第十章 皇都と王都にて
サウザーはリセンブル領のニルヴィスで馬を二頭購入した。ケイティがふたり乗りをきらったためだ。
ケイティはサウザーといっしょにいるのがいやだった。できれば自分ひとりで馬に乗って皇都に帰りたい。しかしケイティは無一文だった。花嫁衣装で拉致されたせいだ。いま着ている服はキリヤの服で安物だった。売っても旅費にはならない。
こんなことなら飾り物を身につけるんだったと悔やんだ。ガマガエルと結婚するのに身を飾るのがいやでいっさい身にまとわなかった。宝石の首飾りでもしておけば旅費になったのに。
ケイティはひとことも口を利かずにサウザーと旅をした。服は安物でダブダブだ。風呂はひと月以上入ってない。さぞかしみすぼらしいかっこうだろう。そのためか誰ひとりとして皇女だと気づかない。皇女だと気づく者がいれば借金をしてひとり旅をするのにとケイティは考えていた。
結局ケイティはサウザーに守られて皇都に着いた。
サウザーが皇宮の門番に顔をあらためさせる。
「前皇子のサウザー・ローゼンシュタインだ。魔王軍の捕虜にされてたのを脱走して皇女さまも助け出した。宰相のメインロビンに皇女さまを引き渡したい」
門番がおどろきに目を見張った。まじまじとサウザーとケイティの顔を見る。
「たっ。たしかにサウザーさまにケイティさまだ。ただいまメインロビンさまにお伝えいたします。しばしここでお待ちください」
門番が相棒を皇宮の奥に走らせた。すぐに息せき切った相棒がメインロビンを連れてもどって来た。
メインロビンがサウザーを見て目を丸くした。
「サウザーさま! それにケイティさまも! よくぞご無事で! ささっ。早く中へ」
メインロビンにうながされて皇宮の二階にあがった。
メインロビンが足を止めて思案しながら切り出した。
「ケイティさまはお自室に。サウザーさまは私の執務室に来てください」
メインロビンの執務室は三階だ。ケイティの自室は四階だった。
三階でメインロビンとサウザーが廊下の奥へと進む。ケイティは迷った。一刻も早く自室にもどって風呂に入って着替えたい。だがだ。
メインロビンの口調が気になった。深刻そのものの口調だった。
サウザーは裏切り者だ。許さないと思う。サウザーは門番に捕虜にされて脱走したと説明した。それは正しいかもしれない。でも真実ではない。サウザーは魔王軍に手を貸した。メインロビンはサウザーに言いくるめられるのではないか? そのときはわたしが証言しなければ。
ケイティはメインロビンとサウザーが執務室に入るのを待った。ふたりが室内に消えるとケイティは忍び足で執務室の戸に寄った。耳を執務室の戸に貼りつけた。侍女のホーの声が聞こえる気がした。盗み聞きははしたないですよ姫さまと。
メインロビンの執務室に入ったサウザーもメインロビンの口調の重さが気になった。メインロビンは何が言いたいのだろう? 魔王軍の仮面の軍師が俺だと気づいたのか?
メインロビンが自分の机の椅子にすわった。言葉を探すように机の上を整理しはじめた。ペン立てのペンを手にしてやっと踏ん切りがついたようだ。
「サウザーさま。いまこの国は皇帝が不在です。早急に次期皇帝を決めねばなりません」
サウザーはメインロビンが何を言い出したのかつかめなかった。
「ケイティがいるじゃないか。過去には女皇帝もいたぞ? 次の皇帝はケイティでいいだろう?」
「サウザーさま。この国の皇子はサウザーさまです。次期皇帝はサウザーさまがなるべきですぞ」
部屋の外で盗み聞きをしているケイティはハッとした。裏切り者のサウザーが次期皇帝? そんなバカな。メインロビンは知らないんだわ。教えてあげなくちゃ。
ケイティが戸をあけようとしたときだ。四階から降りる女の足音が響いて来た。ずいぶん急いでいる。女官はみんな皇宮内では静かに歩くように教育されている。走る者がいればこっぴどく叱られる。
女が三階に達した。廊下をのぞきこむ女と目が合った。ケイティの口から声が漏れた。
「ホー!」
ホーもケイティに気づいた。ホーの口が大きくあく。ケイティはホーの意図に気づいた。自分の口の前に人差し指を立てた。シーッと。
ホーがあわてて口を閉じた。しのび足でケイティの横に来た。ケイティにささやく。
「何をやってるんです姫さま?」
ケイティは答えず戸に耳を押しあてた。ホーがあきれ顔に変わった。
「盗み聞きははしたないですよ姫さま」
ケイティは苦笑に顔をゆがませた。ホーもすぐ戸に耳をつけた。
執務室ではサウザーがとまどっていた。
「俺に皇帝の資格はないぞ」
「いいえ。私の推測ですが聞いてください。サウザーさまのご両親と弟を殺したのは近衛騎士団長のミルハでしょう? そしてミルハに殺させたのはゼノムさまだ。サウザーさまもおそらく殺されかけたはず。ちがいましょうか?」
サウザーはハッとした。見られていたのだろうか? いやそんなことはあるまい。
「どうしてミルハだと思う? 俺の両親と弟は魔王軍に暗殺されたと発表しただろう?」
「発表はゼノムさまの指示でした。私はあなたさまのご両親の傷を見ました。右の肩から胸にかけてバッサリと斬られたあと心臓をつらぬかれて即死でした。ミルハは左利きで袈裟斬りにしたあと返す剣で心臓をつらぬいてとどめを刺すのです。サウザーさまのご両親の傷はそのとおりの傷でしたよ」
「左利きの剣士でミルハと同じ技を会得した者もいるだろうさ。ミルハのしわざと決めつけるわけには行かないだろう」
「いいえ。ミルハは頭をまっぷたつにされて息絶えてました。ミルハを斬った剣はミルハの剣より鋭利です。切り口のなめらかさがちがいました。そしてミルハの剣には人を斬ったあとの血糊がありました。魔王軍を斬ったのなら地面に血の痕がないとおかしい。なのに血の痕は死体の人数分しかありませんでした。さらにミルハの剣の形状とあなたのご両親および護衛の胸の傷がぴったりと一致してます。ミルハがローゼンシュタイン陣営の者たちをすべて殺したのは明らかです。問題はミルハを殺した剣士ですがよほどの達人だと思われますね」
サウザーは負けを認めた。
「ミルハを斬ったのは魔王軍四天王のひとりキリヤだ」
サウザーはキリヤに拾われて魔王軍の仮面の軍師となった顛末を語った。
「そうでしたか。魔王軍の軍師としてゼノムさまに復讐をしようと」
「ああ。だが皇宮に乗りこんだとき俺はゼノムを拉致しようと考えてた。殺そうとは思ってなかった。あのときはもう殺意がなかった気がするな。生きてるゼノムと対面すればどうなったかはわからないがね。そんなわけで俺は皇帝にふさわしくない。ローゼンシュタイン軍の壊滅の一端は俺にあるからな。ケイティを皇帝にすえるがいい」
メインロビンが黙りこんだ。
サウザーはメインロビンに背を向けた。執務室の戸に歩み寄る。
戸の外ではケイティが衝撃を受けていた。お父さまがサウザーの両親と弟を殺させた? サウザーもミルハに命を狙われた? そのサウザーを助けたのが魔王軍のキリヤで行くところがなくなったサウザーを軍師にすえた? サウザーのかたきはお父さまなの? サウザーはかたき討ちのために魔王軍の軍師になったの?
ケイティは混乱した。裏切ったサウザーが魔王軍を皇宮に招き入れて自分の両親と弟を殺させたと推測していた。そして自分はその手柄で魔王軍の軍師の地位を手に入れたと。
しかし真相はちがった。邪推だった。
結婚式から拉致されたときサウザーはおどされてやむをえず魔王軍にいると説明した。私のお父さまに両親と弟を殺されて自身も殺されかけたと言えなかったんだわ。私を気づかってあんな言い方をしたんだ……。
ケイティはサウザーのやさしさに気づいた。サウザーに抱いた憎しみが的はずれだとわかった。サウザーは昔のままのサウザーだった。
サウザーは執務室を出た。ケイティと目が合った。ケイティがサウザーに抱きついた。
「どこに行くのサウザー?」
サウザーはあてなどなかった。ポケットに金貨が二枚入っている。それが全財産だった。
「さあ? 冒険者ギルドかな?」
「裏切り者!」
サウザーは苦笑を漏らした。最後まで裏切り者かと。
だがケイティはサウザーに抱きついた手をはなさなかった。
「ケイティ。俺を解放してくれないか。今夜の宿を探しに行かなきゃならん」
「サウザーのバカ!」
今度はバカか。サウザーは思った。ケイティと再会してからののしられてばかりだなと。
侍女のホーがハラハラしながらサウザーとケイティを交互に見ていた。ホーはケイティがサウザーを好きだと知っている。サウザーもまたケイティが好きだということも。そのケイティがサウザーに悪態をついてばかりだ。魔王軍に連れ去られたあと何があったのかしら? ふたりの仲がこわれるようなことがあったのかな?
ケイティがサウザーに抱きつく手にさらに力をこめた。
「わたしと結婚してくれる約束はどうなったの? 指切りしたわよね?」
「は? 結婚?」
「とぼけようっての? わたしを裏切ったら許さないわよ! 結婚を承諾してくれるまでこの手ははなさないわ! もう政略結婚はいやなの!」
サウザーはケイティが何を言い出したのか理解できなかった。
「結婚って俺と?」
「あなた以外に誰がいるって言うのよ? わたしは子どものころからあなたひとりじゃない? あなたもそうでしょう? わたし以外に好きな女がいるの?」
「いっ? いや。いないけど」
「だったらいいでしょう。結婚しましょう」
サウザーは目を丸くした。ついさっきまでケイティは自分を憎んでいた。いっしょの馬に乗るのさえいやがるほどだった。それがなぜ突然?
「きみはさっきまで俺をきらってたはずじゃないか。なのにどうして?」
「気が変わったの。女にはよくあることなのよ。だから結婚して」
サウザーは眉を寄せて考えた。
「その『結婚して』もすぐ気が変わるんじゃないのか?」
「それは変わらないわ。そこも女にはよくあることなの。だから結婚して」
「どうしても結婚するのか?」
「うん。こういう症状も女にはよくあることよ。だから」
「結婚したいわけだな?」
「はい。正解です。結婚を確約してくれるまではなしません」
サウザーは目を泳がせた。何を言ってもむだらしい。
「しかたがない。結婚しよう」
やったとケイティが笑みくずれる。
侍女のホーが親指を立てた。ケイティも親指を立ててホーにこたえる。
戸の影で盗み聞きしていたメインロビンが戸をあけた。
「おめでとうございます姫さま。次期皇帝はどちらがなさいますか? サウザーさま? ケイティさま?」
ケイティがやっとサウザーから手をはなしてメインロビンに押し出した。
「もちろんサウザーよ。わたしは子育てでいそがしくなるから皇帝なんかやってられないわ。子どもは何人がいいかしら?」
ホーが口をはさんだ。
「子育ては私も得意です。弟と妹が三人ずついますから」
サウザーは自分に関係なく話が進むのをあれよあれよと見ていた。気を取り直したときには結婚式と皇帝の就任式の日取りが決まっていた。生まれる子供の数までが決められていた。
「だがメインロビン。俺はローゼンシュタイン軍を壊滅させたんだぞ? そんな男が皇帝でいいのか?」
「過去をふり返ってばかりではいけませんよ。過去の罪は未来にいい政治をしてつぐなうべきですぞ。サウザーさまがよき皇帝になるための布石にいたしましょう。ローゼンシュタイン軍を壊滅させたことは一生つきまとうでしょう。むしろ忘れてはなりませんぞ。傍若無人な皇帝とならぬいましめとしていつも心のすみにとどめておいてくだされ」
ううむとサウザーはうなった。どうあっても俺を皇帝に仕立てたいらしい。のがれられぬ罠にガッシリとつかまった気がするサウザーだった。
グラディウス王宮の奥で王妃のネルスが高笑いをあげていた。
「オホホホホ。今度こそ今度こそ確実だわ。私のヌートボブちゃんが王になる日も近いのよ。あれだけのおカネをつぎこんだのだもの成功しないわけがないわ」
オホホホホと部屋の外まで響く笑い声に通りかかった侍女は王妃が乱心したのかもと危惧した。もっとも乱心したと言えばそのとおりだったが。
アキラたち五人は王都に到着した。宿に入ると女将のエカテが抱きついて来た。
「無事で帰って来たんだね。よかったよかった。あれ? 無事に帰ったってことは? ひょっとして? 魔王を?」
アキラはうなずいた。
エカテが飛びあがった。
「やったじゃないか! 今夜は祝杯だね! そうかあ。ついにやったか。すごいねえ。ああ。そうそう。宮廷占い師のマーリンって人から伝言があるよ。もどったら王宮の研究所まで来てくれってさ」
「エカテさん。できれば魔王を倒したってのは誰にも言わないでほしい」
「なんでだい? 大手柄だろ? 冒険者ギルドのランクも最上位まであがるよ?」
「有名になったらからまれるもの」
「なるほど。そりゃそうかもねえ。わかった。ないしょにしとくよ」
エカテが納得した。だが本当のところはソネットが刺客にこれ以上ねらわれたくないためだ。この宿にまでゴロツキが押し寄せて来たらたまらない。
翌朝に王宮の研究所をたずねた。すぐにマーリンが顔を出した。
「あの爆薬すごい威力でしたよ。魔王軍を全滅させました」
「えっ? 魔王軍が全滅したの?」
アキラはびっくりした。王都の空気がのどかになっていると感じたが何が原因なのかはわかっていなかった。
「ええ。聞いてませんか? もうひと月以上前の出来事ですよ?」
「ぼくらは北の果てに旅してたからね」
魔王軍が全滅した当初は大騒ぎだったにちがいない。ひと月がすぎて人々の話題にのぼらなくなったのだろう。
「そういえばそうでしたね。それで魔王はどうなったんです?」
アキラは口をつぐんだ。五人の話し合いで魔王を倒したことは秘密にしようと決まった。有名になるといろいろと面倒も増えるだろうからだ。
言いたくてたまらなかったターニャが勢いあまった。
「アキラが倒したわよ」
ソネットがターニャの口にてのひらをあてた。だが遅い。マーリンの顔がパッと明るく輝いた。
「そうですか。おめでとうございます。やはり爆薬で?」
アキラはあきらめた。ごまかし切れそうになかった。
「爆薬は使うすきがなかったよ。魔法で魔王を足止めして心臓を突き刺したんだ」
「なるほど。では爆薬は使わなかったんですか?」
「いや。魔王城の破壊とアイギル火山の大穴をふさぐために使ったよ。どちらもうまく行った」
「じゃこれで万事めでたしめでたしですね。私は用ができましたのでいったん失礼します。しばらくここで待っててください。すぐもどりますから」
マーリンが出て行った。言葉どおり待つことしばしでマーリンがもどって来た。
「玉座の間まで来てください。王が謁見してくださいます」
あらあらとアキラはうんざりした。こういうことが起きるから魔王討伐は秘密にしようと打ち合わせたわけだ。アキラはあの王と顔を合わせたくなかった。ソネットの父だから義理の父ということになるがウマが合わないのはいたしかたない。
しぶしぶアキラは玉座の間に足を運ぶ。アキラ以外の四人はウキウキしていた。
玉座の間の階段の上で豪勢な椅子にふんぞり返って王はヒゲをなでていた。玉座の間には近衛兵が六人と背の高い女と十歳くらいの男の子がすでにいた。
ソネットがアキラの脇腹を指でつついた。
「王妃のネルスと息子のヌートボブよ。なんでここにいるのかしら?」
じゅうたんにアキラたち五人がひざをついた。王がアキラに顔を向けた。ウマが合わないのは王もらしい。いやいやという表情だった。
「一同顔をあげい。朝倉アキラよ。このたびは魔王討伐ご苦労であった。騎士爵を授与して報奨金をとらせる。今後もますますわがグラディウス王国のために尽くしてくれることをのぞむぞ」
早く切りあげたいというのがありありな仏頂面だった。
「ははーっ。ありがたきお言葉。グラディウス王国がなおも栄える一助となるよう精進いたします」
茶番だなあと思いながらマーリンに教えられたセリフを口にする。
そこに兵士がひとり駆けこんで来た。
「王にご注進いたします! 魔王軍の残党が北から兵五千をひきいて王都に進軍中とのことでございます!」
王が玉座から立ちあがった。
「なんじゃと! すぐさま軍をさし向けぃ!」
詳細を報告しようと進む兵士に道をあけようとアキラたちはじゅうたんから立った。兵士はふところに手を入れたまままっすぐにソネットに近寄った。
兵士がふところから短刀を出した。ソネットの胸の中心に突き刺した。
ガキンッと音がして短刀がソネットの胸に突き立った。ソネットが胸を押さえてうずくまる。
ネルスがやったという顔をしたのをアキラは見のがさなかった。
兵士がきびすを返して逃げ出す。
王が叫んだ。
「ソネット!」
近衛兵のうち四人がいっせいに兵士を追った。
「待てーっ! くせ者っ!」
もちろん待てと言われて待つ犯人はいない。兵士が必死で逃げる。だが玉座の間の入り口をかためる近衛兵ふたりが行く手に立ちふさがった。兵士が足を止めた。顔に脂汗がにじんだ。前からもうしろからも近衛兵だ。兵士がふところに手を入れた。また短刀をつかみ出す。自分の胸に突き立てようとした。そこに近衛兵が四人がかりで兵士を押さえつけた。短刀を兵士の手からもぎ取る。
「死なせてくれぇ! 俺にはもう何もないんだぁ!」
わめく兵士の口に近衛兵が布を押しこんで封じた。
アキラはその間にソネットを抱き起こした。ソネットの胸には短刀が突き立っている。心臓の位置そのものだった。そんなところを刺されたら助からない。しかしソネットから血が出てなかった。
アキラは首をかしげた。どうして血が出ないのか? 悩んでいるとソネットが目をあけた。
「ああ痛かった。心臓が止まって死ぬかと思ったわ」
玉座から王が駆けおりて来た。
「ソネット! なんで生きておるのじゃ!」
「お父さま。いや王さま。死んだほうがよかったみたいな言い方はよしてください。これのおかげで助かったのよ」
ソネットが服の下からペンダントを引き出した。金属のメダルのまん中に短刀が刺さっていた。柔らかい金属だから突き刺さったらしい。先端がすこしだけ飛び出てそこには血がついていた。ソネットの服に血がにじみはじめた。
ソネットが傷に手をあてた。
「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 回復!」
傷がふさがったようで血の染みが広がるのをやめた。
アキラはホッと胸をなでおろした。魔王戦では役に立たなかったペンダントだがこんなところで役に立った。買っておいてよかったと思った。
ソネットがアキラを抱きしめた。
「アキラのおかげよ。ありがとう」
王がアキラからソネットを引きはがした。
「ソネットよ。そなた自白の魔法を持っておったな? それをあの兵士にかけよ」
ソネットがうなずいた。王に言われなくてもそのつもりだった。
近衛兵たちに縛りあげられた兵士にソネットが近づく。
「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 自白!」
ソネットが兵士の口から布を引き抜く。
「さーて。誰にたのまれたのかしら?」
ソネットがネルスに目を走らせる。ネルスは汗をひたいに浮かせていた。
兵士がうつろな目で答えた。
「王妃だ。王妃に金貨十枚をもらった」
王妃のネルスがわめいた。
「でたらめよ! 私がそんなことするはずないでしょう!」
王が近衛兵に指示した。
「王妃を縛りあげよ」
近衛兵がネルスに縄をかける。
「何をするのよ! 私は王妃よ! こんなことしてただじゃおかないんだから! おぼえてらっしゃい!」
うるさいのでネルスの口にも布がつめられた。ソネットが尋問を再開する。
「どこで王妃と知り合ったわけ?」
「カジノだ。負けがこんだ俺にカネをくれたんだ。あんたを殺せばさらに金貨二十枚をくれると」
「なるほど。もらったおカネはどうなったの?」
「その場で全部つかった。あんたを殺さないと俺は一文なしだ。もう賭け事ができねえ」
ソネットが肩をすくめた。ギャンブル依存症だわと。ギャンブルのためならと前後の見さかいがなくなっているのだろう。玉座の間で殺人をこころみて逃げ切れるはずがない。
「魔王軍の残党が北から来るってのは嘘ね?」
「そうだ。玉座の間に入る口実がほしかった。ああ言えば玉座の間の入り口を守る近衛兵が通してくれると思ったんだ」
ソネットがうなずいた。すぐれた口実だわ。誰もこの男を疑わなかった。王都の緊急事態だもの。近衛兵たちも動くのを忘れた。アキラにもらったペンダントがなければ暗殺は成功していたわよね。そんな知恵があるならまっとうな生き方をすればいいのに。
ソネットは人間の悲しさを実感した。この男はカネを手にすればまたギャンブルにつぎこむだろう。負けても負けてもギャンブルから離れられない。堕ちる一方だ。殺しに手を染めてまでギャンブルがしたい者につける薬はなかった。かわいそうだがこの男は死刑になるはずだ。王族に対する殺人は未遂でも重罪だった。
ソネットが王に顔を向けた。もっと聞くことがあるかと。王が首を横にふった。
ソネットが男の口に布を押しこんだ。近衛兵がうつろな目のままの男を玉座の間から連れ出した。
王がネルスを見た。あわれなものを見るまなざしだった。王が何かをふっ切るように口を開いた。
「ソネットよ。ネルスにも魔法をかけぃ」
えっとソネットが王の顔をうかがう。王はネルスを溺愛している。てっきり暗殺依頼をうやむやにするとソネットは覚悟していた。だが王の表情には苦悩があった。つらいが現実に向き合う決意を固めたようだった。
「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 自白!」
ネルスの目が焦点を失った。王がネルスの口から布をつまみ出した。
「ネルスよ。ソネットを暗殺しようとしたのはそなたじゃな?」
「はい。さようでございます」
「何のために暗殺したかったのじゃ?」
「息子のヌートボブのためにございます。ソネットさえいなければヌートボブが次の王につけまする。わが子の将来のためにはソネットが邪魔でございました」
王が考えこんだ。すこしして近衛兵を手招きした。
「ドノバン男爵を呼んでまいれ」
「はっ。かしこまりました王さま」
近衛兵が玉座の間を離れた。
王がネルスの口に布を突っこんだ。
しばらくののち近衛兵が男をひとり連れて来た。気の弱そうな色男だ。
王がソネットに声をかけた。
「ソネットよ。ドノバン男爵にも魔法をかけよ」
ソネットが眉を寄せた。どういう理由でドノバン男爵がこの場に引き出されたのかわからない。不審なまま呪文を唱える。
「魔素よ魔素よ天地の精霊よわが命にしたがえ! 自白!」
ドノバン男爵の目も光がぼやけた。王が問いかける。
「ドノバン男爵よ。ヌートボブはそなたの子じゃな?」
「ええ。そのとおりです王よ。私はネルスと結婚する気でいました。そこに王との結婚話がとつじょ浮上したのです」
「わしが妻をなくしたせいか。いつヌートボブが自分の子だとわかった?」
「生まれたあとです。生まれるのが早すぎました。早産にしてはしっかりした赤ん坊だったのでネルスを問いつめたのです。ネルスはあっさり白状しました。王妃の座がほしかったけど私も愛してると言いました」
「ネルスとの関係はいまでもつづいておるのか?」
「はい。ひと月に一度は会っております」
王の顔がゆがんだ。この不倫妻めという目でネルスをにらみつけた。
「ソネットにつづいてわしを暗殺すればヌートボブが王位につく。お前は王の父になれるぞ。わしを暗殺するのはいつじゃ?」
「そんなことは考えておりません。私は平穏な生活をしたいのです。ヌートボブが王位につくことはのぞんでおりません。できればいまからでもネルスとヌートボブと三人で田舎暮らしがしたいのです。ネルスは田舎暮らしなどまっぴらだと言ってやみませんが」
王が考えこんだ。ドノバン男爵の目は光をなくしたままだ。嘘は言ってない。
王の思案のあいだにドノバン男爵の目に光がもどった。きょろきょろとあたりを見回す。自白した記憶はないものの自分がまずい状況にあるということはわかるのだろう。顔色が青く変わった。
王が苦い顔でドノバン男爵に言い渡した。
「ドノバン男爵とヌートボブは国外追放とする。一週間以内に荷物をまとめてこの国を出よ」
「ははーっ」
ドノバン男爵が頭をさげた。死刑にならないだけましという表情だった。
王がネルスの目を見た。ネルスの目にも焦点がもどっていた。
「王妃ネルスは王族暗殺未遂の罪で死刑とする。申しひらきがあればのべよ」
王がネルスの口の布を抜く。ネルスが大きく息を吸いこんだ。
「王さま! 私は王さまを愛しております! 死刑だけはかんべんしてください! ドノバンとはもう会いませんので!」
王の視線がおよいだ。ネルスに未練があるみたいだ。しかし王がその気持ちをふっ切った。
「ならぬ。これは決定じゃ。とはいえあわれな気もする。魔王を討伐した祝いに恩赦を与える。王妃ネルスは離縁して国外追放とする。ただし十年間の監視つきじゃ。不審な行動をすれば即刻死刑を執行することとする。ドノバン男爵よ。親子三人で隣国ローゼンシュタイン皇国に行くがよい。皇都ですぐれた事務官を募集しておるそうじゃ。紹介状を書いておいた。それを持って皇都の代官をたずねよ。悪いようにはせぬはずじゃ」
ははーっとドノバン男爵が頭をさげた。泣きながらネルスとヌートボブの手を引いて玉座の間を出て行く。ネルスは不服そうだったがいまさら何を抗弁してもはじまらない。
王は最初からその落としどころを計画していたようだ。内密に調査させていたのだろう。そのためにネルスとヌートボブを玉座の間に呼んでおいた。アキラたちが来たのが予定外だったらしい。ちょうどいいからとソネットに自白の魔法をかけさせたみたいだ。
王がソネットに顔を向けた。
「ソネットよ。わが妻が迷惑をかけたな。じゃがこれで世継ぎがいなくなった。そなたの勘当を解く。王族に復帰して王位を継いでくれ」
ソネットが考えこんだ。
そのあいだに王がアキラに歩み寄った。
「朝倉アキラ殿。そなたは魔王の討伐を無事にはたしてくれた。春になれば召喚の儀式がおこなえる星まわりになる。元の世界に帰してやれるがどうじゃ?」
アキラはハッとした。元の世界にもどることをいままですっかり忘れていた。元の世界に帰りたいとは思わない。だがソネットが王位につくと自分は邪魔者だろう。そもそもソネットが家出したいから結婚しただけだ。
王位継承者がソネットしかいなくなったいまソネットは女王になる道しかないはずだ。女王の夫が平民の冒険者では貴族たちが納得するまい。
ソネットと離婚して元の世界に帰るのが最も未練を残さない選択だろう。この世界にいればソネットのことをグチグチと思って泣き暮らすにちがいない。
「ぼ。ぼく。元の世界に」
帰りますといいかけたアキラの口をソネットが手でふさいだ。
「お父さま。わたしは王にはなりません。勘当も解いてもらわなくてけっこうです」
王がうろたえた。
「じゃがソネットや。そなたが王にならなければ誰がこの国を継ぐのじゃ? 貴族たちを殺し合わせて次の王を決めるのか?」
「そんなことをする必要はありませんわ。わたしのおなかの中の子を王にすればいいだけです。きっと男の子ですわ」
王が眉を逆立てた。
「おなかの中の子じゃと! そなた妊娠しておるのか!」
「ええ。結婚したんですもの。妊娠してとうぜんでしょう? おそらく三ヶ月ですわ。つわりがございますの」
王がガックリと肩を落とした。アキラを元の世界に帰してソネットに政略結婚の貴族をあてがおうとしたもくろみがあっさりくずれ去った。
「わかった。しかたがない。そなたの生む子を次の王としよう」
ソネットがニッコリ笑ってアキラと腕を組んだ。
「あなた。わたしとおなかの中の子を置いて元の世界に帰ろうってんじゃないでしょうね? 責任を取ってもらわないと困るんだけど?」
「いや。ぼくは。それよりソネット。きみ妊娠してるの?」
「ええ。まずまちがいないわ。イレーヌもつわりみたいよ。来年のいまごろは二児の父ね」
「イレーヌも!」
イレーヌが顔を赤く染めてうつむいた。
アキラのそでをターニャがツンツンと引いた。
「あの。私も。その。できてると思う。体調が変ですっぱいものが食べたいの」
ええーっとアキラはノーランを見た。ノーランが指で丸を作っておなかをなでた。ノーランも妊娠しているらしい。
アキラはぼうぜんとした。
「ぼく一気に四人の父親?」
マーリンがアキラの手をにぎった。
「おめでとうございますアキラ殿。私がいま占った結果は四人とも男の子となっております。にぎやかな家庭になりますね」
四人とも男の子? アキラは覚悟を決めた。来年は八人を養わなければならないらしい。どうにかしておカネをかせいで家を買おう。幸い元の世界の知識がある。爆薬ができたみたいに売れる商品も開発できるだろう。
アキラには目に見えるようだった。来年のいまごろ四人の息子たちの世話に追われている自分が。
魔王を討伐した勇者が四人の息子を両腕にかかえてあたふたしている。世間では誰も信じないだろう。そんな男が勇者だとは。
〈了〉




