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 第三章 王女に結婚を迫られる

 アキラとイレーヌの串焼きは順調だった。毎日がいそがしかった。おカネもわずかだが貯まった。

 しかしどこから漏れたのかスライムが燃えると街の噂になりはじめた。あつあつの料理を出す屋台が一軒また一軒と増えた。冒険者ギルドではスライムの身体を求める貼り紙が出された。そうこうするうち代官リプリーの執事セバスチャンの推測どおりスライムの数がへりはじめた。

「スライムがいないねイレーヌ」

「そうだなアキラ。もうすこし深く入ってみるか?」

「うん」

 アキラとイレーヌは森の奥に踏みこんだ。森の奥には強い魔物もいる。だがスライムが狩れないと商売ができない。燃料不足でやむなく閉店という事態がここしばらく続いていた。

 左右を警戒しながら下草をわける。苔に人間の靴痕がついていた。ギルドでは強い魔物の討伐依頼も貼られていた。森の奥に踏み入る者も多いのだろう。すこし安心しながらスライムを探す。

 しばらくしてやっとスライムを一匹見つけた。

「いやがったな! これでもくらえ!」

 イレーヌが両刃の斧でスライムを二分割する。スライムを袋に収めたときガサッと前方で音がした。

 ハッと顔をあげた。黒狼が五匹樹間からこちらをうかがっていた。うなりをあげていまにも飛びかかって来そうだった。

「まずいぞアキラ。黒狼一匹でもヤバいのに五匹もいやがる」

「逃げられないかな?」

「無理だろう。森の中じゃやつらのほうが速い」

「戦うしかない?」

「そのようだ」

 一番うしろにいたリーダー格の黒狼がひと声吠えた。それを合図に四匹が飛びかかってきた。首を狙っている。

 アキラは慣れない剣をふるう。イレーヌは両刃の斧だ。

 二匹ひと組になってアキラとイレーヌに襲いかかる。すぐにイレーヌが上と見たのかリーダーもイレーヌ戦に参加した。とうていさばき切れない。致命傷はまだだがアキラとイレーヌは全身が傷だらけになった。

 アキラは剣を持つ手があがらなくなった。黒狼の攻撃をふせげない。

 弱ったと見た黒狼の口がアキラの首めがけて飛んで来た。とどめの一撃だ。

 シュッと風を切る音がした。空中にいる黒狼の目に矢が突き立った。黒狼の口がアキラののどをそれた。

 ガサガサッとやぶをかき分けて五人組が現れた。男三人と女ふたりだった。冒険者の格好をしている。女のひとりは白のローブ姿で杖を持っていた。僧侶か回復系の魔導師らしい。

「やっておしまい!」

 白いローブ姿の女の号令で四人が黒狼に切りかかった。四人とも手だれだった。

 瞬く間に黒狼五匹を地に伏せさせた。

 白ローブの女が傷だらけのイレーヌに右手をかざした。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 回復!」

 イレーヌの全身が光った。血を流していた傷が見る見るふさがった。

 ローブの女がアキラに移動した。アキラはあわてて止めた。

「ぼくに魔法をかけちゃだめだ」

 えっと不思議そうな顔を女が見せた。

「なんでよ? 傷をふさがないと出血で命があぶないわ」

「でもだめなんだ。ぼくはスキルで『盗む』を持ってる。ぼくに魔法をかけるとその魔法はぼくに盗まれるぞ」

「なるほど。じゃこれを飲みなさい。ポーションよ」

 女が腰につけたバッグから瓶を取り出した。アキラが飲むと女が自己紹介をはじめた。

「わたしはソネット・グラディウス。回復術師よ」

「ぼくはアキラだ。アキラ・朝倉。連れはイレーヌだよ」

 アキラが自己紹介を終えると『魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 閃光!』と声がして光が炸裂した。まばゆい光がアキラの横顔を照らした。頭の中で声が響いた。『閃光』を盗みましたと。

 ソネットは光を真正面から受けたみたいで目をしばたたいている。

 ソネットのパーティの四人が口々にわめくのが聞こえた。

「ちくしょう! 目が見えないぞ! 敵か!」

 アキラはまぶたをパチパチさせた。右目は光を受けて見えない。左目はかろうじて見える。

 やぶの中からふたりの男が現れるのが見えた。ふたりとも弓に矢をつがえていた。ソネットに狙いをつけて矢を放つ。

 シュンシュンッと風切り音が聞こえた。二本の矢が飛ぶ音だった。

 アキラはとっさにソネットにおおいかぶさった。アキラの肩に一本の矢が立つ。

「うぐっ!」

 もう一本の矢はソネットにもアキラにも当たらなかった。

 そこにまた声がした。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 姿消し!」

 アキラの脳裏でこだまのように『姿消し』を盗みましたと教えてくれた。

 アキラの腕の輪郭が薄くなったように見えた。ソネットの姿もゆらいでぼやけていた。

 敵の三人目の黒フードの男が突然見えるようになった。『姿消し』なる魔法で自身の姿を消していたらしい。アキラにかかった『姿消し』のせいで見えるみたいだ。姿消しの魔法はかかった者同士なら見えるのだろう。

「アキラ! アキラ! どこに行った!」

 イレーヌが敵ふたりと斧で対戦しながら叫んだ。アキラは動いていない。推測どおりアキラに『姿消し』がかかって見えなくなっている模様だ。

 黒フードの男が反りの入った短剣でソネットに切りかかった。アキラは剣で男とソネットのあいだに割って入る。肩に突き立った矢を抜くひまはなかった。

「ちっ!」

 黒フードの男が舌打ちして標的をアキラに変えた。

「姫さま! ソネット姫さま! どこですか! 返事をしてください姫さま!」

 ソネットのパーティの女が悲痛な声で呼びかけた。ソネットにも『姿消し』がかかって見えなくなっているのだろう。

「わたしはここよ! 心配しないでノーラン!」

 そのやり取りの間にもアキラと黒フードの男の斬り合いがつづく。男は短剣のため小回りがきいた。アキラは長剣のせいで受けるのが精一杯だ。

 斬る。受ける。斬る。受ける。斬る。受ける。斬る。受ける。斬る。受ける。

 アキラの息があがった。肩に刺さったままの矢がズキンズキンと痛む。

 ここぞと黒フードの男が見た。呪文を唱えた。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 閃光!」 

 だが何も起こらない。男の短剣がいぶかしさでゆらいだ。

 いまだとアキラは思った。ふりかぶった長剣を男の肩にふりおろす。ズサッと肩から胸に切りさげた。人間の肉を斬る感触は気持ち悪いものだった。

 男が地に伏した。

 残りふたりの敵も四人の男女に切り倒された。

「ソネット姫さま! 無事だったんですね!」

 剣から血をしたたらせたままの女がソネットに駆け寄って五体の確認をした。『姿消し』の魔法が切れたらしい。ぼんやりだった輪郭がはっきりとしていた。

 ソネットのパーティのひとりがアキラの肩から矢を抜いてくれた。ポーションも飲ませてもらう。

 生き残った賊ふたりを縄で縛った。黒フードの男と冒険者風の男だ。

 ソネットが黒フードの男に魔法をかけた。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 回復!」

 イレーヌが激昂した。

「どうして傷を治すんだ!」

「聞くことがあるからよ」

 ソネットがおさえた口調で答えた。ソネットも殺してやりたいと思っているみたいだ。

 黒フードの男にソネットが手をかざした。

「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 自白!」 

 黒フードの男のあごがダラリと落ちた。目はうつろだ。

「これでよしと。どうしてわたしを狙ったの?」

「王妃じきじきに依頼された。ソネット王女を殺せと」

「やっぱり。でもなぜ『姿消し』の魔法であなただけが姿を見えなくしたの? 三人全員が姿を消したほうがわたしを殺しやすかったでしょうに?」

「このふたりはカネで雇っただけだ。俺ひとりだと護衛にかなわない。囮が必要だった。刺客がふたりだと護衛に思わせれば護衛たちの視線はそのふたりに釘づけになる。もうひとり姿を消してる刺客がいると護衛たちは思わないだろう。三人全員が姿を消して最初の一撃で殺せればいいがしくじれば警戒される。護衛四人がお前を取り囲んで透明の敵にそなえればお前に手出しできなくなる」

「なるほど。たしかに刺客がふたりだと思えば護衛の意識はそちらに集中する。そのすきにわたしを殺そうと?」

「そうだ。それでお前にも『姿消し』をかけた。護衛たちがお前を見失って守れなくするためにな。お前と一対一なら確実に殺せる」

「手慣れた暗殺者だわね。慎重でもある。最初に閃光で目つぶしをしたのもそのため?」

「仕事中は何が起きるかわからない。用心には用心をだ。打てる手はすべて打たないとこちらが死ぬ」

 ガクッと黒フードの男の首から力が抜けた。自白の魔法が切れたらしい。

 最初にふたり組が弓でソネットを狙った。そのためアキラがソネットにおおいかぶさった。そこに姿消しの魔法が来た。それでアキラまでが姿消しの魔法にかかった。ふたり組が弓でソネットを狙わなければ姿消しの魔法はソネットにだけかかっていただろう。雇っただけの仲間だから連携がうまく行かなかったということか。

 生き残ったふたりの男を縄で引いて王都にもどった。代官所にふたりを突き出す。

 アキラとイレーヌはソネットたち五人と酒場に落ち着いた。アキラはあらためて礼を言う。

「ありがとうソネット。黒狼から助けてくれて」

 護衛の女が剣に手をかけて殺気をほとばしらせた。

「きさま! 姫さまになれなれしいぞ!」

 ソネットが護衛の女の口に指をあてた。

「おだまりノーラン。わたしは王女じゃありません。冒険者のソネットです。何度言ってもあなたにはわからないのですか?」

「あっ。そ。そうでした」

 ノーランがシュンとなって剣から手を放した。ソネットがうなずいた。

「ところでアキラ。わたしのほうこそありがとう。暗殺者から守っていただいて。お礼をせねばなりませんね。わたしにできる範囲でねがいをかなえますわ」

「お礼なんていいよ。こっちも命を救われたんだからおあいこだ。でもそうだな。どうして王妃がきみの命を狙うのか説明してくれる? このまま別れたんじゃ肩の傷が痛んで夜に寝れそうもない」

「好奇心は猫を殺すと申しますわよ? 気になるのはわかりますが知ることで余計な災難を招くこともありますわ」

 すでに酒を口にしていたイレーヌが口をはさんだ。

「あたしも知りたい。一庶民が王家のいざこざに巻き込まれるなんてまずねえ。そこんところは気にしねえで話してみろや」

 イレーヌの言葉づかいにノーランがふたたび殺気を飛ばした。となりの男がノーランの手をつかんで止めた。

 ソネットがうふふと笑った。

「わたしの母は十年前に死にました。いまの王妃ネルスは後妻なわけです。後妻になってすぐヌートボブという男の子が生まれましてね。ネルス妃はヌートボブ王子を王にしたいのですよ」

「なるほど。よくある話だ。ネルスにしてみればソネットは目の上のたんこぶってわけだな?」

「そのとおりですわ。わたしは王になりたかありません。わたしがなりたいのは冒険者なのです。冒険者になって魔王を倒す。それだけがわたしのねがいですの。ですからお父さまにも王位継承権の剥奪をおねがいしてますが首をたてにふってくれません」

「それでネルスがソネットの命をしつように狙う?」

「はい。ネルス妃本人にも再三その意志はないと説得してるのですが」

 アキラは護衛の四人を見た。四人とも剣の心得はある。おそらく近衛の剣士たちだろう。王になりたくないと言いながら王族の特権は享受している。つまりは子どもっぽいわがまま王女だ。後妻の王妃もそんなわがまま娘の言葉が信じられないにちがいない。

 ソネットの曇った顔がひらめいたという明るい顔に変わった。

「そうだわ! アキラ。わたしはアキラたちの命の恩人ですわよね? ひとつおねがいを聞いていただけませんか?」

「おねがい?」

 アキラはいやーな予感がした。ソネットがアキラの手をつかんで立たせた。

「そうです。いっしょに来ていただけませんか?」

 返事を聞く前にソネットがアキラを店外に引き出した。イレーヌと護衛たち四人もいぶかし顔でついて来る。

 ソネットが教会にアキラを連れこんだ。すぐに大司教が顔を出す。

「これはこれは姫さま。どんなご用でしょう?」

「結婚式よ。いますぐ結婚式をあげてちょうだい。わたしこのアキラと結婚する」

「ええっ!」

 アキラをふくめた全員が声を漏らした。

「いや姫さま。いきなり言われても無茶というもの。王族の結婚というものはですな」

「やめて。これは命令よ。いますぐ結婚式をおねがい。ここでだめなら別の教会に行くわ。わたしの顔を知らない小さな教会ならすぐに結婚式をあげてくれるでしょう」

 大司教はねばった。何とかソネットの気を変えさせようと。

 ソネットも負けてない。あの手この手で大司教を説き伏せた。

 アキラも護衛たちも口をはさむことを許されなかった。当事者のアキラを置き去りについに結婚式を執り行なうことに決まった。

「なんじはこの者とすこやかなる時も病める時もともにあると誓えますか?」

「誓います」

 ソネットが返事した。アキラはアワアワと口が動くだけで声にならない。抗議をしたいのだがソネットの指示で護衛四人が剣に手をかけてにらんでいた。承諾しないと斬るという気迫が教会内に充満している。アキラはあきらめた。

「ち。ちかいます」

 大司教がため息を長く吐き出した。

「はい。これでふたりを夫婦と認めます。せいぜい仲良くやってください」

 なげやりな大司教にソネットが追い打ちをかける。

「ではさっそく婚姻証明書の発行をおねがいします」

「は? 婚姻証明書ですか?」

「ええ。婚姻証明書です。ふたりがたしかに結婚したと証明する書類ですわ」

 疑問顔だが大司教がうなずいた。部下をうながして書類を取って来させる。署名をして証明書を完成させた。

 婚姻証明書を手にソネットが向かったのは王宮だった。アキラもイレーヌも護衛四人もソネットの意図が読めない。

 王の執務室の前でソネットが扉を守る兵士ふたりに声をかけた。

「通しなさい」

「はい。姫さま」

 うやうやしく戸をあける。ソネットが踏みこんだ。豪華な机で王が書類に目を通していた。

「何じゃソネット? とつぜんじゃのう。今度は何がほしい? また護衛を増やすのか?」

「お父さま。わたし結婚しました」

「はあ? いまなんと?」

「結婚です。結婚したと申しましたの」

「け? 結婚? どういうことじゃ?」

「どういうこともこういうこともありません。結婚いたしました。相手はここにいるアキラです」

 グイッとソネットがアキラを王の前に押し出す。王がいぶかしげにアキラの顔を見た。

「どこかで見た顔じゃが誰じゃったかのう? 子爵の第三子じゃったか?」

 アキラはプチンと切れた。

「あんたに召喚された朝倉アキラだよ!」

 そう指摘されても王は思い出せないらしい。ソネットがアキラを押しのけた。

「とにかく結婚しました。わたしは冒険者の妻です。王位は継げません」

「な! なに! ゆ! ゆるさん! ゆるさんぞぉ!」

 ようやくことのしだいを飲みこんだのか怒りだした。

「ゆるさんと言ってももう結婚しましたの。ほらこのとおり」

 バシッとソネットが婚姻証明書を王の机にたたきつけた。王が証明書に目を走らせた。

「ゆるさん! こんなものこうしてくれる!」

 王が婚姻証明書をビリビリにやぶり捨てた。ソネットがせせら笑う。

「そんな書類いくらでも用意できますわ。神の前で誓いも交わしました。誰が何と言おうがわたしたちは夫婦なのです。お父さまでももう手出しはできませんことよ。おーほっほっほっ!」

 王のひたいで血管がふくれあがった。プツンと切れるのではないかと思えるほどにだ。

「ええい! もうお前など知らん! 勘当だ! 親でもなければ子でもない! 今日かぎり王族としても縁を切る! どこへでも行ってしまえ!」

 やったとソネットがこぶしを握りかためた。これで自由だとペロッと舌を出す。

「ではここいらで失礼いたします」

 執務室を出ると護衛四人が顔を見合わせた。

「姫さま。われわれは近衛兵です。一冒険者となられた姫さまと行動をともにできません。ご容赦ください」

 なるほどという顔をソネットが見せた。

「それはそうね。わかったわ。いままでご苦労さま」

 迷い顔のノーランがふっ切った顔に変わった。

「姫さま! 私は姫さまとまいります! 近衛兵を辞めて冒険者となります! ごいっしょさせてください!」

 ソネットの顔が一瞬かげった。思案顔に変わる。ノーランは一途な女だ。だめだと言ってもついて来るにちがいない。

「わかりました。いっしょに来なさい。ともに魔王を討ちましょう」

 パッとノーランの顔に紅が差した。

「はい! この命いくらでも姫さまに捧げます!」

 ソネットを先頭に城の出口に向かう。いかにもうれしげなノーランとちがいアキラとイレーヌの顔はうかない。あれよあれよと言う間にソネットに主導権を取られっぱなしだ。結婚してこの先どうなるのかまるで読めない。

 城の通用門に近づいた一行に声がかかった。

「アキラ殿! アキラ殿! お待ちください!」

 アキラはふり向いた。杖を手にしたローブ姿の男が走って来た。たしか王直属の宮廷占い師マーリンと名乗った男だ。王宮でゆいいつ親切にしてくれた男だった。銀貨もくれた。

 アキラは足を止めた。男がハアハアと息を切らしてアキラに追いついた。

「よかった。私を憶えておられますか?」

「たしかマーリンさん?」

「はい。占い師のマーリンです。あれからまた占いに出ました。大量の魔物を一度に倒す品をアキラ殿が知ってると。心当たりはありませんか?」

「大量の魔物を一度に倒す品? 機関銃? 爆弾?」

「機関銃とはどういうもので?」

 アキラはしどろもどろになりながら説明した。

「それは作れそうにないですな。では爆弾とは?」

 こちらは多少楽な説明だった。

「爆薬を作ってそれを導火線で爆発させるんだよ」

「爆薬? 導火線? 爆発?」

 アキラは爆薬と導火線の材料をひとつずつあげた。アキラは異世界に召喚される直前にマンガで幕末を読んでいた。その中に薩摩藩が爆薬を作るくだりがあった。試行錯誤をくり返してようやく爆発する品ができる。その過程が克明に描かれていた。

「ふむ。その材料ならそろいそうです。でも爆発とは何なのでしょう?」

「爆薬と導火線ができたらわかるよ。とにかく作ってみれば?」

「わかりました。王宮の工作班にかけあってみます。アキラ殿。あなたこそが魔王を倒すと私の占いには出ております。爆薬ができましたらお知らせしますので魔王討伐にお役立てください。それからおカネには困っておりませんでしょうか? 些少でありますが」

 革袋をアキラの手に押しつけてマーリンが城の奥に消えた。革袋には銀貨がまた十枚入っていた。いまのアキラにとっては微妙な額だった。アキラは苦笑いした。

「安宿十泊分のおカネをもらってもなあ」

 マーリンは日本で言うとタバコ代に困る安サラリーマンといったところなのだろう。きっと奥さんから充分なこづかいをもらえてないにちがいない。

 ソネットが興味深そうにマーリンとアキラのやり取りに耳を立てていた。

「アキラは魔王を倒す勇者なの? 王族と縁を切るための結婚ですぐ離婚するつもりだったけど気が変わったわ。アキラの宿はどこ?」

「それを聞いてどうするのさ?」

「今夜は新婚初夜よ。いっしょに寝るに決まってるじゃない」

 アキラはえっと声をあげた。

「本気?」

「だって結婚したのよ? 妻が夫と寝ないでどうするの? さ。行きましょう」

 ソネットが腕を組んで来た。イレーヌがいやーな顔をしてにらんでいる。ノーランはいまにも斬りかかりそうだ。アキラは生きた心地がしなかった。

 宿の部屋におさまるとソネットから質問攻めにされた。

「マーリンの占いで召喚された勇者がアキラなんでしょう? どうして勇者として優遇されてないわけ?」

「ぼくのステータスが一兵士より低かったからだよ。スキルも『盗む』しかなかった。それで王さまが有無を言わせず放り出したんだ。だからぼくは勇者じゃない」

「あんのバカ親父。人を見る目がないんだから。あなたは勇者よ。わたしと魔王を倒しましょう」

「ええーっ? やめてくれよぉ。ぼくはスライムに殺されかけたし黒狼にもかなわなかったんだぜ。魔王なんてとてもじゃないけど無理だよ」

「無理だと思うから無理なだけよ。やる前から無理だってあきらめちゃ何ごともなせないに決まってる。きっとあなたには何かある。だからわたしと魔王を倒す旅に出ましょう」

 ソネットがベッドにアキラを押し倒した。苦い顔のイレーヌが気をきかせて部屋を出ようとした。ソネットがイレーヌの手をつかんで引きとめた。

「イレーヌは部屋に残ってね。ノーランは出て行って」

 ノーランの頬がプーッとふくらんだ。

「どうしてです姫さま?」

「だってノーランは護衛してくれるんでしょう? 部屋の外で刺客が来ないか見張ってくれなきゃ」

「なるほど。かしこまりました姫さま」

 ノーランの頬が元に戻った。部屋を出る。

 仏頂面のイレーヌがソネットの手をふりほどいた。

「あたしに何の用だ?」

 ソネットがイレーヌの耳に口をつけた。

「あなたそれでいいの? アキラが好きなんでしょう? このままわたしとアキラの仲を認めちゃうわけ? アキラを自分のものにしたいと思わないの?」

 イレーヌが顔中まっ赤にしてソネットにささやき返す。

「だってあたしはがさつだし大女だ。誰も女として見ちゃくれねえ」

「でも女でしょう? アキラが好きよね? 右も左もわからないアキラをいままで守って来たのはイレーヌでしょう? ここで降りちゃうわけ? わたしイレーヌが第二夫人でもかまわないわよ? ここが分水嶺だわ。アキラの女になるかただの友だちか。さあ覚悟を決めなさい。勇気を出さないと一生処女よ」

 イレーヌが苦しげに考えこんだ。ソネットがあとを押すようにイレーヌの手をギュッと握った。イレーヌの決心がついた。服をぬぎはじめる。

「えっ? 何をするんだよイレーヌ?」

 アキラをだまらせるためソネットがアキラのくちびるに口を近づけた。

「初夜に言葉はいらないわ。ふたりとも初めてだからやさしくしてね旦那さま」

 夜のとばりがゆっくりとおりた。夏の近さを思わせる夜だった。 


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