いから肉と脂が燃える匂いに変わった。アキラの目にソネットとノーランがホッと息を吐き出したのが見えた。

「大丈夫アキラ? 肩の骨折れてない?」

 ソネットがアキラに寄った。地面に腰をおろしたままでアキラは自分の肩を点検した。打撲の痛みでズキンズキンとしている。だが肩は回せた。

「骨折はしてないみたいだ。にぶい痛みはあるけど激痛ってほどじゃない」

「よかった」

 ノーランがアキラに手を貸して立たせた。

「がんばったなアキラ」

 ノーランの目はできの悪い弟を見る姉のまなざしだった。敬愛する姫さまをうばった憎い敵から家族の一員へと昇格したらしい。

 イレーヌが力こぶを盛りあがらせて斧をふり回した。アキラはレベルがあがらなかったがイレーヌはあがったみたいだった。あふれる力を感じているのだろう。

 しばらく休憩してまた赤色熊を探した。

 今度のやつは蜂の巣にちょっかいをかけていた。熊は蜂蜜が好物だと聞く。赤色熊もそうなのだろう。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! ファイアーボール!」

 蜂の巣ごと赤色熊が燃えあがった。赤色熊を襲っていた蜂たちにも火が移る。

 赤色熊が地面に転がった。ダッとイレーヌとアキラが駆け出した。

 イレーヌが赤色熊の頭に斧をふりおろす。アキラは目を狙って突き刺した。ズブッといやな感触とともに剣が眼窩に吸いこまれた。ここだとばかりにアキラは剣をさらに奥へと突き進ませた。剣先がコツンと硬いものに当たって止まった。妙な手ごたえだった。ゼリー状の柔らかなものに刃が包まれているみたいな感じだ。ちょうどスライムに剣を突き入れたときみたいだった。

 アキラの剣の動きに連動して赤色熊の全身がビクンビクンと波打った。剣を上下にずらす。またビクンビクンと全身が動く。どうやら剣で脳みそをかき回しているらしい。

 そう気づいた瞬間に頭の中で声が聞こえた。

『レベルがあがりました』

 アキラは赤色熊の倒し方を悟った。ファイアーボールをぶつけて地面を転がる間に顔面を突き刺せばいいみたいだった。

 攻略法がわかったので次の赤色熊をと探したが見つからなかった。赤色熊は黒狼より数がすくないようだ。

 一ヶ月を赤色熊退治についやした。レベルが四十にあがった。ギルドのランクはBになった。元近衛兵のノーランはA級だ。ソネットは元姫さまなのにB級だった。

「実力を計るためにA級の魔物に挑戦してみましょうか。A級だとサイクロプスがいるわ」

「サイクロプス? 強いんじゃないの?」

「そりゃ強いに決まってるわよ。A級の魔物ですもの。ちなみにドラゴンはS級で魔王はドラゴンと同じくらい強いとされてるわ。サイクロプスを倒せなければ魔王なんてとうてい無理よ」

 アキラは気が進まなかった。だがソネットがのりのりだった。

「作戦はこうよ。アキラの姿消しでわたしたち全員を見えなくする。サイクロプスは黒狼ほど鼻がよくないから攻撃するまでは気づかれないはずよ。サイクロプスに近づいたら姿の見えないわたしたちが一斉に斬りかかる。アキラはサイクロプスに拘束をかけてね」

 森の奥深くでサイクロプスを見つけた。サイクロプスはひとつ目の巨人だ。肉食で主に四つ足の獣を食う。せっぱつまればウサギも食うが普段はウサギみたいな小動物には見向きもしない。

 見つけたとき狩ったシカの足を引きちぎって口に運んでいた。

 打ち合わせどおりアキラは全員に姿消しの魔法をかけた。四人がしのび足でサイクロプスの背中に近づく。

 サイクロプスはシカを食べるのに夢中で周囲を警戒していない。アキラをのぞく三人が同時にサイクロプスに斬りつけた。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 拘束!」

 アキラの魔法が命中したらしくサイクロプスの動きが止まった。

 いまだとばかりに四人で斬った。しかしサイクロプスは頑丈でかすり傷ていどの切り傷しか与えられなかった。大きな目玉ですら傷つかない。目玉には何らかの魔法がかかっているみたいだった。

「首を切ったらどうかしら?」

 ソネットの提案でアキラとノーランが斬りかかる。だが筋肉がぶあつすぎて刃が立たなかった。イレーヌの斧ですら打撲痕をつけるのが精一杯だ。

 姿消しの効力が切れた。間もなく拘束も解けるだろう。

 打つ手がなくなった。

 しかたがないのでその場から撤退した。サイクロプスが追いかけて来ませんようにと祈りながら森の出口をめざす。

「どうすればサイクロプスを殺すことができるのかしら?」

「わからないね。目玉をつぶせば何とかなると思ったんだけどさ。あの目玉は防御の魔法がかかってるみたいだったよ」

「サイクロプスって魔法使いなのかしら?」

「筋肉自慢の怪力巨人だと思ってたけど実は魔法も使えるんじゃない?」

「困ったわねえ。でもさ。あの筋肉を切れるくらいにレベルをあげればいいんじゃないかしら? A級の魔物ってことはA級冒険者になら倒せるわけだからね」

「結局ぼくらのレベル不足?」

「いまの段階ではそうとしか言えないわ。A級にあげてから再挑戦しましょう。明日からまたレベルあげの日々よ」

 森を出ようかという地点で女の声に呼び止められた。

「お待ちください姫さま!」

 声の主はきゃしゃで力のなさそうな少女だった。魔法使いの黒いローブを着て杖を手にしている。

 ソネットが足を止めてふりかえった。

「もうわたしは姫じゃないわ」

「知ってます。私はターニャと申します。おねがいです。姫さまのパーティに私をくわえてください。私は雷魔法が使えます。A級の魔法使いです」

 言うなりターニャが杖を持ちあげた。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! いかづち!」

 稲光が夕暮れの森を照らした。雷鳴が地面をふるわせた。ひとすじの青光が大木のてっぺんから根元へとつらぬいた。

 ドドーンと大音響がして大木がまっ二つに裂けた。裂け目に火がついた。

 アキラはふるえあがった。雷はきらいだ。心臓がバクバクする。

 口を丸くしていたソネットがわれにかえった。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! ウォーターボール!」

 燃えひろがりかけた炎に水の球をぶつけた。

「あぶないわねえ。火事になったらどうするのよ?」

 あっとターニャが口にてのひらを当てた。

「ご。ごめんなさい。でも私の魔法は使えそうでしょう? 姫さまのパーティにくわえてください。足手まといにはなりませんよ」

 ソネットが思案顔になった。

 ターニャの目がキラッと輝いた。考えるということは脈がある証拠だった。もうひと押しと言葉を足す。

「私はタンガニー子爵の三女です。あやしい者じゃありません。父は騎士団の団長のひとりです。私は父から剣の手ほどきも受けてます。剣士としての腕もたしかですよ」

「わかったわ。見習いということで同行を許可します。支障が出れば追い出しますよ。いいですか?」

「はい。それでけっこうです。ありがとうございます姫さま」

 アキラは複雑な気分だった。たしかにターニャの雷魔法はすごい。役に立ちそうだ。だがそのたびに心臓がドキンと跳ねあがるのをどうすればいい? ぼくの心臓がショックで止まらないかな? 想像するだけで心臓が苦しくなるアキラだった。

 ターニャを加えた五人で手当たり次第に魔物を狩った。B級の魔物のミノタウルス・サラマンダー・コカトリス・ベヒーモスなども倒した。

 いつしか季節は秋になっていた。アキラのレベルは八十になりA級に昇格した。ノーランはS級になった。

 ソネットがサイクロプスへの再戦を提案した。アキラは気が進まなかった。前回は拘束が決まったのに手も足も出なかった。今回も同じ結果に終わるんじゃないか。そうゆううつになった。

「作戦は前回といっしょよ。アキラの姿消しでわたしたち全員を見えなくする。サイクロプスにしのび足で近づいて一斉に斬りかかる。ターニャは雷魔法をかける。アキラは拘束をおねがいね」

 発見したサイクロプスは岩に腰かけて休んでいた。くつろいでいる。食後なのかもしれない。

「よし。行くわよ」

 ソネットの号令で作戦が始動した。

 サイクロプスにじりじりとにじり寄る。間合いに入った。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 拘束!」

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! いかづち!」

 ドドーンと雷がサイクロプスに落ちた。イレーヌの斧がサイクロプスの右腕を切断した。ノーランの剣がサイクロプスの胸に刺さった。ソネットの剣がサイクロプスの腹を裂いた。

 アキラはサイクロプスの首を狙った。横なぐりの剣がサイクロプスののどに吸いこまれた。サイクロプスの首がズサッという音とともに切り離された。ひとつ目の顔が地面にゴロリと落ちた。

「えっ?」

 アキラは信じられないという目でサイクロプスの首から上を見た。まさかと思った。自分で切り落としておきながら他人事のように実感がない。

 声が聞こえた。

『レベルがあがりました』

 アキラの一撃がとどめになったらしい。そのときになってようやくアキラは自分がサイクロプスを倒したと理解した。

「でもどうしてこんな簡単に?」

 疑問顔のアキラの肩にソネットが手を乗せた。

「レベルがあがったせいでしょう。前回はレベル四十だったけど今回はレベル八十だわ。倍だものね。前回切れなかったものが切れても不思議じゃないわよ。さあこれでようやく魔王を倒すとば口まで来たわね。準備をととのえて魔王討伐に出発よ!」

 切り離したサイクロプスの首を持って帰路についた。サイクロプスの首はギルドで高額に変わるそうだ。

 森の出口に近づいたときだ。犬の鳴き声が聞こえた。悲しげな声で絶体絶命といった感じだった。

「なんだあれ?」

「犬ね。黒狼の吠え声もするわ。行ってみましょう」

 ソネットを先頭に声のするほうに足を運んだ。

 四匹の黒狼とまっ白な犬がにらみ合っていた。犬はところどころに血をにじませている。身体は黒狼より大きい。だが一対四では不利だ。黒狼の餌食になるのは時間の問題だろう。

 ソネットが飛び出した。黒狼をなで斬りにする。あっと言う間に四匹を斬り捨てた。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 回復!」

 ソネットが白犬に魔法をかけた。白犬がクーンと鼻を鳴らしてソネットにすり寄る。

「さあもう大丈夫よ。家にお帰りなさい」

 ソネットが白犬の頭をなでた。白犬に背を向けて歩き出す。

 五人が歩く。白犬がすこしの間隔を置いてついて来る。

 五人が止まる。白犬も足を止める。

 歩くとまたついて来る。

「なついたみたいだね」

 ふり返りながらアキラはつぶやいた。

「頭をなでなきゃよかったかしら?」

 ソネットも歩きながら口にした。

 森を出ても犬はついて来た。王都の門に着いた。追い払うか受け入れるかここで決めなければならない。

 ソネットが足を止めた。犬も止まる。ソネットが考えた。だがアキラは知っていた。イレーヌもノーランもターニャもわかっている。

 ソネットがチッと舌打ちをして犬に近づいた。

「しかたがない。いっしょに来なさい。あなたも今日からパーティの一員よ。そうね。白い犬だからシロがいいわ。あなたはシロよ」

 ソネットが犬の頭をなでた。犬がひと声ワンとうれしそうに吠えてしっぽをふった。

 やっぱりとアキラは口の端をほほえませた。イレーヌとノーランとターニャも顔を見合わせて笑みを交わした。全員が知っていた。困っていれば犬でも見捨てないのがソネットだと。だが命名のセンスはないらしい。

 シロは雌犬だった。ところどころ毛によごれがあった。しばらく森をさまよっていたみたいだ。飼い主に捨てられたのかもしれない。人なつっこかったから最近まで人間に飼われていたのはまちがいないだろう。首輪はしてなかった。

 門番にシロを紹介して王都に入った。

 宿の前まで来ると宮廷占い師のマーリンが待ちかまえていた。

「爆薬と導火線ができました。すばらしいものですね。本当にあれでいいのかご検分くださいますか」

 マーリンにつれられて王宮の研究所に向かった。白衣を着た研究員が庭で少量の爆薬に導火線をつなぐ。火打ち石をカチッカチッと打ち鳴らした。火花が導火線に移る。パチパチパチと音を立てながら導火線上を炎が走る。

 爆薬に火が入った。そのとたんドンッと音がして白煙が噴出した。衝撃波が耳と頬を打つ。

 煙が風に運ばれて消えた。爆薬を置いた場所にくぼみがきざまれていた。

「いかがです? 爆薬と導火線と爆発になってますか?」

 アキラは爆弾など見たことはない。だが充分な殺傷力を持ちそうだと思われた。

「大丈夫でしょう」

 そのときになって人間同士の戦争でも使われないかと思い至った。しかしいまさらだった。一度手に入れた知識は消えることはない。製法を知る者全員を殺しでもしないかぎり爆薬はこの世界に残りつづけるだろう。まずいことをしたかもしれないと悔やんだがもうどうしようもなかった。あとはなりゆきにまかせるだけだった。 

「よかった。では魔王討伐にもお役立てください。できればアイギル火山を崩して魔界とつながる大穴もふさいでくださるとうれしいです」

 手榴弾のように使える筒に入った爆薬と箱いっぱいの爆薬をもらった。

 ついでだからとソネットが王宮の宝物庫にしのびこんで剣をひとふり持って来た。勝手知った宝物庫だ。見張りの兵士も顔見知りだった。

「宝剣エグザスターよ。王家の宝物で最上位の剣なの。これより切れ味のいい剣はないわ」

 ソネットがアキラの手にエグザスターを押しつける。アキラはとまどった。

「ぼくよりノーランのほうが腕は上だよ。この剣はノーランが持つべきだ」

「ううん。マーリンの占いではアキラが魔王を倒すそうなの。だからアキラが持たないとだめよ。ここぞってときに魔王の首をその剣ではねてちょうだい」

「ぼくにそんな大役はつとまらないよ」

「だーめ。アキラが魔王を討つの。ここまで来たら覚悟を決めなさい。準備がととのいしだい魔王討伐に旅立つわよ」

 アキラは肩をすくめた。この奥さんにはさからえない。

 ふたたび宿にもどった。扉をあけると女将のエカテが出むかえてくれた。ソネットの足元でじゃれるシロを見てエカテの眉が曇った。犬好きではないようだ。

「犬を飼ってもいいかしら?」

 ソネットがおそるおそるうかがいを立てた。

「いいけどさ。部屋では飼わないでくれないかい」

「じゃどこで?」

「酒場の隅に縄でつないでおけばいいんじゃないかねえ」

 犬好きではないが犬ぎらいでもないらしい。エカテが厨房に引っこんだ。すぐにもどって手にした縄をソネットに押しつけた。

「ごめんねシロ。魔王を倒したら家を買ってあげるからそれまでがまんしてね」

 ソネットがシロの首に縄を結んで隅のテーブルの足にゆわえた。シロが了解したとばかりにワンと吠えた。


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